6.呼吸

「おかえり。遅かったけれど苦戦したのか?」


 夢トンネルからお父さんの部屋に戻ると、お父さんが心配そうな顔をしてる。けどめちゃくちゃどうしようもなく心配してたって感じじゃない。


 夢見は狩人と意識を共有できる。お父さんくらいの力のある夢見になるとその気になればわたしが夢の中で見聞きしてることを直接覗くこともできる。

 さすがにそこまではイヤだって言ったから、わたしの感情の動きを軽く読み取るくらいにしてくれているけれど。


 ちなみに夢見のお仕事は、狩人が入った夢の世界を安定させる、なんてのもある。

 誰だって苦しい夢をみたら目覚めたいって意識が生まれる。

 夢の主が目覚めちゃったら夢魔もどっかに行ってしまう。せっかく狩人が夢魔を退治しにいってるんだから、ごめんだけどその間は我慢してねってことだ。


 それと、夢魔が夢の主のマイナス感情をあおって夢魔にとって力を出しやすい夢にしてしまうのを防ぐのも大きい。


 さて、と。

 どう説明しようかな。

 って言っても、あったことをそのまま話すしかないんだけど。

 順序だてて判りやすいように報告するって実は難しいんだって、狩人の仕事をはじめて実感している。


「侵食をしない夢魔もどき、か」


 お父さんは腕組みをして考えている。

 優しいお父さんがちょっと難しい顔をしていると、こっちまで息がつまってくる感じがするよ。


「今の段階では愛良の対応でよかったと思うけれど」


 そう言われて、ほっとする。


「夢見の集会所にも報告するとして、結論が出るまでまたそのコハクに会ったら、どんな様子かよく観察しておいて」


 まぁ会う確率は低いだろうけれど、とお父さんは言う。


 狩人は、侵食されている可能性の高い人の夢に入る。

 コハクが楽しい感情につられてやってくる生き物(?)なら、なかなか会うことは難しいだろう、とお父さん。

 うん、そうだよね。


「今までそういう報告とかも、ないの?」

「ないなぁ。きっとサロメもはじめてだろう?」

『そうだな。五百年魔器としてやってきとるが、今までにないことだ』


 サロメは五百年前に実際に狩人をしていた人だった。

 狩人を引退する時に自分の魔力をその時使ってた愛剣に託したんだって。

 そうして力を引き継いだ魔器まきの中には、サロメみたいに元々の持ち主の意思が宿って会話ができるようになるものもある。ハルトさんが持ってるサロモばあちゃんもそうだ。


 そのサロメですら会ったことがないなんて、コハク、超レアキャラだね。


 ふと、思い出す。

 息をするのが当たり前、みたいに生物のエネルギーを吸い取ってる夢魔憎しで戦ってきたけど、会話ができる夢魔とちょっと話した時に言われたのを。



「我々は生物のマイナス思念から生まれ、そこをよりどころにして生物のエネルギーを得ることでしか存在できない。あなた方の言うところの『侵食』は、我々が生きるための行為。人間も生きるために他の生物を食らうでしょう? それと同じことなのです」

「人は他の動物を食べて生きることを許されるのに夢魔は許されない。それでいいとおっしゃるなら、ずいぶん身勝手ですね」



 夢魔の言い分には同意した。

 でもだからって、はいどうぞって言うわけにはいかない。

 相容れないなら戦うしかない。生きるために。


 でももし、侵食をしなくても夢魔が生きられるなら、共存の道も出てくるわけだ。

 もしかすると、夢魔との戦いに、いい感じで変化があるかもしれないと思うと、コハクにはまた会いたい。

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