14.ささやかな

 ダンディさんがまた長い「講義」に入りそうだったから先にこっちの質問をぶつける。


「これからコハクにどう接していけばいいんですか?」

「うむ。よい質問だ。愛良君はやはり見どころがある。将来は大学に来てもらって高峰たかみね君と共に私の研究に協力してもらいたいものだ」


 ハルトさんの名前を出されて、どきっとした。

 将来は一緒に研究かぁ、いいなぁ、と思ったけれど、今ハルトさんとはかつてない冷却期間でこの後どうなるかなんて全っ然判らないんだよぉ。


「ありがとうございます……」


 ちょっと声が小さくなっちゃった。


「それで、コハクのことは?」

「コハクについては、君が今までしてきたように、普通に会話をして様子をつぶさに観察してもらいたい。彼の者の見聞きしたこと、感じたことを聞き取ってくれればいい。ただし」


 ただし?

 何か無茶ぶりが来るのかと身構える。


「コハクは夢魔の一種であると思われる以上、本来の性質も持ち合わせているやもしれない、という点は忘れてはいけない」


 ほんのささやかなきっかけで、生物の負のエネルギーを得て成長し力をつけ、贄を殺してしまう夢魔に変貌するかもしれないんだ。しかもそのきっかけが判らない。

 考えてみたらコハクって結構危ない存在なのかも?


「そう不安な顔をしなくてもいい。今まで通りでいいのだから」


 ダンディさんが優しい笑顔になった。

 あぁ、きっとこういうところなんだね。ちょっと変人っぽい所あるダンディさんの講義って、わりと人気あるらしいのは。


「コハクとは、できるだけ楽しい、ほがらかな会話を心がけてくれればいい」


 うん、それなら本当に今まで通りでいいんだ。


「私からは以上だ。また何かあればお互いに連絡をしよう。……何か質問はあるかな?」


 質問……。

 コハクのことじゃなくて、ハルトさんのことが頭に浮かんだ。

 でもそれをこの流れでダンディさんに尋ねていいものか。


「えっと、今は、ないです」

「では私はこれで失礼するよ」


 ダンディさんは丁寧に腰を折って部屋を出て行った。

 あぁ、ダンディさんたるゆえんのしぐさだ。


 ダンディさんが出て行ってから、マダムさんがお茶を淹れなおしてくれた。

 マダムさんになら、聞いてもいいかな。


「ハルト君には、夢見の集会所の考えを話しておいたわよ」


 うわわっ。考えが読まれたみたいなタイミング。

 びっくりしたわたしに、マダムさんは「ほほほ」とお上品な笑いを漏らした。わたしには一生できない笑い方だ。


「で、ハルトさんは、なんて……?」

「判りました、ですって。あと、愛良ちゃんと話をしてみるとも言っていたわね」


 よかった。

 でも、まだハルトさんからは連絡はない。


「ハルト君、今大学のテストで忙しいんじゃないかしら。遠野先生が試験問題を考えるのもなかなか大変だ、みたいなことをおっしゃっていたから、そういう時期だと思うわ」


 ダンディさんが作るテスト問題、すごく難しそうな気がする。

 なんて考えつつ。


 そっか、テストか。だったら、仕方ないね。

 もうちょっと待ってみよう。


「あと、もう一ついいかしら」


 マダムさんの声が真剣になった。


「もしかすると『暁の夢』がまたこの辺りでも活動を始めたかもしれないので、気をつけて」


 あの変態集団がっ!

 ……本来は変態じゃないんだろうけど。

 お母さんを夢の中でさらったのも「暁の夢」の幹部だった。

 組織の活動じゃなくて横恋慕だったんだけど。


 とにかく、あの組織にはろくなのがいないのは確かだ。

 夢魔と手を組んで金儲けなんて許されないことだよ。


「ぶっとばします、っていいたいところだけど、関わらないように逃げます」

「それがいいわ」


 マダムさんの返事にうなずいた。


 コハクがあいつらに捕まったらろくなことにならない予想しかできない。

 わたしができる範囲で、守らないと。

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