第13話 衝撃の告白
「わぁああああぁーん! ごめんなさぁーい!」
わんわん泣く珠美を抱きしめながら、俺は人の集まってきた通りから移動した。
「大丈夫か、珠美? 怪我してないか?」
珠美の体を確認するが、どこも怪我していないようだ。
「怪我してるのはタケルだよ! ごめんなさい、タマミのせいで」
「珠美は何も悪くないよ。悪いのはあいつらだ」
「ひぐっ、あの人たちがね、道を聞きたいからって」
「うん」
「そしたらね、急に腕をつかまれて」
「うん、怖かったな。もう大丈夫だから」
「ええぇええーん」
泣きじゃくる珠美を強く抱きしめた。恐怖が消えるように。守られていると感じさせるように。
「俺がいるからな。もう安心だぞ、珠美」
「うん、うん。タケル、ここ痛い? ペロっ」
珠美が俺の顔を舐めた。それだけで痛みが引いてゆく気がする。
「ああ、癒されるみたいだ……傷も痛みも全て」
「わふぅ」
「帰ろうか、珠美」
「うん」
俺と会えて安心したのか、珠美は強く俺を抱きしめて離さない。
ずっとずっと、俺に抱きついたまま。
(ずっと気付かないよう自分に言い聞かせてきたけど、やっぱり俺は珠美のことが……。でも、記憶を失くしている珠美に、俺の一方的な愛情を向けるのはダメなのに……)
俺の中で珠美の存在が大きくなっていることに気付いた。いや、前から気付いていたはずなのに。
◆ ◇ ◆
家に戻ってから、適当な塗り薬を付け絆創膏を貼っておいた。鏡に映った自分の顔が、何だかわんぱくな子供みたいなビジュアルで恥ずかしい。
「いたた……ちょっと腫れてるけど少しすれは治るかな。口の中は切れただけみたいだし」
怪我は大したことないのだが、問題は他にある。珠美の甘えん坊が、更に激しくなってしまったのだ。
さっきからずっと俺から離れようとしない。
「タケル……今夜は一緒に寝て」
「そ、そうだな……」
(あんな怖い目に遭ったんだからしょうがないよな。俺が変な気を起こさなければ問題ないはずだ。変な気を……)
ぷにっ!
変な気を起こさないと誓ったばかりなのに、珠美の柔らかな部分が腕に当たり、変な気持ちになってしまう。
「よし、もう寝よう」
「わふっ」
少し早いがベッドに入ることにした。このまま珠美に抱きつかれていたら、俺の我慢が限界に達してしまう。
二人でベッドに入ると、珠美は安心した顔で俺の胸に顔を埋める。
そして、おもむろに話し始めた。
「タケル……タケルに助けてもらたのは二度目だね」
「ん? 二度目……?」
「一度目はコンビニの前」
ドクンッ!
俺の中に衝撃が走った。
それは、ずっと俺の胸の中に引っかかっていた思いだからだ。
「コンビニの……前……?」
「うん、タマミが怖いオバサンに叩かれていたら、タケルが止めてくれて」
「なっ……ま、まさか、あの時の……」
頭が混乱し、口の中が渇いている。何度も何度も思い出してしまう、あのゴールデンレトリバーの話を珠美がしているからだ。
「タマミはね、あの元飼い主のオバサンに犬の動画でお金を稼ぐからって言われてね、それでね――」
珠美の話は、俺があのコンビニ前で体験した話と、完全に一致していた。まるであの時のゴールデンレトリバー本人のように。
そして、珠美の話のラストは、目を覆いたくなるような悲惨さだった。
「病気になったタマミはね、山の上に連れて行かれてね――――そのまま誰も迎えが来なかったの」
(珠美が……あの時のゴールデンレトリバー……なのか? そして、虐待され……捨てられて……。そ、そんな、そんな酷い……)
俺の目から大粒の涙が零れてくる。次から次へと、止めどもなく。
「珠美……ううっ、珠美ぃいいいい! ごめんな! 俺があの時、止めていれば」
「タケルは悪くないよ。タケルは優しいご主人様だよ」
「でも、でも、うぁあああああ……うぁああああ!」
強引に犬を奪って助けるべきだったと後悔していた。嘘の通報で警察を呼ばれどうしようもなかったと理解しているはずなのに。
それは今でも思ってしまう。
珠美の話を聞いた今なら余計に。
「タマミは幸せだよ。タケルに逢えたから。タマミはね、転生の神様に願ったの。あの時タマミの頭を撫でてくれた人がご主人様だったら良いのになって。だからタマミはタケルの前に現れたんだよ」
その言葉で救われた気がした。珠美は俺を選んでくれたのだから。俺のもとに現れたのだからと。
◆ ◇ ◆
翌朝――――
ベッドから起きた俺は覚悟を決めていた。
(やっぱり珠美は、あの時のゴールデンレトリバーだったのか。転生? 現実にこんなことが……。でも、珠美はコンビニ前での出来事を知っていた。誰にも話していないはずの、あの話を)
ベッドには、まだ珠美が気持ちよさそうな顔で寝ている。その寝顔を見ていると、珠美を大事にしたい想いと共に、犬を虐待したあの飼い主への怒りが湧いてくる。
(やっぱり行こう。珠美が捨てられたという山に。本当に珠美の話が真実なのか確かめないと。そして、せめて……あのゴールデンレトリバーの亡骸を供養してやらないと)
俺は何度も自分にそう言い聞かせてから、珠美を起こした。
「――――という訳なんだ。珠美の話を確かめるのと、元の体だった犬の亡骸を供養してやりたい」
珠美は意外なほどあっさりと首を縦に振った。
「本当に良いのか? 怖くないか?」
「わふっ、良いよ。ちょっと怖いけど」
「珠美……」
「でも、気になるし、タケルに信じて欲しい」
「分かった」
準備をして部屋を出ようとした時、珠美は知らない人の名を口にする。
「ムスビさんには会えるのかな?」
「えっと、ムスビさんって誰だ?」
「転生の神様なの」
「やっぱり転生の神様なのか……」
転生の神様ってホントにいたんだ。
◆ ◇ ◆
レンタカーを借り、ペーパードライバーの俺がハンドルを握る。安いコンパクトカーだ。
車の運転をするのは学生時代に通った教習所以来で、アクセルを踏もうとする足が震えた。
「よし、出発するぞ」
「わふー!」
ブロロロロ――ガックン!
「タケル、車がガックンってなった!」
「い、今のは無しだ。もう一度……」
ブロロロロ――
今度はスムーズに発進した。
先ずホームセンターに向かい、簡単なスコップと線香を買った。次にお供え用の花を。
準備を終えた俺は、助手席の珠美に問いかけた。
「珠美、ハッキリじゃなくても良いんだ。その山はどっちの方角だったか分かるか?」
「わふぅ……」
珠美は両手を頭に乗せて考え込む。
この辺りに山は少ないはずだ。飼い主の女にコンビニで会ったことから、俺とその女の生活圏は近いはず。ここから山に向かうのなら行き先は限られるはずだ。
「わふっ、あっち!」
珠美がある方向を指さした。
「よし、行こう!」
「わふっ!」
俺と珠美の、供養のドライブが始まった。
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