全肯定わんこ系彼女の珠美ちゃん。 ~虐待され捨てられたゴールデンレトリバー、転生し優しい御主人に拾われ幸せになる~

みなもと十華@書籍化決定

プロローグ

 私は車に乗せられて山奥へと向かっている。


 ブロロロロロロロロ――――


 車が左右に揺れる度に、私の痩せた体がよろける。昨日から何も食べていないの。

 それに酷く体の調子が悪いよ。お腹が痛くて歩くのもやっとなの。



「おい、良いのかよ? この犬を山に棄てるとか言ってるけどさ。売れば金になるんじゃねーのか?」


 車を運転している男が言う。

 体に絵が描いてある怖いオジサンだ。


「良いのよ、こんな駄犬! 犬の動画配信をネットに出せば儲かるって聞いたのに、この犬ったら全く再生数が伸びないのよ。しかも病気になって金もかかるし!」


 助手席のオバサンが怒鳴り声で捲し立てる。


 このオバサンが私の御主人様だ。でも、私にあまりエサをくれないし、いつもイライラして殴ってばかりいる。

 怖くて怖くて、いつも顔色をうかがってばかりいなければならないの。


「はははっ! 犬は保険がきかかないから治療費が高いって言うよな」


「そうなのよ! こんなに金がかかるのなら最初から犬なんて飼わないってのよ! まったく! 治療するのも金が勿体ないから山に棄ててやるってワケ」


「次は小型犬とかどうだ? このゴールデンレトリバーと比べればエサ代もかからんだろ」


「そうね、こんな無駄飯ぐらいじゃなく、小さい犬の方が動画の再生数が伸びるかもしれないわね」



 この二人の会話で分かるように、私は犬である。名前はまだ無い。

 いつも『オイ!』とか『この犬!』とか呼ばれているよ。


 どうやら御主人様は、犬の動画をネットに上げてお金を稼ごうとして私をペットショップで買ったらしいの。


 ペットショップでは子犬から順に売れていった。私は売れ残って大きくなってしまい、格安価格になっているのを御主人様の目に留まることになったの。


 御主人様に買われた私は、躾と称して殴る蹴るの虐待を受け、動画で愛嬌を振りまくよう強制された。

 上手く動画が撮れなければ殴られる。愛嬌を振りまきたくても、心と体が痛くて上手くできないのに。


 私はツイていなかった。


 病気になった私は用済みとなり、こうして山中に捨てられるみたいなの。



 ブロロロロッ――キキィーッ!


 車は山の頂上付近の道端に止まった。


「ほらっ! 降りるんだよ、この犬がっ!」


 バキッ!


「キャインッ!」

(痛いよ! やめて)


 御主人様は無理やり私を車から降ろした。頭を殴りながら。


「来いって言ってんでしょ! 全くこの犬は私の言うことを聞かないわね! ああぁ! イライラする!」


 ガシッ!


「キャインキャイン!」

(痛い痛い! 蹴らないで)


 御主人様は私の足を蹴飛ばして首輪に付いたひもを引っ張って行く。

 少し林の中に入ったところで、その紐を木に縛り付けてしまった。


「これで逃げられないわね。さっ、行きましょうか」

「ああ、面倒くせえな。早く帰って酒でも飲みてえよ」


 御主人様はオジサンと一緒に帰って行く。一度も私の方を振り返りもせず。


「キャイン、キャイン、キャイン!

(行かないで! 私を置いていかないで! 痛いよ。さっき蹴られた足が痛いよ。上手く立てないよ)



 それから誰も来なかった。私は一人、山の中で来るはずもない助けを待ち続けていたのだ。


「クゥゥーン」

(お腹が空いたよ……。喉が渇いたよ……。体が痛いよ……。誰か……誰か助けて……)


 私は祈った。


(ああ……神様……犬の神様だから犬神様かな……。誰もでも良いから……私の願いを聞いてください……。もし、もう一度生まれ変われるのなら……優しい御主人様に飼われたいな……)


 何度も何度も祈る。


(もし、私の願いが叶うなのなら……私はその御主人様の言うことをちゃんと聞きますから。良い子にしますから……)


 目が霞んでゆく。体に力が入らない。もう立つこともできない。

 私の呼吸は、そこで止まった。



 ◆ ◇ ◆



 気が付くと、そこは白い光に包まれた空間だった。


「わふっ」

(こ、ここは……)


 まさか、私の犬語に答えてくれた人がいた。


「よく来たな。そなたの願い聞き届けよう」


 そう話したのは、綺麗な服を着た女の人だった。


「わふっわふっ」

(あなたは誰? ここはどこ?)


「我の名は高御産巣日神たかむすびのかみ、長いのでムスビと呼ぶが良い。転生をつかさどる神様の日本担当者じゃ」


「わふぅ、わふっわふっ」

(神様、ムスビさん……ほ、本物? 私の祈りが神様に届いたの)


「いかにも! 天界から見ており、そなたが余りにも哀れじゃったからな。こうして転生の機会を与えてやったのじゃ」


 転生ってホントにあったんだ。


「ほれ、そなたの願いを叶えてやろう。転生して二度目の人生を歩ませてやるぞ。頭の中で思い描くのじゃ。己が望む優しい御主人とやらを」


 私は思い願った。優しい御主人様を。そう、あの時、コンビニの前で頭を撫でてくれたような優しい人を。

 ただ、神様は『二度目の人生』と言ったけど、私は『犬生』の間違いではないかと思った。


 後にそれが間違いではないと気付くことになるのだけど。


 シュパァアアアアアアアア――――


 体がまばゆいい光に包まれる。


 転生が始まり消えかかる体と意識の私に、神様は最後に一言だけ語りかけた。


「あっ、そうそう、特例でそなたを人間として転生させてやろう。そうじゃな、そなたは一歳半弱のメスであるから、同じように年頃の若い娘が良いか」



 こうして私は人間に転生した。


 虐待され捨てられた私が、新しい御主人様と生活するために。私の全てをかけ全身全霊の愛で応えるために。






 ――――――――――――――――


 序盤がショッキングな展開ですが、必ずハッピーエンドになります。

 クズは断罪されますのでご安心を。

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