3.飛ぶ

 ハルトさんの仕事が終わるのを待って、一緒にお部屋に行く。


 喫茶店からは歩いて五分ぐらいだからバイト終わってからが楽でいい、っていうのが、あそこにした理由なんだって。めちゃくちゃ流行ってるわけでもなさそうだからというのはマスターさんにはナイショって笑ってた。


 ハルトさんは春から大学生になって、独り暮らしを始めた。

 お父さんやお母さんはいるけれど、アキナいもうとさんの一件で家族仲は冷え切ったどころじゃなく崩壊したそうだ。


 夢魔に贄にされて、命を吸われて――それを侵食っていう――だんだん弱ってくアキナさんの生活や治療法、果てには亡くなってから病理解剖をするかどうかで両親はことごとく対立して、ハルトさんにまで責任を押し付けようとしたんだ。


 アキナさんの話をしてくれた時の、ハルトさんの悲しそうで悔しそうな顔、今でもはっきり覚えてる。


 険悪な両親の、いかにも離婚しないのはおまえがいるからだ的な態度にも嫌気がさして、ハルトさんは心を閉ざしちゃったんだけど、大学入学を期に家を出て、気持ちを新たにってバイトも始めた。

 おまえが前を向こうとさせてくれたおかげだってハルトさんは言ってくれるけど、違うよね。

 ハルトさんが変わろうと思ったから、変われたんだよ。


 で、わたしは週末にハルトさんの家に行ってご飯を作ってる。

 ハルトさん、料理は今一つらしい。


 わたしが唯一ハルトさんよりできるところがあってよかった。

 いやいや、そうじゃなくて。


 スーパーのお惣菜やお弁当だけじゃどうしても栄養とか心配だもんね。

 今日は、昨日のお母さんの影響でホワイトシチューを大量に作っておく。

 冷めたら小分けにして冷凍保存しておけば食べたい時にレンチンすればいいし、ね。


「愛良、期末テストどうだった?」


 シチューを作ってるわたしの背中にハルトさんの質問が強烈に突き刺さった!

 そうだよね。ハルトさんも週一で家庭教師に来てくれてるもんね。そりゃ結果を知らせないといけないよね。


「まだ終わったばかりだから点数は判らないけど……」

「手ごたえ的には?」

「大丈夫、……多分」


 一気に歯切れが悪くなったわたしにハルトさんは笑った。


「あれこれ言っててもわりといい点数取ってくるからな。あんまり心配してないけど」


 うん、それはそう。

 けど「わりといい点数」じゃ、さっこちゃんも第一志望にしてるハルトさんの母校に入るの難しいんだよね。


「テスト返ってきたら見せるよ。それより、ハルトさんは狩人のお仕事、やってる?」

「あからさまに話題を替えてきたな」


 突っ込まないでっ。


「あはははー」


 笑ってごまかす。


「仕事は、あるよ。でもやっぱり去年より減ってると思う」


 今年の春、例のお母さんがらみの事件で、ハルトさんとわたしは強い夢魔と戦って勝った。その夢魔がいなくなった影響かどうか判らないけど、夢魔の数がそこから減ってるような気がするんだ。


「やっぱそうかー。お母さん帰ってきて、ますますわたしに回ってくる夢魔退治が減ったんだよね。夢魔がいないのはすごくいい事だけど、戦い方忘れちゃいそう」


 半分本気、半分冗談て言った。


「そうか。もしよかったら今夜訓練付き合うけど?」


 おおぉっ! 願ってもないことだっ。


「やった! ありがとうハルトさん」

「それじゃ、十一時ぐらいに集会所の訓練スペースで」

「はーい」


 リアルで会えて夢でも会える。今日はいい日だっ。




 夜、わたし専用の武器サロメと、訓練用の木刀を持って夢の中へ行く。


 狩人と、サポート役の、いわゆるパートナーである夢見ゆめみが集まる組織の「夢見の集会所」が持ってる訓練スペースに送ってもらった。


 ちなみにわたしのパートナーはお父さんだ。元々お母さんのパートナーなんだけど、お母さんを探すのにわたしが狩人になった時、お父さんがパートナーになった。

 別に夢見と狩人が組むのは一対一じゃないといけないわけじゃないから、お父さんは今もお母さんとわたしを受け持ってくれてる。


「今日はよろしくお願いします」

「あぁ。よろしく」


 挨拶をして、夢魔退治に使う武器は置いといて、木刀を構える。


『久しぶりだな』

『元気にしとったかい』


 わたしのサロメと、ハルトさんのサロモばあちゃんが会話してる。

 この二本の魔剣は元々ついだったらしい。いろんなことがあって今、わたしとハルトさんの手元にあるのも、運命ってヤツ?


『くだらぬことを考えておらんで、訓練せんか』


 あぁっ! そうだ忘れかけてた。サロメ達はわたし達の思考が読めるんだった。プライバシー侵害じじぃめっ。


『ほぅ? お主が考えておったことをハルトに伝えても――』

「精進しますっ。ハルトさん、いくよっ」


 サロメの言葉をぶったぎってハルトさんに打ちかかる。


 まずは木刀を振るう。

 ハルトさんはわたしの攻撃を軽くいなして、反撃してくる。

 出会った頃は、これで勝負がついていた。

 けど、わたしもそれなりに強くなった。普通の打ち合いでは、なかなか一本を取られなくなってきた。

 けど。


「よし、動きはいい感じだ。本番、いくぞ」


 ハルトさんがふわりと上空に浮く。


 そう、ここは夢の中、精神世界では肉体の動きに制限はない。それこそバトル漫画のようなこともあっさりできちゃう。


 飛びまわって、木刀を振るい、魔力を込めた弾とかも撃っちゃう。

 ハルトさんはこの夢独特の動きが、すごくうまいんだ。

 やっぱりこれが経験の差ってやつだ。


 でも想像力ならわたしも負けないよっ。

 上空のハルトさんが撃った魔力弾を、反射板をイメージして跳ね返す。

 返されると思ってなかったハルトさんに、弾を追いかけるように突っ込んでく。


 ハルトさんが弾を処理してる間に――。

 げっ、ハルトさんまで弾を跳ね返してきたっ。かわせない!


「いったぁ!」

「大丈夫か? 休憩する?」

「まだまだ、これからだよっ」


 にっと笑うと、ハルトさんもいい笑顔。

 体感時間で三十分ほど、ハルトさんとの戦闘訓練を続けた。


『じゃからおまえさんはいけすかんじじぃと言われるんじゃ』

『ふん、だからどうしたもうろくばあさん』

『なにを? ボケじいさん』


 ああぁ、サロメとサロモばあちゃんが口撃で場外乱闘してる。

 この二人(二本?)、会うといつもこうなんだよね……。

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