9.ぱちぱち
ハルトさんと喧嘩別れになってしまった次の日、「夢見の集会所」に行った。
もちろんお父さんには昨日のうちにあったことを話してる。
ハルトさんと喧嘩してしまったことをお父さんは悲しそうに聞いて励ましてくれた。
突然夢魔とおまえが仲良くしてるのを見たから、夢魔に騙されているんじゃないかって心配したんじゃないかな、って言われた。
だったらなおさら、きちんと話しておいた方がよかったんだ。そうしておくべきだったんだ。
「ラブレター」に動揺して、ハルトさんの態度に悲しいって思って、行くの気まずいって……。
全部自分勝手な感情だ。
今日の授業どころか学校で一日中上の空だったから、さっこちゃん達に心配されちゃった。
さっこちゃんには、そのうち話そうと思うけど、まずは夢見の集会所だ。夢魔が絡んでるからね。
お父さんからコハクのことは伝わってると思うけど……。
うちから自転車で三十分もかからないところ、住宅街のアパートの一室が、一番近い夢見の集会所だ。ご近所さんはまさかこんな近くでファンタジックなことを話したりしているなんて思ってないだろうなぁ。
「あら愛良ちゃん、いらっしゃい」
出迎えてくれたのは、ここに住んで部屋の管理をしているおばさま。
西脇さんっていうんだけど、上品でおっとりした話し方をするから、わたしは勝手に「マダムさん」って心の中で呼んでる。
マダムさんは今日もゆったりとしたペースでお茶を淹れてくれた。
「お父さんから話は聞いたわ。ハルト君ともめたのですってね。ごめんなさいね。ハルト君にお話しをするのが遅れてしまって」
さすが、もうその話も伝わってた。
「ハルトさんとは連絡できました?」
「まだなのよ。忙しいらしくてメッセージは既読になっているのだけれど、お返事がなくて」
メッセージでは夢魔の話とかできないから、「お話があるので連絡をください」って送ったんだって。でも返事がないってことは、多分この件のことだって判ってて無視してるってことかもしれない。だとするとまだすごく怒ってるんだろうな。
あの時「俺は」って言いかけてたけど、なんて言いたかったんだろう。
「愛良ちゃんは?」
「あれから連絡してないです」
わたしの返事にマダムさんはうなずいた。
「こちらからまずお話をしてみるから、それまで愛良ちゃんはそのコハクに関するお話はしないでおいてね。まだ落ち着いていない状態で当事者同士が向かい合ってもこじれることが多いから」
ここは大人の意見に従おう。
マダムさんの淹れてくれたお茶を飲んで、ほぅっと息をつく。
玄関が開く音がした。
まさかハルトさん?
期待半分、不安半分で部屋の入口を見た。
入ってきたのは、ダンディさんだった。
本名は遠野さん。すらっと背の高い中年男性だ。ハルトさんが通ってる大学の准教授らしい。いかにもインテリな眼鏡が似合ってるまさにダンディな人。
……しゃべらなければ。
ダンディさんはわたしを見て目を見開いて、笑顔になった。
「おぉ愛良君! よくぞ新しい発見をもたらしてくれた」
大げさなジェスチャーで手を広げたかと思うと、ぱち、ぱち、ぱち、と大きな拍手をする。
「夢の研究をはじめて二十余年、まさか新種の夢魔が発見されるとは」
それからいかにダンディさんが夢の研究をしてきたかの独壇場になる。
これさえなければ……。
「それで、遠野先生はコハクについてどう考えてるんですか?」
対処法は、ダンディさんよりもっと大きな声で質問すること。質問がない時は聞いているふりしてスルーしてる。
「まだなんともいえないな」
トーンが落ち着いた。よかった。
「できれば夢見の集会所で管理したいところだが、それでは自然体の観察にならないからね。今のところ遭遇しているのは君だけのようなので、よく観察してほしいのだよ。できれば映像があればありがたいが、無理だからね……」
夢の中ではスマホとか通信機器が使えない。
でも夢見であるお父さんとのつながりを強くすれば、お父さんに直接映像を伝えることはできる。
そこからのしっかりしたアウトプットの手段がないのが残念なところだけれど。
「判りました。もし何か判ったり決まったりしたら、教えてください」
お茶をしっかりいただいて、夢見の集会所を後にした。
これから、どうなるのかな……。
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