第4話 尾行と異能

 雲一つない晴天、日光が容赦なく降り注ぐ町中をヴェルとリアムの二人は人混みに流されながら歩いていた。


「あっちぃ……なんで今日に限ってこんなにも快晴なんだ、曇りであれよ」

「そんな文句を言ったところで天気は変わりませんよ。というか黒色のローブを着てれば暑いに決まってるじゃないですか。この時期にそんなもの着てるのヴェルさんくらいですよ?」

「仕方ねーだろ、俺あんま余所行きの服とか持ってないし、これなら下が寝巻でもバレないから楽なんだよ」

「え、ヴェルさんローブの下っていま寝巻なんですか?」

「そうだが?」

「"そうだが?"じゃないですよ! 着替えるから部屋の外で待ってろって言われた後にすぐ出て来て、やけに早いな? って不思議には思ってましたが、もー! このものぐさ! 駄目人間!」

「はっはっはっ! この俺がまともに外出の準備をするとでも? まだまだ俺への理解が足りないなぁリアムよ。これでは理解度検定一級はやれないな」

「なんでちょっと誇らしそうなんですか? ……はぁ、こうなったら予定変更です。今日は僕の買い物に付き合って貰う予定でしたけど、ヴェルさんの服を買いましょう!」

「え?」

「そうと決まればほら、行きますよ!」

「ちょ、なんでそうなる!? というか手を引っ張るな! おい!」


 リアムに手を引かれながら人混みの中を移動するヴェル、その跡を付ける黒い布の塊が居た。


(暑い……取り敢えず正体を隠さねばと慌てたのが間違いだった)


 頭の天辺から足先まで黒い布で覆い隠した不審者の正体はルーナであり、アレンの言葉の真実を確かめる為にヴェルを尾行していた。

 しかし銀燭の碧眼の副団長という肩書は銀燭の碧眼の拠点が存在するここレミューの町においては大きな意味を持っており、銀燭の碧眼の副団長が町中でコソコソと他人の後ろをつけていたら当然目立つし、瞬く間に噂が広まってしまう。

 それを回避する為に適当な商店で急いで布を買い、路地裏で布を全身に巻き付けて正体を隠すという力技で乗り切ろうとしていた。

 だが正体を隠す事ばかり考えてそれ以外の事は完全に疎かになっており、動き難いわ悪目立ちするわ死ぬほど蒸し暑いわで正体を隠す以外は最悪であった。

 それでもここまで来た以上こんな半端なところで終われない、せめて何か一つくらい成果を得なければと気合で尾行を続ける。


「ヴェルさんヴェルさん! これなんかどうですかね? 薄手で色合いなんかも涼し気ですし、今の時期には丁度良いと思うんですけど」

「今の時期に丁度良いとか言われてもなぁ、俺はオールシーズン外に出ない人間だから季節物の服なんて買ったところで着る事もないし、選んで貰っても無駄になると思うんだが」

「そうは言いつつ"せっかく選んでくれたものだから"って着てくれるのがヴェルさんですから、無駄になる事なんてありませんよ。どうです? 理解度検定一級は駄目でも二級くらいなら取れそうじゃないですか?」

「……そんなところは理解しなくていい」

「えへへっ」


 ドヤ顔のリアムの言葉にヴェルは恥ずかしそうに顔を背ける。

 傍から見れば歳の離れた仲の良い兄妹、或いは恋仲にも見えそうな二人のやり取りに、ルーナはこのまま尾行を続けたところで自身が望む成果など得られないのではないかと考え始めていた。

 ヴェルの姿を見つけてつい勢いのままに飛び出してきたが、ヴェルはただリアムの買い物に付き合わされているだけ、このまま買い物を終えれば後は拠点に帰ってそれで終わりだ。


(まったく、こんな格好までして私は何をしているんだろうか)


 怒りと暑さで正常な思考を見失っていたとルーナが尾行を中断しようと考えた時、リアムが服選びに夢中になっている隙にヴェルが路地裏へと消えて行く。

 諦めて帰ろうとしていた矢先の出来事に、ルーナは逡巡しつつもヴェルの行動が気になり自身も路地裏に入る。

 うっかり鉢合わせしないよう曲がり角で様子を窺いながら進んで行くと、やがて何人かの人影を見つける。


「おい、何してんだお前」

「へへへ、こんなところに一人で来ちゃ危ないよ~?」

「てめぇ!命が惜しけりゃ金目のもん置いてきな!」

「うわぁ……直射日光を避けた代わりにチンピラA、B、Cとエンカウントする事になるとは」


 人影の正体は三人のごろつきとそれに絡まれるヴェルであった。

 数の優位か、或いはだらしのない恰好のヴェルが貧弱に見えたのか、余裕を笑みを浮かべる三人のごろつきを前に、ヴェルは非常に面倒臭そうな顔をしていた。


「おいてめぇ、聞こえてんだろ? 金だよ金、持ってねぇのか?」

「今は持ってないな、でも部屋に戻れば今は五十万ペセタくらいあるし、十万ペセタまでなら良いぞ」

「は? ペセタ? なに訳の分からない事を言ってやがる」

「ペセタはペセタだよ、銃器の購入や改造、消費アイテムの購入にも使う、快適なゲーム進行には欠かせない通貨だ」

「……お前、もしかしなくても俺達の事おちょくってるだろ?」


 ヴェルが言う通りにする気がないと悟ったごろつき達は懐から凶器を取り出す。


「もう一度だけ言う、大人しく金を出せ、そうしたら命だけは助けてやるよ」

「…………」

「何も喋らねぇって事は、命が惜しくないって事で良いんだな?」


 凶器を構えたままヴェルにゆっくりと近付く三人、一方でヴェルは身構えるでも逃げるでもなく、相変わらず面倒臭そうな表情を浮かべているだけであった。


(アイツ、抵抗する気が無いのか?)


