第14話 葬送

 車は街を抜け郊外へと走る。次々と移り変わる車窓の景色に、珠美は何度も声を上げ驚いていた。


 途中、何度か道を間違えながら、珠美の記憶を頼りに車を走らせる。

 そして、やっとそれらしい山中へと入って行った。


「わふ、ここ見たことある。この道をまっすぐ」

「この道だな……」


 車のエアコンは効いているはずなのに、俺は緊張からか背筋に冷たい汗を感じた。


(本当に、あのゴールデンレトリバーの亡骸があるのか……。そんな不思議なことが……。でも、こうして珠美が俺の前にいるんだ。それでも……俺は見るのが怖い……)


 そこからワインディングとなっている一本道を上って行くと、人気ひとけもなく車の通りも無い場所に着いた。

 ときおり聞こえる鳥の鳴き声だけが聞こえる、深々と静まり返った森である。


「わっ、ここっ! この森の奥だよ!」


 珠美が指さした方角を見る。木々が生い茂る森の中に、ガードレールの切れ目から入れる場所があった。


「ここが……」


 ドクッ! ドクッ! ドクッ! ドクッ!


 緊張からだろうか。胸の鼓動が速い。


「行こう……」

「わふっ」


 ガサガサガサガサ――


 雑草を踏み分けながら一歩一歩と進む。さっきから喉が渇き、何度もゴクリと生唾なまつばを飲みながら歩いた。


 ササササササササァァ――――


 一陣の風が吹き抜け、俺は埃が入った目を擦る。

 再び目を開いた時、目の前にそれ・・はあった。


「そ、そんな……ひど、酷い……こんなの酷すぎる!」


 木の幹にリードが縛り付けられており、そのリードの先には――――

 その姿が、あの時のゴールデンレトリバーだと思うと悲しすぎる。


「ううっ、うわぁああっ……あああああぁ! 珠美! 珠美が! あああぁああ!」

「タケル」


 膝をつき泣き叫ぶ俺を、珠美は優しく寄り添ってくれた。


「ごめん……珠美が……」

「タケルは悪くないよ。タケルのおかげでタマミは転生できた」

「でも、でもっ」

「タマミは幸せだよ」

「ううっ……ううううっ……」



 どのくらい泣いていたのだろうか。辺りは少し薄暗くなっているようだ。

 背中に珠美の体温を感じる。まるで、俺を優しく包んでくれているように。


「そ、そうだ、ちゃんと埋葬してやらないと」


 俺は用意していたスコップを取り出すと、木の手前に穴を掘った。


 ザクッ! ザクッ! ザクッ!


 その穴に珠美の元の遺骨を埋め、その上に近くにあった石を乗せた。


「せめて安らかに眠ってくれ」


 花屋で買っておいた花を添えると、線香をあげ両手を合わせた。

 珠美も俺を真似、一緒に手を合わせる。元の自分の体を供養するのは不思議な光景だが。



 ◆ ◇ ◆



 辺りがすっかり暗くなった頃、俺たちは山道を下りレンタカーを返却した。

 珠美と二人で家路をたどっているところだ。


 ときおり珠美が俺を気にして顔を覗き込んでくる。俺が泣いたから心配しているのだろう。


(珠美……俺がしっかりしなきゃならないのに、逆に心配をかけちゃったみたいだな)


 珠美を想う気持ちと共に、酷い虐待をした飼い主への怒りが湧き上がる。


(クソッ! 許せない! ペットの命を何だと思っているんだ! 散々虐待したり、金儲けの道具にした挙句、儲からないと分かったら生きたまま山に放置だと! どれだけ珠美が痛かったか、どれだけ珠美が苦しかったか、どれだけ珠美が寂しかったか……)


 何としても、あの飼い主には罪を償わさせなければ。


(このままでは第二第三の珠美のような犬が犠牲になってしまう。何とか逮捕させて刑務所に入れてやりたい! それで無念が晴れるわけじゃないけど、悪い奴らが何の罰も受けずのうのうとしているのは許せないだろ)


 俺が考え込んでいると、深刻そうな雰囲気を察したのか珠美が寄り添ってきた。


「わふっ、タケル大丈夫?」

「あ、ああ、大丈夫だぞ」

「元気出して。タマミはタケルと一緒で幸せだよ」

「珠美は良い子だな。よしよし」


 頭を撫でてやると、珠美は嬉しそうに笑った。


「そうだ、今日は美味しいものでも食べに行くか」

「わふぅ! 美味しいもの」


 ちょうど目の前にラーメンの看板が目に入った。店の排気口からは食欲を誘う良い匂いが漂っている。


「そうだな、今夜はラーメンだな」

「ラーメン! テレビで見たよ、ラーメン」

「おお、そのラーメンだぞ」

「わふっわふっ、早く食べたい」


 珠美と一緒にラーメン屋の暖簾のれんをくぐった。




 食事時で店は混雑しているが、ちょうど奥のテーブルが空き座ることができるようだ。

 珠美と二人で向かい合って座ろうとするが、何故か珠美が俺の横に座ってしまう。


「並んで座るのか」

「わふぅ」

「まあ、良いか。ははっ、珠美は甘えん坊だな」


 二人分のラーメンに餃子と炒飯を注文する。


 すぐに店員がラーメンを運んできて、その後に餃子と炒飯も追加された。

 テーブルの上に広がった料理に、珠美が目を輝かせている。


「わふぅ! ラーメンがいっぱい」

「こっちは餃子と炒飯だけどな。じゃあ食べようか」

「いただきます」


 大きな口を開けて珠美がラーメンを食べる。前と比べて箸の持ち方は少しマシになっているようだ。


「美味しいか?」

「うん、美味しいよ。タケルありがと」

「仕事が決まったら、もっと高い店にも連れていってやるからな」

「はぐはぐっ、タマミ、タケルと一緒ならどこでも良いよ」


 何て良い子なんだ。また泣きそうになってしまう。


 ガヤガヤガヤガヤガヤ――


 繁盛しているようで店内は活気があり満席だ。

 壁に備え付けてあるテレビからはニュースが流れている。俺の座っている場所からは画面が見えていないのだが、何やら事件のニュースのようだ。


『元部下の女性に酒を飲ませホテルに連れ込み暴行したとして、会社員の男を不同意わいせつと暴行の疑いで逮捕しました。男は会社員、粕田かすだ龍一たついち容疑者49歳で、被害者の女性が部下であった去年の十二月、上司の立場を利用して無理やり誘ったとされます。粕田容疑者は『俺に好意があると思った。部下なら俺にサービスしてスッキリさせるのは当然だ』と意味不明な供述をしている模様です』


 犯人の名前はよく聞こえなかったが、世の中にはクズが多いようだ。


(まるで俺の元上司みたいなクズだな。そういえば、あのクソ上司は今頃何をしているのやら?)


 俺がそのクソ上司の件を知るのは、もう少しだけ後のことだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る