第11話 悪い予感
ルーナの乙女ゲー初挑戦の翌日、ヴェルは普段通り一人でゲームに興じていた。
「あ……クソッ」
普段であれば絶対しないような単純な操作ミスに、ヴェルの口から苛立ちの籠もった言葉が零れる。
「駄目だぁ……全っ然集中出来ねぇ」
HPがゼロになりリスタート画面が表示されたところでヴェルはコントローラを放り捨て床に寝転がる。
昨日からずっと心のモヤモヤが消えない、こんな状態では心の底からゲームを楽しめないと、心の中からこのモヤモヤを追い出す為に過去にプレイしたゲームのトロコンの為に虚無の周回作業で心を無にしようと考えたのだが、イマイチゲームに集中出来ず、らしくないプレイミスを繰り返していた。
「……あんな風に正面きって言われたのは、久しぶりだな」
『私は、お前が憎いんだ』
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ、本人を目の前にしてあそこまでハッキリ言うかねー! そういうのはふつー心の内に留めとくもんだろ! だから会話下手くそなんだよあの人は!」
クソデカ溜息と共に床をゴロゴロと転がりながらルーナへの愚痴を零していたが、ピタリと止まると四肢を投げ出した格好で天井を見上げる。
「でも"やってみたらなんか異能を覚えちゃいました"なんて言って普通は信じないか……出鱈目言っておちょくってるって思われたのかなぁ」
お前が憎いと言い放った時のルーナの表情、全ての感情が抜け落ちたような何かを悟った顔、光を失ったあの目にヴェルは見覚えがあった。
「おちょくられたと勘違いしただけじゃ、あんな顔は出来ないよなぁ……」
あの時のルーナの姿に、ヴェルは記憶の中にある人物の姿を重ねていると、ヴェルの部屋の扉がノックも無しに開け放たれ、慌てた様子のリアムが飛び込んでくる。
「ヴェ、ヴェルさん! 大変です!」
「どうしたそんなに慌てて」
「団長がヴェルさんを呼んでるんです!」
「んん?」
アレンがヴェルを呼ぶ事は何も珍しい事ではない、それでどうしてそんなに焦っているのか疑問を覚えたヴェルだったが、リアムの尋常ではない様子から直ぐさま起き上がると急ぎ足でアレンのもとへと向かう。
執務室の前に着くと少し強めに扉を叩く。
「誰だ?」
「兄貴、俺だ」
「…………入れ」
やけに長い間があった事に一瞬引っ掛かったものの、扉を開けて中の様子が見えた途端、ヴェルはその理由を察する。
アレンの執務机の前に何人かの団員が詰め寄っており、全員がヴェルの姿を見ると眉を顰める。
(うわぁ……嫌なタイミングで来ちまったな)
自分が周囲の団員からどう思われているか自覚しているヴェルは、極力他の団員と顔を合わせないようにしていた。
一日中部屋に籠ってゲームをしていたいだけという理由も無い訳ではないが……兎に角、鉢合わせしてしまったものは仕方ない、とっと要件を済ませて立ち去ろうとヴェルはアレンの前までやって来る。
「俺になんか用があるって聞いたんだけど」
「あぁ、実は昨日お前宛ての手紙が届いていたらしいんだ」
そう言ってアレンは引き出しの中から封の切られた手紙を取り出しヴェルに手渡す。
「昨日、俺が不在の間に遅くまで拠点に残っていた者が受け取っていてくれたらしい」
「……へー」
他の団員の前なので明言こそ避けていたものの、アレンの言葉でヴェルは凡その事情を察する。
(屋敷に住んでる奴以外はレギオンの仕事が終われば屋敷から出て行く、兄貴が"残っていた者"と表現したって事は屋敷に住んでる団員ではない、それで昨日遅くまで屋敷に残っていた団員となると……副団長か)
ルーナがこの手紙を受け取ったとして、普段のルーナであれば他人の手紙を盗み見るような真似はしないだろう。
だが昨日のルーナの様子は普段とは明らかに違っていた、あのルーナであれば何を仕出かしても不思議ではないとヴェルは受け取った手紙を懐に押し込むと、踵を返して執務室を出て行こうとする。
「あ、ヴェルさん……あいたっ!?」
「リアム、お前あとで説教な」
後を付いて来ていたリアムの頭に一発手刀を決めてから、ヴェルは執務室の扉に手を掛ける。
「ヴェルさん! あの、僕――」
「大丈夫だ、お前の言いたい事は分かってるよ……ちょっくら"セーブ"してくる」
それだけ言うとヴェルは扉を閉めて執務室を後にし、状況が飲み込めずに居る団員達は顔を見合わせる。
「セーブって、何の事だ?」
「アイツが夢中になってる異界の玩具の話だよ」
「はぁ!? 副団長が居なくなって大慌てだって時、なんて野郎だ!」
「もとよりあんな男に誰も期待してないわよ、それよりも団長! 私達に副団長を探しに行く許可を下さい!」
「――はぁ、やっぱりそういう話かよ」
扉越しに聞こえて来た内容にヴェルは苦笑を浮かべる。
どうやら自分の予想は当たっていたらしいと、懐に押し込んだ手紙の内容を確認する。
「リョクシャー森林、ヴィントート……また面倒な」
手紙の内容に一通り目を通した後、証拠を隠滅するかのようにヴェルは手紙を一瞬のうちに燃やし尽くす。
「まったく、いつもいつも人騒がせな副団長様だよ」
何時ものような軽薄な口調、しかしその目には確固たる意志が込められていたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます