第18話 天網恢恢疎にして漏らさず(sideムスビ)

『潰すぞゴラァ! 俺は人に嫌がらせすんのが趣味なんだよ!』

『うっさいって言ってんでしょがぁああああ! アタシはムカついたら誰でも殴るのよ!』


 ヤカラっぽい男女が大声で叫んでいる。警察に連行されながら、それを取り囲んだマスコミに向かって。


「ふむ、実に愚かで野蛮な者どもじゃ。見苦しいの」


 我は天界の魔法ビジョンから下界の映像を見ておるのじゃ。民の暮らしも見守るのも我の仕事じゃからな。


「おっと、申し遅れたが、この我は転生を司る神の日本担当者である高御産巣日神たかみむすびのかみ、通称ムスビじゃ」


 これ、独り言が激しいとか言うでないぞ。


「コホン、どれどれ、続きを見てみるとしようか」


 シュワァァァァ――


 魔法ビジョンが蛭島ひるしま爆剛ばくごうの姿を映す。取調室の映像じゃろうか。


『うらぁああああぁああっ! 俺は反社やぞ! 怖い先輩と知り合いなんだぜ! てめぇらが警察マッポだろうが関係ねえ! 俺を敵に回したらタダじゃ済まねえからな! あんたらも家族がいるんだろ? せいぜい震えて眠るんだな!』


 暴言を吐き続ける爆剛を、それまで淡々と対応していた警察が厳しい顔つきになった。


『何だ、脅迫か? もう四回も再逮捕されてるんだ。これ以上罪を重ねるな』

『っんだと、ゴラァ! こちとら怖ぇもんなんかねえんだよ!』


 爆剛はいきがってガンを飛ばすが、次の刑事の話を聞き愕然とする。


『うーん、動物愛護法違反だけならまず実刑は無いんだけどね、詐欺に窃盗に強盗傷害か……こりゃ実刑だな』

『は!?』

『あっ、今のはこっちの話ね』

『ちょ、待てよ! 今、実刑って言ったよな!?』


 実刑と聞いた爆剛が狼狽うろたえる。突然、土下座をするくらいに。


『ゆ、許してくれ! ムショには入りたくねえんだ! 出来心だったんだぁ! ちょっと金が欲しくなったから、たまたま通りかかった弱そうな奴をボコボコにして金を奪ったり、真面目に仕事してる店員を脅して土下座させるとスッキリして成功体験になるから趣味にしてただけんなだよぉおお! 怖い先輩がいるってのも作り話なんだ! そんなのいねえからよぉ。ヤ〇ザの名前を出すと皆ビビるから、勝手に使ってたんだよ。ウヒヒィ』


 さっきまでの威勢は何処に行ったのやら、爆剛は床に額を擦り付けながら泣き言を言い出した。


『ほら、ちゃんと座りなさい。刑は裁判で決まるから私たち刑事に決定権なんて無いから』

『そ、そこを頼むよぉおお! 俺みたいなのがムショに入ると、本物から目を付けられるんだよぉ』

『それは自業自得だな』

『そ、そんなぁあああぁああぁ! あんまりだぁ!』


 泣き叫ぶ容疑者に、刑事もうんざりした顔をしておる。


「ふむ、まさに愚か者じゃな。吐き気をもよおしそうな愚物じゃ。これ以上は見るに堪えぬぞ」



 次に、魔法ビジョンが男の妻である出美瑠でびるの映像を映した。


『アタシは何も悪くないのよ! 全部あの男がやったの! 旦那の爆剛ばくごうが悪いのよぉ! アタシは止めとけって言ったのに、あの人が用済みのペットは山に捨てようってさぁ』


 出美瑠でびるが白々しい嘘を言っておるようじゃ。警察も承知しておるようじゃが。


出美瑠でびるさん、貴女が犬を虐待している動画がいくつも出回っているのですよ』


『あ、あれは偽動画よぉ、ほら、最近話題のAIってやつ。アタシは何もしてないんだから』


『貴女が逮捕される前から何件もの通報があったのですよ。それにコンビニ店員を恫喝し暴力を振るう監視カメラ映像もあります』


 監視カメラの映像まであっては誤魔化せまい。出美瑠でびるが自棄になった。


『うっぎゃぁああああああ! 犬や他人なんかどうでもいいでしょうがぁああ! アタシが良ければ他はどうでもいいのよ!』


 ドッガァーン!


 事もあろうに、突然立ち上がった出美瑠でびるが警察官に体当たりし、手錠の掛かった手で殴り散らし始めたのじゃ。


『ぐあっ、公務執行妨害だ! 逮捕! 更に罪を重くするのか!』


『いっやぁああああああ! 刑務所なんか行きたくないのよぉおおお! やだやだやだやだぁああああ! アタシは他人から奪って大金持ちになって楽しく暮らすのよぉおおお! ぎゃああああああああ!』


 こうして迷惑な夫婦は、これまでの罪を償うことになったのじゃ。ペットを玩具扱いして檻に閉じ込めておいた者が、今度は自らが檻の中に入ることになる。


「まあ、因果応報じゃな」


 せいぜい塀の中で反省しもらおうか。こういったヤカラは更生せぬのが世の常じゃがな。



「そうそう、もう一つあったのじゃが、犬飼武流が作った、あのゴールデンレトリバーの墓には、連日のように花を手向ける者が後を絶たないようじゃ」


 魔法ビジョンには、簡素な墓の前にたくさんの花や食べ物が供えられている映像が流れておる。


「容疑者の供述に基づき遺棄現場を捜査した警察じゃが、誰かが犬の亡骸を埋葬し花を供えてあるのを見て、元通りに埋め戻したようじゃな。ニュースを見た者が次々と慰霊に訪れておるのじゃろう」



 最後に魔法ビジョンが、人間に転生した珠美と新たなご主人になった武流を映した。


「幸せそうにしておるようじゃな。そなたが思い浮かべた武流という男は正解じゃったようじゃ。しかし……まだ試練が残っておる。果たしてどうなることやら」


 創世神でもあるこの我じゃが、普段は人間に対して個別に干渉することは無いのじゃよ。

 何の気まぐれか、久しぶりに干渉したくなったのじゃ。


「もう少しだけ、この二人を見るとするかの」


 我は思うのじゃ。全ての試練をクリアしてなお、真なる想いを貫き通せるのか。

 この男の行く末を見守ろうではないかとな。

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