26.深夜二時

 コハクと姿だけは似ている小さい青の夢魔はわたし達を見上げて言う。


「君達が琥珀色の夢魔を知らないというなら私は帰るが、君達が私を滅そうとするなら返り討ちにさせていただく」


 ふふん、とでも言い出しそうな余裕のある声だ。

 ムカつく。

 けど、感情的になったっていいことはない。

 ハルトさんもじっと夢魔の様子を睨みつけているだけだ。


「……なんであんたはその琥珀色の夢魔を探してんのさ」

「探してほしいと頼まれたので」

「頼まれた? 誰に?」


 夢魔は基本的に一個体で活動するって聞いてるけど。

 まさか夢魔をまとめるめちゃ偉い夢魔、夢魔の王みたいなのが生まれたとか?


「なんといったかな。夢魔と手を組みたいという人間達だよ」


 ――暁の夢!

 隣でハルトさんが軽く息をのむ。

 夢魔の王と暁の夢、どっちがマシなんだろうね。どっちも悪いヤツに違いないからどうでもいいけど。


 そうか、こいつが本当に強いならなんで襲ってこないのかなって思ってたけど、暁の夢と「契約」してるならわざわざ自分から贄を探して侵食しなくても十分に「満たされてる」ってわけか。

 わたしとハルトさんがかかっても勝てないかもってぐらいの力を、一体、何人を侵食して殺して手に入れたの?


 そんなヤツがコハクを見つけてどうしようってのか、大体想像できる。


 人と会話する夢魔って力が強いっていう。コハクも夢魔の一種で、意思疎通ができる。

 今は異質で侵食はしないけど、本来の夢魔のようになったら、すごく強いよねきっと。

 暁の夢は、コハクを捕まえて、どうにかして仲間にしたいんだろう。


 ……許せない。


『愛良、もしもお主の考えている通りだとしても、ここで戦ってはならん』

『そうじゃ、愛良、引くのじゃ。ワシらの力はまだ完全ではないのじゃから』


 サロメとサロモばあちゃんは、半年前に青の夢魔と戦った時に持っている魔力をほぼ使い果たした。完全に消滅まではいかなかったけれどしばらく休眠状態だったほどだ。


 だから戦うとしたら、わたしとハルトさんの力だけ、ってことになる。

 でもそれじゃ、勝てないんだよね。


「愛良、すぐに戻っておいで」


 お父さんの声だ。わたしの感情と周りの気配を感じ取ったのかな。


「愛良、帰ろう。暁の夢の目的が判ったんだから」


 ハルトさんがわたしの肩に手を置いて、引き返すように後ろへと軽く引っ張った。


 ……あの時と逆だね。

 青の夢魔と初めて会った時、ハルトさんが戦ってわたしが止めた。

 ふっと、笑いが漏れた。


「そうだね。ありがとう、止めてくれて」


 サロメから手を離して、ハルトさんを見る。

 ちょっと複雑な笑顔だった。

 ハルトさんも本当はあいつを滅したいんだよね。けれど今のわたし達ではかなわないって言われたから我慢してるのかも。


「おや、帰るのですか? それではまたお会いしましょう。琥珀色の夢魔について何か判ったら教えていただきたいものです」


 誰があんたなんかに。

 ぷいっと無視して、心の中で舌を思いっきり出して、ハルトさんと夢トンネルに向かった。


 背中から襲ってこないか、どきどきしたけれど夢魔は手を出してこなかった。

 ハルトさんはずっとわたしの肩を抱いたまま、うちのお父さんの夢トンネルを一緒にくぐってくれた。


「おかえり愛良。ハルトくん、愛良を連れて帰ってくれてありがとう」


 お父さんがほっと息をついてハルトさんに頭を下げた。

 ふと時計が目に入った。二時だ。そんなに時間が経ってたんだ。


「今のハルトくんの夢見は遠野先生だね」

「はい」

「先生にはハルトくんはこちらに戻ったと連絡をしておくから、今日は泊まって行ったらいいよ。夢の中の話は明日の朝聞かせてもらおうかな」


 ハルトさんがうちにお泊りっ。ナイスお父さんっ。

 よぉし、明日は早起きして朝食作っちゃうぞ。




 そして興奮してなかなか寝付けずに朝寝坊するのはお約束、って、そんなお約束いらんわー!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る