10.散った

 夢見の集会所から戻った日の夜。

 今日は夢魔退治はないから、集会所の訓練スペースで鍛錬することにした。

 なんとなく、じっとしていられないというか。じっとしていたら落ち込むというか。

 こういう時は体を動かすに限る。


『気が散っておるな。乱れているというのが近いかもしれんが』


 自分では集中しているつもりだったんだけど、サロメに指摘されてしまった。


「そうかな」

『……ハルトとお主の主張が相容れぬは、致し方ないことだと思うがな』


 どうして?


『ハルトは身内を夢魔に殺されておるのだ。いくら前向きな考えが持てるようになったとて、夢魔憎しの根幹は揺らぐまい』


 そうれはそうだけど。


『お主も、母上があのまま夢から戻らなんだら、夢魔憎し、全て滅すべしという考えになっていてもおかしくないはずだ』


 過去を見据えてそこから成長したい、と区切りをつけるためにハルトさんが抱えていた思いを吐き出してくれた時のことを思い出した。


 そのころは夢魔という存在を知らなくて――当たり前だよね、秘密にされてるんだもん――ハルトさんはアキナさんがどんどん弱っていくのを見続けることしかできなかった。


 両親がアキナさんの闘病生活、治療方法についてことごとく対立して家の中がギスギスしだした。


 アキナさんが亡くなって、病理解剖をするしないでご両親は大げんかをした。それまでは語気を荒らげることはあっても話し合いでなんとかやってきていたのに。


 お父さんは「アキナの死因が判ったら、これから似たようなことで苦しむ人達の役に立つだろう」と病理解剖に賛成して、お母さんは「病気で苦しんで死んでしまったアキナの体にさらにメスを入れるなんて死人に鞭打つようなことは嫌だ」と反対した。


 二人は、ハルトさんにまで意見を求めた。

 ハルトさんはどちらの気持ちもわかるから、どちらにもつけなかった。


 結局お父さんが押し切る形で病理解剖をしたけれど……、死因は特定されなかった。

 お母さんは「ハルトがしっかり反対してくれていたら」とヒステリックになっちゃって、お父さんは「ハルトに当たるな」と口先ではかばってくれたけれど、自分に向くはずの攻撃の矛先がハルトさんにも向かったことに、あからさまにほっとしているようだったらしい。


 もう優しかった両親はいないんだなって思った、って口にしたハルトさん、すごく、悲しそうだった。


 それからハルトさんは本やネットで似たような事例がないかを探し出して、うちのお父さんの病院に話を聞きに来た。

 病院の紹介サイトのお父さんの挨拶に、夢の事についてもちょっと触れていたから。


 お父さんに夢魔の話をされたハルトさんは、それから必死に訓練して狩人になって、夢魔を退治してきた。

 生活の何もかもを夢魔退治にかけているって覚悟で。


 将来のことを考えながら、一方じゃいろんなことがどうでもいいって思ってたところもあった、って言ってたハルトさん。

 そこまでの苦しみや悲しみを一人で抱え続けてたんだよね。

 そりゃ夢魔は全部滅べ! って思うよね。


「妹さんがいなくなっただけじゃない、家族の絆、つながりも、散り散りになってしまったんだよね……」


 お母さんがずっと戻ってきてなかったら、今頃お父さんとわたしはどうなってただろう。

 もしかすると、辛いのを我慢する限界を超えちゃってたかもしれないよね。

 それに、お父さんが言ってた、わたしの心配をしたかもしれない可能性もある。

 それを、大丈夫だよ、なんて呑気に返されちゃったら……。


「次に会ったときに、謝るよ」

『それがよかろう。夢魔と戦う仲間の心が散り散りになってはいかん』


 うん。

 けど、問題は、その「次」がいつ来るか、なんだよね。

 夢見の集会所からのメッセージも既読スルーしてるみたいだし、わたしがメッセしても返してくれるかな。

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