第15話 その頃、とあるブラック企業では2(side咲那)
「私、なにやってるのぉおお……」
出社早々、デスクに突っ伏したこの私、
犬飼先輩とプールデートをして距離を縮めようと計画したはずが、いざ行ってみたら珠美ちゃんとイチャイチャする姿を見せつけられただけなのです。
「なになにぃ? 藤倉、彼氏と喧嘩でもしたのぉ?」
隣の席の山内先輩が話しかけてきました。私より二つ上の女性です。
「山内先輩、そんなんじゃないですよ。てか、彼氏いないですし」
「またまたぁ、藤倉ってモテるでしょ。あの
「それはヤメてください」
山内先輩の口から粕田の名前が出て
粕田ことセクハラクソ男など、名前も聞きたくない。
(あの粕田課長の顔を見ただけで寒気がするってのよ! 上司にはペコペコ媚びへつらって、部下にはパワハラで憂さ晴らしして、女子社員にはセクハラするクズなんだから! そもそも犬飼先輩を辞めさせたのが許せないのよね!)
まあ、私も転職アプリを使って次の会社を探しているところなのです。こんなブラック企業とは、早くおさらばしないとですよね。
犬飼先輩が辞めてからというもの、この会社の業績は落ち続けている。
結局、犬飼先輩の作った社内システムを修復したり管理できる人材がおらず、会社は再びアナログ体質に戻ってしまった。
一度その恩恵を甘受したら、再び元のアナログ体質に戻るのは最悪の気分でしょう。
そして、犬飼先輩がフォローしていた顧客は、粕田課長がトラブルを起こし大激怒。ほとんどが他所へ鞍替えされてしまう。
同僚社員たちは口をそろえて『犬飼、戻ってきてくれ』などと言っています。どれだけ犬飼先輩が陰で活躍していたかが分かってもらえて、私も鼻が高いのですがね。
粕田の話題が出て気付いたのですが、今日はうるさい粕田課長の声が聞こえないのです。
「山内先輩、今日は粕田課長がいないみたいですが」
「そういえば……いないわね」
ガタガタガタ――
先輩と二人で顔を見合わせていると、何やらオフィスの外が騒がしくなりました。大勢の人の声が聞こえるのですが。
バンッ!
「えー、すみません。
いきなり入ってきた男が警察手帳を出しながら言った。もう一人が令状を掲げる。
朝から職場はパニックだ。警察が粕田課長のデスクにガサ入れしたのだから。
「えっ! ええっ! えええぇええ!」
突然の展開に私の頭がついて行けない。警察が粕田のデスクから書類やパソコンを押収しているのを、愕然と眺めているだけなのです。
この非常事態に、男性社員たちが口々に噂話を漏らしている。
「おい、これってアレだよな」
「いつも武勇伝みたいに言ってたからな」
「あれだけセクハラしたり新入社員を食ってたらなぁ」
「ほとんどが酔わせて無理やりらしいぜ」
「いつかは逮捕されるって思ってたよ」
どうやら皆の話を総合すると、粕田は不同意わいせつで逮捕されたようなのです。
このガサ入れは、被害者が元社員の女性ということで、粕田の身の回りの証拠品を集める為なのでしょう。
しかし、今日の非常事態はこれだけで終わらなかったのです。
ガタガタガタガタ!
再び廊下が騒がしくなり社長室が騒然としています。
どうやら新しく警察が突入してきたようなのですが。
「警視庁捜査二課です。
刑事が社長の名前を呼んだ。これに社長は猛抗議しているようだ。
「な、何だお前らは! 失敬だぞ、公僕の分際で!」
気色ばむ社長に対し、警察は淡々と逮捕状を読み上げている。
「逮捕状、被疑者、
「や、やめんか! ワシが何をしたと言うんだ! ちょっと愛人に会社の金を渡したり、高級クラブやカジノで使い込んだり、家族のペーパーカンパニーに資金を横流ししただけだろう! そんなの誰でもやっとるだろうが!」
文句を言う社長が、自ら罪を暴露している。アホなのだろうか。
「七月十六日午前九時十三分、はい確保!」
「うぉおおぃい! 離さんか!」
「はい、暴れないでくださいね。あと、貴方には黙秘する権利があります――」
お決まりのセリフと共に、社長は連行されてしまった。残った警官が膨大な資料を段ボール箱に詰めている。
窓の外を見ると、何処からか集まってきたマスコミが待ち構えていて、無様に手錠を掛けられ連行される社長をパシャパシャと撮影していた。
パシャ! パシャ! パシャ!
「
「特別背任とのことですが、会社の金を盗んだのですか?」
「パパ活に使ったとの噂もありますが!?」
「まさかゲス不倫ですか? ゲスだけに」
「謝罪の気持ちはありますか?」
「
一斉に記者に取り囲まれた社長が右往左往している。
「と、撮るな! 写真を撮るな! こら! ブン屋の分際で! ワシを誰だと思っておる! 経営者で上級国民だぞ! ワシは貴様らとは違うのだよ! ワシのような上流階級の人間は、愛人を何人も作ったり会社の金を私的に使ったりは許されるはずなのだ! ガハハッ!」
パシャ! パシャ! パシャ!
「上級国民は犯罪が許されると本気で思っているのですか?」
「こりゃスクープだぞ!」
「それは罪を認めたということでよろしいのですか?」
「パパ活疑惑も認めるのですね?」
これに社長が大激怒した。
「パパ活じゃない! 愛人だ! 愛人に会社の金で家をプレゼントしたり高級外車をあげたんだ! パパ活なんかと一緒にするんじゃない! どうだ、羨ましいだろう!? 会社の金を使って豪遊、これぞ上級国民の嗜みだよ! ガハハハ!」
無駄にイキり散らした社長は、喋れば喋るほどボロを出している。これでは夜のニュースや明日の新聞でトップを飾り、ネットで玩具にされイジられるのが確定だろう。
この
「こりゃ終わったな」
「俺も転職しよう」
「犬飼が正しかったか」
「沈む泥船と一緒だなんて御免被るぜ」
社員も皆、逃げるのを考えているようです。
こうして、犬飼先輩を追放したブラック企業は、完全に没落したのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます