13.定規

 次の日、学校から帰ってスマホを見るとマダムさんから「お伝えしたいことがあります」とだけメッセージが入ってた。

 おぉっ? ハルトさんとの話がうまくいったとか?

 どきどきしてきた。


 今から伺いますと返事をして、爆速で自転車をこいだ。あ、もちろん常識の範囲でだよ。事故ったら大変だし。

 夢見の集会所にお邪魔すると――。


「こんにちは愛良君」


 ダンディさんが待ち構えていた。


「君が命名するところのコハクについて、私の見解を少しなりとも話しておこうと思ってね」


 ハルトさんの話じゃなかった……。

 でも大事なことだから「はい、お願いします」って返す。


「コハクは、いわゆる夢魔の突然変異体であると推測される」


 突然変異ということは夢魔には違いないけれど、本来の夢魔のような性質ではないってことだよね。


 ダンディさんは説明は上手いんだけど、いつもの通り、ちょいちょい横道に逸れるきらいがあるから話が長いんだよ。


 ダンディさんの話をまとめると、もしかするとこれまでにもコハクと似たような性質を持つものも、ごくわずかだけれどいたかもしれない。

 もちろん今回が初めてとも考えられるのだけれど。


 これまで発見され倒してきた夢魔の数を考えると、発生確率がかなり低いうえ、発生しても夢魔であることに変わりはないので狩人が他の個体との差に気づく前に滅していた、という可能性も高いんだって。


 そういえばハルトさんがコハクを見た時に「夢魔だ」って言ってた。

 もしもコハクのような性質をもったものが過去にいたとしても、狩人の「こいつは夢魔」って瞬間的な判断で滅されたってことだね。


「これからどうなるかはまだ未知数であるが、ほんの僅かな可能性であるとしても、コハクの存在は『夢魔はすべからく無に帰すべし』という杓子定規な対応を考え直す存在になり得る」


 ダンディさんがいい笑顔で締めくくった。こういうのを恍惚とした顔っていうんだろう。


 それにしても長かった。十分以上経ってるよ。

 マダムさんも居間にいるけれど、いつものようににこにことマダムスマイルを浮かべてダンディさんとわたしを見てる。


 このお二人も結構長い付き合いなんだろうな。マダムさんはすっかりダンディさんの「講義」に慣れちゃってる。なんなら要らないところはお茶を優雅に飲んでスルーしてる。


 ハルトさんもダンディさんの大学に通って精神学を習ってるんだよね。じゃあやっぱりダンディさんの講義も受けてるんだろうか。

 まじめくさった顔でダンディさんの話に耳を傾けつつ、話が脱線したら適当にスルーしてるハルトさんを想像して、思わず笑いそうになる。

 がまん、がまん。


「おそらく……、愛良君がコハクに気づけたのは、君の心根のよさと、先の大きな戦いでの夢魔とのやり取りが大きく影響しているのだろう」


 ダンディさんの言葉に、はっとなった。



「人は他の動物を食べて生きることを許されるのに夢魔は許されない。それでいいとおっしゃるなら、ずいぶん身勝手ですね」



 青の夢魔、全身が青かったからわたしがそう名付けた――に言われた言葉をまた思い出す。

 彼の言葉にわたしは自分の思いを返した。



「判ってるよ。でも今のわたしじゃ、わたし達じゃ、どうすることもできない。いつか、生き物と夢魔が共存できるようになるかもしれない。でも今は、戦うことでしか自分達を守れない。わたし達も、夢魔あんた達も。だから――」


「戦うしかない」



 最後の一言は、青の夢魔と重なった。

 それまで夢魔は全部滅する、って単純にそう思ってたけれど、夢魔の言い分を聞いて共存の道を探すのもありだと思ったんだった。

 ダンディさんがいう「杓子定規な考え」から脱した瞬間だったのかな。

 それがコハクを見つけられたことに影響してるのかもしれないんだね。


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