第3話 目隠しならセーフだよね

「あ……あの……そ、そんな格好だと風邪ひきますよ」


 夜遅くに若い裸の女――――

 非常にヤバい状況である。

 一歩間違えば俺が誤解され通報されかねない。

 だが、俺は目の前の少女から目を離せなくなってしまった。


「えっと、警察を呼んだ方が良いのかな? それとも救急車?」


 俺の言葉に、その少女は答える。まるで捨てられた子犬のようにキラキラと涙でうるませ真っ直ぐに俺を見つめながら。


「わふっわふっ……」

「えっ? わふって……何かな?」

「あっ、にんげんのことば……はなせるよ……」

「は?」

「あ、あなたが……ご、ごしゅじんさまなの?」


 すがるように真っ直ぐ俺を見つめながら、彼女はそうつぶやく。


(えっと……何なんだこの少女は? 記憶喪失? 家出? 一体どうすればこんな状況に?)


 考えていても結論は出ない。俺は寒そうに震える彼女に自分の上着を掛けてやった。


「と、とりあえず服を着てくれ。そのままでは目のやり場に困る」


 安い量販店の上着を羽織った彼女は、まるで宝物でも貰ったかのように大喜びをする。


「やったぁああぁ! ありがとぉお。わふっ、わふっ!」


「あ、あのさ、そのままじゃマズいだろ。警察を呼ぼうか?」


「けいさつ? それダメ。なんかこわい。ダメ」


 警察を怖がる彼女に、俺は深い事情があるのではと困惑する。


(まさか……親の虐待から逃げてきたとか? それとも何か犯罪に関わっている? もし、この子が未成年だと俺は……。ここで下手に助けたら俺まで警察の厄介になるハメに……)


 一瞬だけ見て見ぬふりをして通り過ぎようと考える。このご時世、下手に人に優しくなんかしたら馬鹿を見る時代なのだ。


 ブルブルブルッ!

 その時、彼女が体を震わせた。


「裸足…………」


 しかし、俺は彼女が裸足でいるのを見て、勝手に体が動いてしまった。もう六月に入り昼間は暑いくらいだが、夜は冷えて裸では体が凍えるはずだ。


「来て」


 俺は彼女の凍える手を掴んだ。



 ◆ ◇ ◆



「や、やってしまったぁああああああ!」


 俺は頭を抱え座り込む。


「彼女を家に入れてしまったぁああ! どどど、どうすんだこれ!」


「わふっ!」


 この状況に困惑する俺だが、彼女は嬉しそうにニコニコしていた。


「どうしよう……どうする俺……」


 昔からそうなのだ。俺は余計なお節介をしてトラブルを抱え込んでしまう。

 人に関わるとロクなことにならないと分かっているのに、困っていいる人を見ると勝手に体が動いてしまうのだ。


 学生時代にも、イジメられている友人を見兼ねて止めようとし、次の日から俺の教科書が隠される事態になったり。

 交通事故に遭った人を介抱していたら、通行人や警察から俺が加害者だと間違われたり。


 とにかく何かと貧乏くじを引くことが多いのだ。



「ごしゅじんさま、おなかすいた」


 そんな俺の迷いも他所に、少女は呑気な顔している。天然か。


「あの、先ずキミは誰なんだ?あと、俺は御主人様じゃないぞ」


「わたし? イヌだよ。わふっ! ほら、あのとき、アタマをなでてくれたおにいさんだよね。わたし、しんじゃったんだけど、にんげんにてんせいしたの。かみさまがねっ、とくれい? とかいってたかな?」


 カタコトでそんな話をする少女に、俺の困惑度が増した。


(はい、転生きましたぁああああ! ま、待て、落ち着くんだ俺。転生ってあれだろ? ほら、ラノベでよくあるやつ。トラックにかれたら、固有スキルなんかを持って異世界に行くとか)


 俺もラノベやアニメは好きだが、面と向かって中二設定で話をされると対応に困る。


(待てよ! 頭を撫でてくれたって言ったような? 犬? 頭を撫でた? もしかして……コンビニの……いやいやいや、偶然だろう)


 そんな偶然は有り得ないので、俺は話を進めた。


「そ、そうなんだ……。と、とりあえず、キミの名前を教えてもらえるかな?」


「なまえ……? ないよ。ごしゅじんさまがつけて」


 名前は無かった。まさかの展開だ。


(本当に記憶喪失なのか? それとも言えない事情があるとか? いずれにしても、名前が無いと不便だよな。仮にニックネームとして付けるしかないのか……)


「うーん、俺が名付けるって言ってもな……。タマとか……待て、捨て猫というより捨て犬っぽいよな。タマ子、タマ藻……タマから離れろ。だ、ダメだ、最初にタマと浮かんで頭から離れない。そ、そうだ、珠美たまみでどうだ!」


