31.またね
コハクの体の色が濁ってる。
いつもは透明な琥珀色できれいなんだけど、つやつやきらきらだった体は、日にちを置いて濁ってしまった琥珀糖そのものだ。つやを失って白っぽくなっている。
「愛良、わたし、愛良達とお別れしないといけない」
姿だけでも衝撃的だったのに、コハクの第一声にわたしはあんぐりと口を開いた。
「どうして?」
「わたしは今までのわたしと違ってしまったから」
「うん、色が濁ってるね」
「色だけならよかったのに」
コハクが言う。
ずっと、楽しい夢を探して歩いていた。そうするのが好きだった。
最近は愛良とハルトに会えないがの寂しかった。
会いたいな、と思っていたら、自分とそっくりの青いのに会った。
最初は、仲間かと思った。
けれど、近づいてみて、違うと思った。
青いのが「私と君は同じだ」という。
どうなのだろうと思っていたら、青いのに触れられた。
そうすると、今まであれだけ嫌だと思っていた怖い夢を欲しいという気持ちが出てきた。
体の色もその時に変わってしまった。
「これが愛良達のいう悪い夢魔の気持ちなんだね」
あぁ、どうして……。
どうしてその場にいられなかったんだろう。
そこにいたら、全力でコハクを守ったのに!
「わたし、愛良の嫌いなものになってしまった」
コハクがぷるぷる小刻みに震えている。
きっとコハクの言う通り、コハクの中に本来の夢魔の性質が芽生えてしまったんだろう。
せっかく、仲良くなれたのに。
コハクは、夢魔と共存できるかもしれない希望だったのに。
涙が、あふれてきた。
「愛良っ」
ハルトさんがきた。
「夢魔の気配がすると思ったら……、コハク?」
「ハルト、ごめんなさい。わたしが愛良を泣かせてしまった」
コハクがハルトさんにも同じことを話した。
ハルトさんも、信じられないって顔でコハクの言葉を聞いていた。
「愛良、わたしが完全に悪い夢魔になってしまう前に、消してほしい。わたし、愛良とハルトを好きなままでいたい」
コハクの、最後の願い。
「……お父さん、見えてる?」
今日も持ってきていたお父さん試作のペンダントに話しかける。
「あぁ、見えているよ」
「コハクのお願い、かなえた方が、いいよね?」
「いったん夢見の集会所に連れて帰ってくるという選択肢もあるけれど……、愛良はどうしたい?」
「集会所に連れて帰ったら、コハクを元に戻すことができる?」
『おそらく難しいだろう』
答えたのはサロメだ。
『夢見の集会所にそういった手段はない。なにせコハクが初めての存在だ。なぜコハクが他の夢魔と違うのかすら判らないのだからな』
やっぱり、そうだよね。
「もう一つ、心配なことがある」
ハルトさんが言う。
「どうしてその青い夢魔がコハクを連れ帰らなかったかってことだ。暁の夢はコハクを探していたはず。ならばどうして強引に連れ帰らなかったのか。手元に置かなくても有用な使い道があると考えているなら、それは……」
『夢見の集会所に連れ帰られることを前提とした目論見、じゃな』
サロモばあちゃんがハルトさんの言葉の最後をひきとった。
ちょっと変わっちゃったけど無事でよかったと喜んで連れて帰ったところで、コハクが本来の夢魔としての力を取り戻して大暴れ、とか?
あるいは、コハクに夢見の集会所の内部を調べさせるとか?
ちょっと考えただけで、コハクがそうしようと思わなくても利用されて、って感じでそうなってしまう可能性があるって判ってしまった。
「わたし、それは嫌。愛良達に迷惑になるの、嫌」
コハクがぷるぷると体を震わせてる。
いつものぴょいぴょいぷるんぷるんが喜びの表現だとするなら、これはきっと悲しいのサインだ。
「判ったよ。コハクの望みどおりにするよ」
サロメを抜いた。
「ごめんねコハク。守ってあげられなくて」
「ううん。楽しかったよ」
「わたしも、楽しかった」
サロメを持つ手が震える。
「俺がやろうか?」
ハルトさんが心配そうにわたしを見てる。
「ううん。わたしがやるよ」
コハクがわたしにって言ったから。コハクの願いだから。
サロメの刀身に魔力を込める。
サロメが浄化の白い光を帯びる。
「それじゃ、またね、コハク」
「うん。またね、愛良」
コハクに顔はないけれど、笑った気がした。
また、会えますように。今度は守れますように。
強い願いを込めて、サロメを打ち下ろした。
コハクと別れてからも、わたしはいつも通り学校に通って、夜は時々夢魔退治をしている。
変わらない日常だ。
時々、楽しい夢の中にいると、コハクがいないかと探してしまう。
きっとまた、会えるよね。
あのコハクそのものじゃなくても、楽しい夢の中で楽しそうにぴょいぴょいと揺れている、異質な夢魔、夢の欠片に。
(琥珀色の夢の欠片 了)
琥珀色の夢の欠片 御剣ひかる @miturugihikaru
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