19.トマト
「愛良、今日、ハルトくんのところに行かない?」
プチトマトをたくさん入れた銀色のザルを持ったお母さんが声をかけてきた。
あぁ、庭に植えてるトマトだね。たくさんなったんだなぁ。
「行かない? とか聞いてるけど、持ってってってことだよね?」
お母さんの言葉を先読みして聞くと、「正解ー」ってあははって笑った。
「いいよー。しばらく行ってなかったから多分作り置きのおかずもなくなってるし補充してくる」
「よかったねぇ」
お母さんがしみじみと言う。仲直りできてよかったねって意味だろう。
「うん。お母さんの言う通り、積み重ねた一年はだてじゃなかったよ」
ハルトさんにトマト持ってくから行っていい? って連絡したら、あっさりOKが帰って来た。
今まで、喫茶店に寄らないと行きづらいって思ってたのは何だったんだろうってぐらいだ。
それでもまだ「なにもないけど行っていい?」とは聞けないなー。お母さんとトマトに感謝だ。
トマトを袋に入れてハルトさん
それにしてもとにかく暑いよねぇ。夕方だったけど汗かいちゃった。
「わざわざありがとう」
「これ、トマト。……おかず、なくなってる?」
「うん。昨日からコンビニ弁当だった」
ハルトさんは恥ずかしそうに頭を掻いている。
あぁ、こういう照れた姿、いい。
ハルトさんってなんでもそつなくこなしちゃうように見えるくらい結構クールなんだけど、最近はこんな「素」なところも見せてくれる。
嬉しい。
「なんかいつも頼りっぱなしで悪いな」
「いいよー。料理の練習にもなるしー」
できればずっと料理の腕を振るうのは、ハルトさんのためでありたいなぁ、なんて。
うわっ、はずっ! 自分で考えて自分にダメージきたっ。
「顔赤いぞ。大丈夫か? 熱中症じゃないだろうな?」
「あー、外暑いもんね」
大丈夫、って料理にかかるけど、ハルトさんは麦茶をいれてくれた。
ありがたくいただきつつ、作り置きのおかずを調理する。
ハルトさんが適当に野菜や肉を買っておいてあるから、そこから適当に。たまにリクエストされることもある。
今日は、肉じゃがあたりを作っておこうか。
こうやってまたハルトさんとこに来られたのも、仲直りできたからなんだなー。
「サロモが、さ」
ふっと聞こえたハルトさんの声に、はっとなる。
「サロモばあちゃんが?」
「愛良に感謝しろ、って。俺一人であのまま憎しみだけで戦ってたら、ずっと孤独なままだっただろう、って」
ちょ、不意打ち過ぎ。じぃんとくる。
「わたしは大したことしてないよ。ハルトさんが変わったなら、ハルトさんが変わろうとしたからだよ。それより、わたしもサロメに言われたよ。わたしだってお母さんがずっと夢から戻ってこなかったら、もし夢魔にやられてたりしたら、ハルトさんと同じように夢魔ってだけで絶対殺すってなってる、って。アキナさんを失ったハルトさんがどれだけ悲しいか、自分に置き換えて想像したら改めて実感した」
あらためて考えて、ほんと、サロメの言う通りだろうって思う。
ハルトさんが、ふっと笑った。
「あの二人、会うと口喧嘩ばっかりだけど、そういうところ、気が合うよな」
「そうだね、さすが元双子」
サロメとサロモばあちゃんは、生前は兄妹で二人とも狩人だったし、同じように魔器に人格が宿ったなんて、ほんと仲いいよね。
「ねぇ、アキナさんってどんな子だったか聞いていい? わたしに雰囲気似てるってちょっと聞いたけど」
「そうだなぁ。あ、トマトは苦手だったな」
ハルトさんはあははって笑った。
それからアキナさんの話を目を細めて話すハルトさんは、穏やかな雰囲気だった。
アキナさんのこと、辛い思い出だけじゃなくて、こうやって楽しく話せる時がもっと増えるといいな。
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