第19話 思わぬ再会

「タケル、朝ごはんできたよ」


 わんこ柄のエプロン姿になった珠美が、俺の前に目玉焼きとウインナーが乗った皿を置いた。


 最近、珠美は料理の作り方を本やネットで勉強していたのだ。今日の朝食を作りたいと言うから任せてみたのだが。


「ごくり……見た目は美味そうだ」


 俺は箸を手に取り、ホカホカご飯をよそった茶碗を持った。


(珠美……本当に料理が作れるようになったのか。前は卵を殻ごとぶち込んだり、野菜が生煮えでゴリゴリしてたり、逆に黒焦げで炭みたいだったのに。こんな短期間で上達するだなんて)


 そんな感慨かんがいに耽りながら目玉焼きを食べてみた。


「う、美味い! 本当に目玉焼きだ」


 目玉焼きに本物も偽物もないのだが、あのポンコツ可愛い珠美が料理を作ったというだけで謎の感動がある。

 凄い成長だ。


 当の珠美も、ちょっとドヤ顔で腰に手を当て胸を張っているのだが。


「わふっ、スマホの料理サイトで作り方を見て覚えた」

「凄い! 凄いぞ、珠美!」

「わふぅ、タマミ凄い?」

「凄いし偉いぞ」

「むふぅ」


 よりドヤ顔になった珠美が、俺の方に胸を突き出している。


 ドドォォーン!


(ち、近い。珠美さん、そんなに俺の顔に胸を突き出すんじゃない)


 珠美の巨乳に動揺しながらも、幸せを噛みしめで朝食を味わうのだった。


(こんなに早く言葉も覚えて、料理まで作れるようになったのか。これなら本当に仕事もできるようになるのかもな。その為にも、早く戸籍が取得できると良いのだけど……)


 朝食をおえた俺は、今日も面接へと出かけるのだった。


「じゃあ行ってきます」

「行ってらっしゃいタケル」


 ぎゅっ!


 新婚さんみたいな珠美のハグを受けながら。



 ◆ ◇ ◆



「ここが高柳グループと高柳システム株式会社のビルか……デカいな」


 高いビルを見上げながら俺はつぶやいた。


 今日の面接先は、あの有名な大企業高柳グループのソフトウェア開発部門の会社である。


「こんな一流企業の書類選考に、何で俺が残ったんだろ? たまたま求人が出てたから応募してみたけど、まさか凄まじい競争倍率を勝ち抜くだなんてな」


 何十社も書類選考や面接を落ち続けた俺に、やっと運が巡ってきたのだろうか、などと思いながら正面玄関の自動ドアをくぐる。


 サァァァァ――


 ロビーに入り、面接会場となっている階に上ろうとエレベーターの方に向かうと、床を掃除している老人の姿が目に入った。

 その老人は、エレベーターに乗ろうとする男に声をかけている。


「こんにちは、そこ滑りますよ」

「…………」


 ちょうど俺の前を歩いていた男が、老人には目も合わせず無言でエレベーターに乗り込んでしまった。


「こんにちは」


 続けて、その老人が俺にも声をかけた。


「こんにちは。ありがとうございます」

「いえいえ、仕事ですから」


 そう言って顔を上げた老人を、俺は見たことがあった。


「あれっ? どこかで……」

「おお、キミは犬飼君だったね」

「あ、あの時の!」


 思い出した。珠美と公園を散歩している時に熱中症で倒れていた老人だ。


「もう体は大丈夫なんですか?」

「ああ、キミのおかげで命拾いしたよ」

「良かったです。ここで働いているのですか?」

「そうだよ。ここが私の職場でね。こうやって掃除をしてるんだよ」


 その老人は、青色の作業服を誇らしげに見せる。


「そうだったんですか。凄い偶然ですね」

「キミもこの会社に?」

「ええ、採用されたらですがね。今から面接なんです」

「そうか、良い結果になるのを祈っているよ」

「ありがとうございます」


 俺は軽く会釈をしてからエレベーターに乗った。運命を決める面接会場のある階に向かって。



 ◆ ◇ ◆



 やはり有名人気企業の面接だからなのか、面接を受ける人数もかなり多いようだ。ざっと30人ほどが待機している部屋で待たされてから、やっと俺の順番が回ってきた。


「犬飼さん、どうぞ」

「はい」


 名前を呼ばれ、面接会場となってる部屋をノックしてから入室する。


犬飼いぬかい武流たけるです。よろしくお願いします」


 椅子に座り、顔を上げたところでハッとなった。


「えっ、あ、貴方は……」


 さっき一階のエレベーター前で会った老人が、今は面接官の横に座っているのだから。

 それも作業服ではなく高級そうなスーツに身を包んで。


「犬飼君、よく来たね」

「あの、貴方は?」

「申し遅れてすまないね。私は高柳たかやなぎ寿一郎じゅいちろう、高柳グループの社長だよ」

「えええっ」


 驚いている俺に、高柳社長は説明してくれた。


「あの時は私も混乱していてね、ちゃんとお礼をしたかったのにキミの連絡先を聞けなかったんだよ。キミは命の恩人だからね。でも、偶然キミの名を我が社の求人募集の書類で見かけた時は驚いたよ」


「そ、そんな偶然が」


「私も驚いてね。まさかキミが高柳グループ入社を志願するなんて。これも運命のめぐり合わせかね」


 珠美と出会ってから、俺の運命が好転している気がする。それまで貧乏くじばかりだった俺の人生が。


 そこで俺は、さっきの玄関ホールでの出来事を思い出す。


「あの、掃除の仕事は?」


「はははっ、あれは私の趣味だよ。たまに玄関ホールを清掃しているんだ。まあ、取り繕った面接時だけでなく、応募者の素が見られるという利点もあるのだがね」


 どうやら会社の玄関に入った時から面接は始まっていたようだ。


「これでやっと借りが返せるようだな。おっと、勘違いしてくれるなよ。私はキミをえこひいきやコネで入社させようと言うのではない。あくまでチャンスを与えただけだ。チャンスを掴めるかはキミしだいという訳だよ」


「あ、ありがとうございます。高柳社長から頂いたチャンスを掴めるよう頑張ります」


 面接はスムーズに行った。

 俺は前職で社内システムを組んだことや、取引企業との営業実績を説明する。

 その話を、高柳社長と面接官は頷きながら聞いていた。



 ◆ ◇ ◆



 ビルを出た俺は、久しぶりに清々しいやり切った気持ちになっていた。


「よし、手ごたえはあるぞ。あとは結果を待つだけだ」


 ずっと『ご縁が無い』メールと手紙や、圧迫面接ばかりだったのに、今回は上手く自分を売り込めた気がする。


「助けてもらったお礼に、今度食事をご馳走するって話まであったしな。珠美に美味しい料理を食べさせてあげられるぞ」


 ピロロロロ、ピロロロロ――


 スマホのマナーモードを解除した途端、突然着信音が鳴った。


「誰だ? 知らない番号だな。出てみるか」


 ピッ!


『犬飼様の電話でよろしいでしょうか?』

「はい、犬飼です」

『私、〇〇区役所区民課〇〇と申します』

「あっ、珠美の戸籍を相談した」


 電話の相手は先日訪れた役所の担当者だった。


『――という訳でして、一度、犬飼様の家にお伺いしたいのですが』


 話しというのは、生活状況を一度見たいということだった。

 少し不安な気持ちになりながら、訪問日を決めて電話を切る。


「大丈夫だよな……」


 俺はそうつぶやきながら、珠美の待つ家へと急いだ。






 ――――――――――――――――


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