4.アクアリウム

 ハルトさんと「夢魔少なくなったよねー」って話してたら、まるで「そんなことないよ」とでもいわんばかりに久しぶりに夢魔退治の依頼が来た。


 わたしがまだ中学生だからっていうんで夢魔退治がこっちにまわってくるのは次の日がお休みの日だけなんだけど、他に動ける狩人さんが近くにいない場合はその限りじゃない。

 何せ夢魔は生命エネルギーを吸って日に日に強くなるから、数日放っておくだけでめちゃくちゃ強くなった、なんてこともある。そうなる前に退治しておかないといけない。


「今回の贄は四十台の男の人だ。夢魔が見せる悪夢は仕事関連か、家族がいるから家族の夢を見やすいかもしれないね」


 パートナーのお父さんから贄の情報を聞く。

 夢はその人の精神に影響するからこういった前情報はわりと大切なんだ。

 恋愛関係で問題がある女の人がその手の修羅場の夢を見てて狩人にも精神的ダメージが、なんてパターンもあったりするし。

 わたしも似たような感じの夢に遭遇したことはある。あれは強烈だったなぁ。


「いつも言ってるけれど夢魔が想定より強かったらすぐに戻ってくるんだよ」

「判ってるよ」


 やっとお母さんの事件が解決したばっかりなんだし、わたしまでどうにかなっちゃったらダメだもん。


「準備はいい?」

「いつでもいいよ」


 お父さんはうなずいて、お札のようなものを手に持って集中する。床に向けている反対の手から白い光が放たれて、床に渦巻き状になる。

 これが、夢への入口で、夢からの出口でもある。


「それじゃ、いってきまーす」


 相棒のサロメをしっかりと持って、渦巻きトンネルにぴょんと飛び込んだ。


 さて、どんな状況かな?

 ……水族館だね。大きな水槽の中にいろんな魚がいる。


『夢魔はまだ現れておらんな』


 サロメの言葉にうなずく。


 贄の男の人は、家族連れのあのお父さんだね。小学生くらいの男の子はあんまり感心なさそうな顔だけど、女の子の方は水槽のガラスにべったり張り付いてるって感じで魚たちをみてる。

 多分、リアルもこんな感じなんだろうな。


 ちょっとほっこりしてると、――きた!

 夢魔が現れる時の、独特の感触だ。肌をチリチリ触られているような不快な感じ。


 途端に景色がどす黒いマーブル模様に包まれる。

 現れたのは、サメっ! さすが水族館。


「あれが核、だよね?」

『うむ』


 夢魔には核というものがあって、それを壊さないと駄目なんだ。今回は判りやすいけど、目の前に現れた生き物や物体に核があるとは限らない。離れた場所に隠れていて見つけにくいこともある。


「よーし、なら、いでよ我が魔器まきサロメ」


 なんて恰好をつけながらサロメを鞘から引き抜く。

 サロメは魔剣だけど、狩人が使う武器が必ずしも剣とは限らないから魔器っていうんだって。


 あぁ、いつみても綺麗な刀身。鞘とか柄は使い込まれている年代物って感じだけど、柄の先についている青い宝玉と刀身は、たった今完成しましたって言っても納得できるくらいの輝きだ。


『ワシの魅力に惚れ直したか』

「これさえなければねぇ」


 黙ってたらイケメンってやつだ。まぁこれはこれでいいけど。


 なんて言ってたらサメがお父さん含めた家族の周りをぐるぐる回って威嚇してる。

 子供達はすっかり怯えて泣くこともできずにお父さんお母さんにしがみついてる。

 お父さんの焦りと恐怖が伝わってくる。


「そこまでだよ夢魔っ。無に帰してやるからっ」


 ぐるぐるしてるサメに突っ込んでサロメを振るう。我ながらいいスピードだと思うけどサメの方が速く動いてかわされてしまった。


 相手の攻撃方法は、突っ込んでくるだけか?

 あの歯に食いつかれたらかなりヤバそうだ。突進を避けつつ反撃のチャンスを狙う。


 と、サメがこっちに向かってきながら体をぐにっと振った。

 うわっ。ものすごい衝撃波っ!

 咄嗟にサロメを前に掲げて防御のイメージを浮かべる。


『あの衝撃波は使えそうだな』


 え?


『ハルトとの訓練を思い出せ』


 あっ。

 サロメ、サロモばあちゃんと口喧嘩してたけど、ちゃんとわたし達のこと見てたんだね。


『当たり前だ。おぬしのようなひよっこがきちんと訓練をして成果を出せるかどうかを見守らんといかん』


 狩人になって一年ちょいだし、強い夢魔も倒したんだしせめてもうちょっと評価をあげてくれてもいいのよ?


 サメの突進を避けつつ、衝撃波がくるのを待つ。

 突進はなかなか当たらないと思ったんだろう、サメがぐにっと体を曲げた。


 跳ね返す!


 防御じゃなく反射のイメージで、サロメを前に掲げて魔力を集中する。

 ものすごい勢いの衝撃波を、そのまま跳ね返した!

 よしっ。


「チャンス! 力を解き放て、サロメ!」


 サロメの刀身が白い光を放つ。まぶしいけれど目に痛くない不思議な光だ。

 気合を込めて光をサメに放つ。

 浄化の光に包まれたサメは、身もだえながら小さくなって消えていく。


 景色が、元に戻った。

 贄だったお父さんも家族は、楽しそうにイルカショーを見てる。

 よかったね。


 さて、帰ろうか。元に戻った夢に長居は無用だ。下手すると夢の主にわたしの存在が気づかれちゃう。

 でも、……なんだろう、ちょっと、違和感。


『何やら異質なものがおるな』


 サロメも感じ取ってるみたい。気のせいじゃない。

 何かが、いる。

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