第1話 絵に描いたダメ人間

 カーテンを閉め切った薄暗い部屋に一人の男の姿があった。


「よしよし、いいぞぉ、ここまで弾を温存出来た、いい調子だ」


 男の名はヴェル、手入れもせずボサボサになった銀髪、年齢は二十歳頃でこの世界に存在しない筈のテレビに向かい、食い入るような視線を画面に向ける。

 手にはゲームのコントローラが握られ、ゲームをプレイしながら一喜一憂していた。


「おぁ!? クッソ、こんなところで回復スプレーを使わされる事になるとは、ボス戦までもつかこれ」


 ヴェルが画面に釘付けとなっている最中、部屋の扉がノックされ小柄な人物が扉を開けて部屋に入って来る。


「ヴェルさん、こんな暗い中でゲームしてたら目を悪くしますよ?」

「お、リアムか?」


 リアムと呼ばれたのは男か女か分からない中世的な人物で、肩より少し上の辺りで切り揃えられた金髪に童顔の十代前半くらいの容姿をしていた。

 そんなリアムにヴェルは視線を画面に向けたまま声を掛ける。


「どうだ、一緒にやるか? ホラーだけど」

「いえ、パズルなら兎も角ホラーはちょっと……って、そうじゃなくて!」

「あー分かった分かった、ゲームをやりに来たってんじゃないなら、何時もの集会の話だろ? 俺はパス、というか俺が行ったところで誰も得しないだろうに」

「誰が特するとかそういう話ではなく、ヴェルさんもレギオンの一員なんですから定期集会に顔を出す義務が――」

「俺が兄貴から"お前は顔を出さなくていい"って言われてるの知ってるだろ? 他ならぬレギオンの団長がそう言ってるんだぞ?」

「いくらアレンさんがいいと言ったって、他の団員が納得しないですよ。ヴェルさんは本気出せば凄い人なのに、周囲に舐められたままでいいんですか?」

「いいんだよ、むしろそうでないと困る。もし実力があるなんて認められてみろ、あれもこれもと面倒な仕事を押し付けられてゲームをする時間がなくなっちまうじゃねーか」


 キッパリとそう言い切るヴェルの姿にリアムは頭を抱える。

 人に認められるだけの能力はあるのに、当の本人が人に認められる気がない、むしろ認められたくないというのだから性質が悪い。


「というか、人と話している時くらい画面から視線を外してくれても良いんじゃないですか?」

「ターン進行のゲームなら兎も角、リアルタイム進行のゲームで画面から目なんて放せないっての」

「一時停止があるじゃないですか」

「一時停止なんてしたらここまで維持して来た集中力が途切れるだろ。それに俺がゲーム画面から目を離すのはセーブした時だけだ。目を見て話せって言うなら後十分は待て、そうしたらボス前でセーブ出来るから」

「……セーブセーブって、ヴェルさんは何時もそればっかり」


 ゲームにばかり集中して自分の事など二の次にするヴェルに対し、リアムは不機嫌そうに頬をぷくっと膨らませながら言うと、ヴェルは当然だと言わんばかりに言葉を返す。


「"セーブは出来る時にしろ"、俺にゲームの存在を伝えてくれたゲームの師匠であり、人生の師匠でもある人の言葉だ。あの時セーブしておけばよかった、そう後悔しないようにセーブは出来る時にやるって決めてるんだよ。それはリアムも良く知ってるだろ?」

「それは、そうですけど……」


 それとこれは話が違うと複雑な表情を浮かべるリアムだったが、不意のヴェルの言葉で我に返る。


「そういや何時までもこんなところでくっちゃべってて良いのか? もう集会が始まってる時間じゃねぇの?」

「え、あっ!?」


 定期集会が始まるからとヴェルを呼びに来たのに、ヴェルのペースに飲まれて随分と話し込んでいた事に気付いたリアムが慌て出す。


「わ、えっと、ヴェルさん!」

「はいはい、俺は何を言われても絶対行かないから、こわーい副団長の雷が落ちる前にさっさと行け」

「うぅぅぅ! 後で集会の内容を伝えに来ますからね! 」


 そう言って慌ただしく出て行くリアムの姿を一瞬だけ横目に見て、直ぐに視線を画面に戻してヴェルはボソリと呟く。


「集会の内容なんざ俺に伝えられてもねぇ……俺はそっちの集会よりもゲームの周回に忙しいんだっての」


 誰に聞かせるでもなく、下らない駄洒落を口にしながら、ヴェルは再びゲームで一喜一憂し始めるのであった。

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