8.雷雨
結局、ハルトさんにはコハクのことを話していないまま、次の夢魔退治の話が来た。
あれから喫茶店に行く勇気もなくて、部屋に直接行くほどの度胸もない。
あーあ、あの喫茶店は部屋にお邪魔するいいクッションだったのに。
このなんともやりきれない気持ちは、夢魔にぶつけてやれ。
よーし、やるぞっ!
『うむ。今日は一段と気合いが入っておったな。よきかな』
夢魔を退治し終えて、サロメが褒めてくれた。
珍しい。いつもダメ出しばかりするのに。
『あらを探しているわけではないぞ。お主が腑抜けでなければいつでも褒めるわ』
はいはいすみませんね腑抜けで。
『む? お主こそどうした。誰が腑抜けよ! といつもの剣幕で返して来るものと思うておったが』
ぎくっ。
今ちょっと自分に対してネガティブなところが出てしまったかな。
『何故……、ふむ。ハルトか』
ぎくっ。
『ハルトに女の影でもちらついておるのか』
サロメは冗談っぽく言ってるけど、あながち外れじゃないんだよね。その人はフラれちゃったんだけど。
『なら問題あるまい。ほれ、
あ、サロメも感じた?
今、夢の主――小学生の男の子の夢の中はすごい雨なんだ。
主さんは雨の中をレインコートを着て楽しそうに走り回ってる。典型的な小学生ダンスィだよね。
そのハイテンションな「気」に紛れて、感じる。
ちょっと探すと、いた。木の影でぴょこぴょこしてる、コハクを。
「こんばんはコハク。元気そうだね」
「うん、コハク、元気。こことても楽しい」
まぁ夢の主さん、めちゃ楽しそうだし。
「コハクは楽しいのが好き?」
「うん、コハク、楽しいの好き。アイラ、楽しいの好き?」
「うん。一緒だね」
ぴょいぴょいしてる。かわいいなぁ。
「コハクは、……おなかがすいたら何を食べているの?」
この表現で判ってくれるかちょっと迷ったけど尋ねてみた。
「コハクおなか、ない。でも楽しい夢、満足」
楽しい夢のそばにいると満足ということは、侵食? でもそんな雰囲気ないよね?
『侵食の気配はないな』
ってことはやっぱりコハクは、楽しい夢のエネルギーを夢の主に悪影響がない形で吸収してるってことでいいのかな。
『結論付けるには早いが、その可能性が高いな』
おぉっ、すごいことだよ、これは。
感動してると。
「愛良。もう夢魔退治は終わったのか」
あ、ハルトさんだ。
ハルトさんは時々わたしの夢魔退治の現場にひょっこり現れる。
多分サロメとサロモが対の双剣だから引き寄せられやすいんだろうってことらしい。
「うん。終わったよ。楽勝」
「そうか。それはよかった……」
ハルトさんがコハクを見て、目を見開いた。
すっと目が細められる。
「夢魔、いるじゃないか」
ハルトさんがサロモばあちゃんの柄に手をかける。
「ちょっと待ってハルトさん。この子は他の夢魔とは違うんだ」
わたしはもう話の順序も何もない感じでコハクのことを話した。
けどハルトさんの顔は厳しいままだ。
「どんなヤツでも夢魔は夢魔だ」
夢の中で、雷が、鳴った。
稲光を受けたハルトさんの顔がすごく冷たく感じた。
怖い、でもそれより、悲しい。
ハルトさんならわたしのいうこと、理解してくれると思ってた。
「この子は、夢の世界の希望の欠片かもしれないんだよ。夢魔と戦わないで共存できるなら、その方がいいじゃない?」
泣きそうになるのをぐっとこらえて、ハルトさんを見上げる。
ハルトさんは、何も答えない。
「俺は……」
何かを言いかけて、ふっとハルトさんは目をそらした。そのまま歩いて行ってしまう。
その目が、姿が、すごく寂しそうに見えた。
「……わたし、いる、だめ?」
コハクまですごい悲しそうな雰囲気になってしまった。
「いていいよ。いてほしい」
笑顔を向けると、コハクはまたぴょこぴょこした。
「それじゃあね、コハク。また会おうね」
ばいばい、と手を振るとコハクも手の部分をぷるぷる振って返してくれた。
こんなことになるなら、もうちょっと勇気を出してハルトさんに会いに行っておくべきだった。
コハクに背を向けて夢トンネルに向かいながら、後悔ばっかりがあふれてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます