18.蚊取り線香
夏休みだ!
あれからハルトさんとは普通に話すしメッセージのやりとりも再開した。
ほんと、何もなかったかのように前のようになってよかったよ。
もうおまえとは口きかない、とか言われたらどうしようかって本気で悩んじゃった。
ハルトさんならもっとスマートな言い方するんだろうけど、スマートだろうがかっこ悪かろうが絶交宣言はもう立ち直れない。
前と違うのはコハクのことも話題に上るようになったことかな。
コハクはわたしのところには来るけれど、ハルトさんのところには姿を見せたことがないみたい。
それとなーく、ハルトさんともお話ししてみたら? って勧めてみたら、そうしようかな? みたいなことは言ってたけど。
さてさて、夏休みになって夢魔退治のお仕事がちょっと増える。
毎日「休み前の日」だしね。
今日もお声がかかった。
贄は中学生の女の子らしい。同年代が狙われるとかやっぱり他人事じゃないな。
夢魔は基本的に元気な人を贄に選んでるみたい。そりゃ餌となる生命力は多い方がいいよね。
夢魔が現れる夢の中は、どこかの田舎の家だ。古い木造の平屋で、縁側があって庭に家庭菜園があるような。
そういえば夏休みだし帰省のシーズンだよね。
うちは今年どうするのかな。お母さんの実家の神社にも行くかな。
そんなことを考えていたら。
『来るぞ』
うん、来たね。チリチリが。
空気がどす黒いマーブル模様に包まれる。
現れたのは……、蚊取り線香!
ぐるぐる渦巻きの、あれだ。
「レトロだなぁ」
『まだ現役だぞ』
「そうだけど、うちではもうみないから」
そんなやりとりが聞こえて怒ったのか、蚊取り線香の火力が上がった。
まき散らす煙の量が蚊取り線香じゃない。あっという間に視界が煙の青みを帯びた白に包まれる。
おまけに目に染みるっ。呼吸もしづらい。
こっちの行動に制限をかけつつ自分の居場所を隠すなんてなかなかやるなっ。でもそれなりに夢魔を倒してきたこのわたしには通じないよっ。
視界がダメなら気配でね。
目を閉じ、呼吸も最小限にして、夢魔のいる場所を探る。
気配と、熱が近づいてくる。
「そこぉ!」
サロメを横薙ぎにした。
確かな手ごたえ。
空気のうなりのような夢魔の叫び声が響いた。
目を開けると、煙が薄らいでいく。その奥から現れた夢魔の、火のついていた先端がちょうど切られたみたいだ。
「よし、とどめっ。力を解き放て、サロメ」
白くまばゆい光を放つサロメの刀身を、夢魔の核に叩きつける。
「俺はまだ引退していないぞー!」
断末魔にそんな声が聞こえた気がした。
うん、ごめん、レトロとか言って。
でも昭和の代表格みたいな感じで社会の資料集に載ってるのも事実なんだよ。
「そうやって、子供時代に当たり前にあったものも、おああちゃんになる頃には、昔はあったよねってなってるものもあるんだろうな」
『そうだな』
「サロメは数えきれないほどの入れ替わりを見てるんだよね」
『うむ』
……夢魔も、昔はいたよね、ってなればいいのに。
『なかなかに難しいな』
だよねぇ。
なんたってサロメは五百年以上も夢魔と戦ってるんだもんね。
それでも、いつかどんな形でか、夢魔と戦わなくていい日が来てほしい。
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