 見た目も性格も犬っぽい子なのに、俺は珠美たまみと名付けてしまった。仮だから問題無かろう。


「タマミ……タマミだぁ! わーい、ありがとぉー! タマミ、タマミ! ごしゅじんさまになまえつけてもらったよぉ」


「お、おう、喜んでくれたのなら良かった」


「あれ? ごしゅじんさまのなまえは?」


 珠美が俺の名を聞いてきた。そういえば、まだ名乗ってなかったな。


「俺は武流たけるだ。犬飼いぬかい武流たける


「タケル? タケル、タケル、タケル! ごしゅじんさまはタケル! いいなまえだねっ!」


 どうでも良いようなことにも珠美は喜んでいる。無邪気と言うのか何というのか。

 だが、俺の方が無邪気ではいられない。さっきから珠美がはしゃぐ度に、チラチラと上着の隙間から見てはいけないものが見えてしまっているからだ。


「お、おい、とりあえずお風呂に入れよ。俺の服で良ければ用意するから」

「おふろはきらい」

「おい、今まで風呂はどうしてたんだ?」

「タケルがあらって」


(おいおいおいおいおい! この展開はヤバい。知り合ったばかりで一緒にお風呂とか、これ完全に間違いが起こるパターンじゃないかぁああああ!)


 素性の知れぬ女性を部屋に連れ込み、そればかりか混浴したとなれば言い訳のしようもない。しかし、このまま彼女を汚れたままで放置する訳にもいくまい。


 そして、苦渋の決断を決めた俺は、打開策として目隠しで風呂に入ることにしたのだ。


「わふふっ! タケルおもしろい。めかくしておふろはいるの?」


「これは珠美の体を見ないようにしてるんだぞ」


「みなきゃあらえないよ」


 ジャァァァァァァ! バシャバシャ!


 俺は手探りでシャワーのレバーを回し、珠美の髪や体を洗ってゆく。


 むにっ! むにっ!


「きゃはははっ、くすぐったいよタケル」

「うっわぁああああ……耐えろ、耐えるんだ俺!」


 何処を触っているのか分からないのだが、プニプニと柔らかな感触に俺の方が限界だ。素早く珠美を洗うと、大きなバスタオルで包んで浴室を出た。


「着替えは置いておくからな。男物だけど」

「わふっ! ブルブルブルブルッ!」

「おい、水を飛ばすな」




 そして、風呂から出た珠美を見た俺は、今世紀最大級の衝撃を受けてしまう。


「ぐわぁああああ! ちゃんと服を着ろぉ」

「わふぅ?」


 よく噂に聞く、彼氏のシャツを着た女子の破壊力というのがあるが、今の珠美はそれどころではなかった。袖は片方しか通っておらず、色々と見えまくっている。


「み、見てない。俺は見てないぞ」

「タケル、めをつむっちゃった」

「と、とりあえず服を着ろぉおお」


 俺は再び目隠しをして、彼女に服を着せてあげた。




 カタッ!


「よし、完成したぞ。適当に作ったチャーハンと目玉焼きだがな」


 部屋の中央にあるローテーブルで待ち構えている珠美の前に、俺が作った料理を並べる。腹が減ったを連呼している彼女に男の手料理だ。


「わふわふっ! おいしそう!」


 よだれを垂らしながら料理を見つめる珠美は、本当に犬みたいだ。


「よし、食べて良いぞ」

「がぶっ、がつがつがつ――」

「って、犬食いかよっ!」


 直接皿に顔を落とした珠美に、ついツッコミを入れてしまう。


「ほら、箸やスプーンを使うんだよ」

「わふ?」


 スプーンを持たせると珠美が不思議そうな顔をした。


「これでたべるの?」

「そうだぞ。今まで何で食べてたんだ?」

「がぶっ、がぶっ、おいしいよ!」

「お、おう……良かったな」


 小さな子供がするような手をグーにしてスプーンを握って食べる珠美に、つい俺は笑顔になってしまう。

 見た目は美少女なのに、食べている姿は本当に犬のようにコミカルなのだから。


「おいしいよ! タケル、すごいね! こんなおいしいのつくれるなんて、タケルはすごいひと!」


「そうか? 余り物で適当に作っただけだぞ。俺の手料理なんて……」


「ちがうよ! タケルはすごいよ。こんなにおいしいんだもん」


 何度も何度も珠美は俺を褒める。お世辞ではないのは一目で分かる。彼女の顔は本当に美味しそうだからだ。


 このことろ災難続きの俺だったが、久しぶりに気が楽になり笑顔が戻った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る