20.摩天楼

「今日の贄は外国人の男の人だ。出身国で事件に巻き込まれたことがあって実際に夢に見ているようだから、夢魔が見せる悪夢もそういう関係じゃないかな」


 お父さんに贄さんのことを聞く。

 夢に見ているようだ、ってことは実際に聞いたのかな。贄さんはうちの病院の患者さんかも。


 お父さんは患者さんからそれとなく夢の話を聞き出すのがうまい。体調と夢はわりと直結してるから、最近嫌な夢を多くみないですか? って感じで聞いているみたいだ。


 実際、お父さんが診察していて、最近悪い夢をよく見るって人の半分くらいは夢魔に狙われているらしい。


 さてと。贄さんの情報も聞いたし早速夢の中に行きますかー。

 夢直結の渦巻きトンネルをくぐると、うわ、ビルばっかり。


「こういうのを摩天楼っていうんだね」

『そうだな。天を摩するほど、つまり天に接するほど高い建築物という意味だ』

「あー、それで摩擦の摩、なんだ」


 一つ勉強になったよ。さすがサロメ、年の功だ。


 ぐるりと回りを見る。

 夜のビル群は、夜なのに明るい。

 東京なんかも「眠らない街」ってテレビとかで言われてるけど……。


 東京も外国も行ったことないけど、この景色がこの人が実際に暮らしていたところをほぼそのまま再現しているとすると、東京とはやっぱ雰囲気が違う感じだ。


 同じ国の中だからってのもあるけど、映像で見る東京はもうちょっと親しみやすいというか。

 それに比べてここは、なんだか冷たい感じがする。


『嫌な思い出に対する感情がそう見せているのかもしれんがな』


 そっか。東京に嫌な思い出を持っている人の夢の中も、こんな雰囲気かもしれない。

 つくづく、夢って心と強くつながってるんだな。


 そんなことを考えていたら、空気が一変した。

 建物も人も車も冷たいと思っていたけど、一瞬ですごい熱量を感じる。


 銃声、悲鳴、クラクション。


 淡々と歩いていた人達が、恐怖の表情で逃げ惑う。その騒ぎの中心で、男の人が何人か、銃を手に恐い顔で「敵」を撃とうとしている。


 ギャングの抗争って感じ。

 不謹慎だけど、3D映画、ううん、ヴァーチャルリアリティの方が近いのかな、とにかくそう言ったコンテンツの中に入り込んだみたいな感覚だ。


 ――怖い、死にたくない。


 これは、夢の主さんの感情か。

 強い恐怖が渦を巻くように、どす黒いマーブル模様に代わっていく。


 ――死にたくないなら、殺すしかない。


 恐怖が、殺意に替わった。

 ぎゅうっと体に押し付けられるような、いや、突き刺すような嫌な感触になって、それがある一点に吸い込まれていく。

 侵食だ。


「いくよ、サロメ」


 魔器サロメを鞘から抜いて、エネルギーの向かう先へと飛ぶ。

 あれは……、マシンガン?


 マシンガン夢魔はこっちを見る(?)と、爆音とともに銃弾をばらまき始めた。

 サロメではさばききれないから魔力を防御の盾にして、さらに近づく。

 飛び道具には接近戦ってセオリーだよね。


 って思ってたら、マシンガンそのものが殴りかかってくる。

 さすが夢魔、セオリー崩しもお手の物か。


 だったらわたしだって。


 突進してきた夢魔をひきつけて、かわすんじゃなく、後ろに転移ワープした。


「力を解き放て、サロメ」


 浄化の光を叩きつける。

 マシンガンはしゅるしゅる縮んで、消えた。


「終わったか」


 あ、ハルトさんだ。


「うん。たった今。ハルトさんも夢魔退治?」

「あぁ、終わって、おまえの気配があったから来てみた」


 サロメとサロモばあちゃんのつながりで、ハルトさんもわたしもお互いのいるところに引き寄せられやすい。


 そういえば最初にハルトさんに会ったのも、わたしが夢魔に苦戦しているところにハルトさんが引き寄せられてきたんだったなぁ。

 しばらくはそんな感じで会ってて、無口なくせにしゃべったら駄目だしばかりするハルトさんを、最初は嫌だなって思ってたっけ。


 それが今では、アドバイスがありがたいって思うんだもん。人の感情ってどう変わるか判らないよねー。


 最近では慣れてきて、自分から行くこともできるようになってきた。ハルトさんの口ぶりだと今日は自分から来てくれたっぽい。

 嬉しいな。


「愛良もすっかり強くなったよな」

「まだまだだよ」

『自覚があるのか』

『また無粋な横やりをいれる嫌なじぃさんだよ』


 あぁ、サロメとサロモばあちゃんがまた始まった。


「……愛良」


 はっ、この声は、コハク。

 建物の陰から、ひょこっとコハクが現れた。

 大きさはそんなに変わってないけど、全体的に丸っこかったのが、スリムになってる。より人型に近づいた感じだ。


「愛良、仲直りできたんだね?」


 コハクが顔をわたしとハルトさんに向けて、ぴょこっとかしげた。


「うん。心配かけたけど、大丈夫だよ」

「よかったね」

「うん、ありがとう」


 ハルトさんはわたし達のやりとりを、温かく見守ってくれている感じ。


「ハルト、愛良はハルトが好きだから、愛良と仲良くしてほしい」


 ぶっふぁあぁ!

 ちょ、コハクさんっ!?


「そ、そそ、そうだよ。コハクもハルトさんも好きだよぉ」


 いかにも「Like」の「好き」よってごまかすように付け足した。


 はははって笑って、ハルトさんはうなずいた。


「あぁ。俺も愛良のことが好きだから大丈夫だ」


 えっと、ハルトさん?

 それはLike? Love?


 ……まぁいいや。「好き」に変わりない、うん。


「あ、ありがとハルトさん。めちゃ嬉しい」


 かぁって赤くなってるのを自覚してそっぽむいた。

 摩天楼のネオンがまぶしかった。

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