5.琥珀糖
夢魔がいなくなった夢の中に何かがいるとしたら、わたし達みたいな狩人や夢見か、夢の主の意識が強く夢の中に入り込んでいるか、……別の夢魔、なんだけど。
狩人や夢見だったらこっちに声をかけてきてもいいくらいだ。
夢の主の意識は感じ取れているけれど、そんなに濃厚じゃない。
なら、別の夢魔かというと、そういう感じでもない。
あの肌をチリチリ刺すような感覚もないし、夢魔が現れる時に必ず出てくるどす黒いマーブル模様もない。
気配は近い。もしかしてもう夢の中にいたりする?
じぃっと夢の景色を注視すると。
……あれ、だよね、きっと。
イルカショーを楽しむ家族のそばに、なんかオレンジというかもうちょっと茶色に近い透明感あるぷにぷにしたのが、いる。
なんていったっけ、……ほら、あれ、そうそう、琥珀糖みたいな色。
考えながらあのあまーいお菓子を想像したから口の中に味が広がる錯覚がっ。食べたくなるっ。
『夢魔かもしれぬヤツを食べたいのか?』
いやいや、あの動いてるのじゃなくて飴の方だって。
琥珀色の小さいの、多分五十センチもない。人型で、頭と胴、手足らしいものがあるけど全体的に丸っこい。ぷにぷにと柔らかそうな動きで家族のまわりをちょこちょこしてる。
ちょっとかわいいかも。
『夢魔かもしれぬヤツをかわいい、とは』
夢魔だろうが何だろうが、かわいいもんはかわいいでしょ。
それにサロメだってそんなふうに言いながらも、アレが今のところ危険じゃないって思ってるよね。
『そうだな。少なくとも害意はないな』
なんとなく、だけど。
夢の家族が嬉しそうにしてると、琥珀色のアレもちょっと嬉しそうって感じる。はしゃいでるみたいに、ぴょいぴょいしてる気がするんだ。
もしかして、よ?
夢魔と反対の性質を持ったやつ、なんてことは?
『負の感情を増幅させ食らうのではなく、正の感情を好む、ということか』
うん。
『今のところ侵食のような兆候はないが……。もしも正の感情を好んだとて、夢の主の生命力を奪うようであれば夢魔と変わらぬぞ』
そうだね。その時はいくらかわいくても無に帰さないと、なんだけど。
少しして、夢のシーンが変わった。
これは、会社? 夢の主さんはお仕事で走り回ってる。
悪夢、とまではいわないけど、夢の中で勉強とか仕事とか、起きたら疲れるやつだ。
琥珀色のソレは、頭を傾けるようなしぐさをして、ちょこちょこと歩き出した。
この夢から離れようとしてるみたい。
楽しい夢じゃないからもういなくてもいいって感じ?
「ねぇサロメ。アレに話しかけていい?」
サロメはちょっとの沈黙のあと、まぁいいだろう、って言ってくれた。
話しかけても言葉が返ってくる可能性は低い。けど、反応が見たい。もしも本来の夢魔のような性質があるなら退治する。
わたしは琥珀色のソレに、そっと近づいて声をかけた。
「こんにちは。あなたは、だれ? ここで何をしていたの?」
ぷにぷにの物体は、驚いたのか、ぽよんと大きく体全体を動かした。
「こんにちは。わたし、ゆめ、みてた。いいゆめ、すき」
思ってたより高い声だ。ってかこの小ささで話せるんだ? 実はすごく強い?
夢魔は力をつけると人の言葉も判るようになるけれど、弱いうちだと話さないし、そもそもこっちの言うことなんか聞いてない。
「わたしは愛良。あなたは?」
「わたし、……わからない」
あぁ、そういえば夢魔に名前って概念はないんだっけ。
「じゃあ、琥珀色だから、コハク」
『安直だな』
うっさい。
「コハク、わたし、コハク」
琥珀色の夢魔もどき、コハクは、ぷるんぷるんと体全体を動かした。嬉しそうに見える。
もっと話してたいと思ったけど、お父さんの声が聞こえてきて、はっとなった。なかなか帰ってこないわたしを心配してる。
「今帰るよ。――コハク、また会おうね」
手を振って、お父さんの夢トンネルに走った。
無害なんだし、置いてきてもよかったよね?
『今のところ問題なかろう。だが父上には報告せんといかんな』
それは判ってる。
話ができる夢魔もどき、か。
もしも夢魔が悪夢を作り出して生命力を奪わなくても生きていけるなら、その方が絶対いい。
コハクはもしかしたら、夢魔との対立関係を変える存在になるかもしれないって考えるのは、期待しすぎかな。
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