 尾行している立場ではあったがこのままごろつき共の蛮行を見過ごす訳にはいかないとルーナが介入を決意した、その時だった。


「なぁ、知ってるか? 人が行動しようとする時に必要となる力の事を"気力"って言うんだぜ?」

「はぁ? さっきから何なんだよてめぇは! やっぱり俺達の事を、おちょくって……」

「…………」

「…………」


 ヴェルから謎の問い掛けを受けた三人は急に黙り込むと、凶器を構えていた腕をゆっくりと下ろし、互いの顔を見合う。


「……なんか白けちまった」

「今日はもう帰ろうぜ」

「そうだな……そうするか」


 先程まで金を寄越せと息巻いていたのが嘘のように、ごろつき達は踵を返していく。

 そうして小さくなっていくごろつき達の背中に向かって、ヴェルは声を張り上げる。


「おーい! 俺みたいな社会不適合者が言うのもなんだが、こんな事はやめて真っ当に働いた方が身の為だぞー! 次に悪さしてここらへん巡回してる銀燭の団員に捕まっても知らねぇからなー!」


 ヴェルのその言葉にごろつき達は一瞥もくれる事なく、そのまま路地裏の奥へと姿を消していった。


「はぁ……なんで俺は自分に絡んで来た子悪党の心配なんぞしてるんだろうな」


 我ながら損な性分であるとヴェルが自分自身に呆れていると、遠くの方からヴェルの名を呼ぶ声が聞こえてくる。


「ヴェーールさーーん! どーーこでーーすかーーー!」

「やっべ、ちょっと涼みに来ただけだったのに、急いで戻らねぇと」


 ヴェルは慌てて大通りに向かって走り出し、辺りは再び静寂に包まれる。


「なんだったんだ……今のは?」


 路地裏の角から一部始終を目撃していたルーナは目の前で起きた出来事を飲み込めずにいた。


(魔力を練っていた様子もないし、魔術の気配も残っていない。単にあの男の態度や言葉で白けただけ? いやそれは有り得ない、むしろその所為で殺気立っていたくらいだし、あんな急に態度を変えるなんて明らかに異常だ。もしそれが魔術に因るものでないとすれば、他に考えられるのは……)


 この世界には魔術以外にもう一つ、不可思議な力が存在していた。

 それは"異能"、魔術が魔力を用いてこの世の理を人為的に再現、操作するものである事に対し、異能は魔力のようなリソースを必要とせず、超常的な現象を引き起こす。

 そして異能は時として魔術では成し得ないこの世の理から外れた事象さえ可能にし、魔術を超えた大きな力を秘めていた。

 そんな異能には大きく分けて二種類存在し、一つは親から遺伝し肉体に宿る先天性の異能、もう一つは何等かの外的要因によって発現し魂に宿る後天性の異能だ。

 ただし後天性の異能というものは存在自体は知られているが、実際に後天的に異能を発現させた人間というのは非常に稀であり、異能と言えば殆どの場合、先天性のモノの事を言う。


(他人を操る異能と言えば"オペリオンの腕"か”アトルカンの瞳”の二つ、オペリオンなら対象に触れる必要があるが、あの男は一切触れていない。アトルカンは相手と目を合わせるだけだが、敵意のある相手には使えないし、あれは対象を魅了するのであって、あんな風に無気力にさせるようなものでは――無気力・・?)


 ルーナはごろつき達が態度を変える直前、ヴェルが投げ掛けた問いの事を思い出す。


(確か気力がどうこう言っていたが、あれが原因か? しかしそんな異能は聞いたことが無い、とすると後天性の異能という事になる)


 後天性の異能というのは先天性の異能のような情報の集積が無い為に対処法が確立されておらず、その希少性も相まって"後天性の異能を持っている"というだけでその人間は非常に重宝されていた。


(情報が少ないから憶測でしかないが、問い掛けたモノを対象から奪う異能、仮にそうだとすればかなり強力な異能だ。あの団長がロクに働きもしない団員を置いておく理由としては――)


「――くしゅんっ!」


 ルーナの思考をルーナ自身のくしゃみがぶった切る。

 全身黒い布でグルグル巻きの状態で日光の下を歩き続けた所為で肌着まで汗でびしょびしょになっており、日陰になっている路地裏に居る間にすっかり身体も冷えてしまっていた。


「一応の収穫はあった事だし、取り敢えず・・・・・今日のところは戻るとするか」


 ふと口から出た些細な呟き、しかしその些細な呟きの中に重大な違和感が存在していた事に、この時のルーナはまだ気付いていなかった。

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