第5話 納得の所在
ルーナがヴェルを尾行した日から数日が経ったある日、ルーナはアレンに執務室に呼び出されていた。
「俺が何の用で呼んだか、分かっているな?」
「……はい」
「ここ最近、業務に集中出来ていないそうだな、団員から報告……いや、相談が上がって来ているぞ」
「申し訳ありません」
ヴェルを尾行した後も、ルーナはヴェルについて調べ回っていた。
しかし初日に超レアパターンを引いただけで基本的にヴェルは自室から出てこないし、一日中ゲームをしてるだけなので新しい発見などある筈もない。
すぐにルーナはヴェル本人を調べる事を諦め、ヴェルの事を昔から知る古株の団員達に話を聞いてみたのだが、大した情報は得られなかった。
最初から何も分からないならすぐに諦めもついただろうが、初日にかなり重要そうな情報を偶然入手してしまったが故に、それ以外の情報が何もない中途半端な状態が気になって頭から離れなくなってしまい、日々の業務にも支障が出ていた。
「個人的には普段のルーナの働きからこれくらいの失敗は許容して良いと考えている。だがお前の様子が最近可笑しいという話があちこちから上がって来ていて、団長としては見過ごす訳にはいかなくてな」
「いえ、団長のその判断は正しいと思います。迷惑を掛けて申し訳ありません、今日から切り替えて「ヴェルの事か?」ッ――!?」
その言葉にルーナは反射的に下げていた頭を上げ、アレンの顔を見つめる。
「別に不思議な事ではないだろう、お前の様子が可笑しくなったのは数日前、俺とここでヴェルについて話し合った後だったからな」
「……はい」
「やはりか、しかし珍しいな、普段であれば一度引き下がればお前も暫くはヴェルの事を気にしないよう振る舞っていたのに、何かあったか?」
アレンの問い掛けに何と答えれば良いか悩んだルーナだったが、ここで隠したところで意味はないだろうと素直に話す事にした。
「実はあの後、リアムと出掛けるあの男の姿を目撃しまして……普段であれば絶対にそのような真似はしないのですが、どうしても気になって跡を付けたのです」
「あぁ、リアムから買い物の為に一日ヴェルを拠点から連れ出すと連絡が来ていたが、そうか丁度あの日だったか。なるほど、それでヴェルの力を目撃した訳か」
「どうしてそれを」
「買い物を尾行したと言っただけでどうしてそんなところまで分かったのかって? 単純だ、ヴェルが外に出た時は何があったのか俺に報告するよう言ってあるからだ。あの日にヴェルがごろつきに絡まれたという話は直接本人から聞いている、どうやって追い払ったのかも含めてな」
「そうだったのですか」
ヴェルは矢鱈と面倒事に巻き込まれる性質をしている。
今回のような事だって一度や二度ではないし、気付かぬ間にその面倒事にアレンも巻き込まれて非常に厄介な事態になった事もあった。
その時と同じ轍は踏まないよう、アレンはヴェルに些細な事でも逐一報告させていた。
「ルーナはヴェルが特別な力を持っているというだけでは納得出来ないのか?」
「え?」
「俺がヴェルをレギオンに留め置きたい理由をルーナは直接その目で見た筈、それでも今もこうしてヴェルの事を気にし続けているという事は、まだお前は納得出来ていないという事だろう?」
「…………」
アレンのその言葉は、ルーナにとっては考えもしなかった事だった。
アレンがヴェルをレギオンに留め置きたい理由は本人がいま言った通りで、それに関してはヴェルの力を目の当たりにしたあの時にルーナにも分かっていた。
それなのになぜ自分はヴェルの事を気にし続けているのだろうか。
まだ自分が納得出来ていない? それは確かにその通り、では何を以てして自分は納得できるのか? それは分からない。
(どうして私はまだあの男の事を気にしているんだ?)
「ではルーナ、もし銀燭の碧眼の今の立場があるのはヴェルの力のお陰だと言ったらどうする?」
「は?」
「ヴェルがその力で国でさえ匙を投げた危険な依頼を秘密裏に完遂させ、その報酬として国からの依頼は銀燭の碧眼が任されるようになったと言ったら、お前はどうする?」
「急に、何を」
「いいから答えろ」
そんな答えなど分かり切っている。
ルーナがヴェルを退団させようとしていた理由はヴェルが団員としての役割を果たさない無能だと考えていたからだ。
だがヴェルには力があって、更にはレギオンに対して多大な貢献をしているならば納得する以外の答えなど有りはしない、その筈なのに――
「私は……」
「そうか、それがお前の答えか。……今の話は単なる例え話だ、忘れてくれ」
「……はい」
どうしてここまで言われても自分は納得出来ないのか。
自分自身の事の筈なのにルーナはそれが分からなかった。
「分からないなら、いっそのこと直接ヴェルと話し合ってみたらどうだ?」
「あの男と、ですか?」
「そうだ、アイツは自分の方から他人と積極的に関わり合いになろうとはしないが、相手側から関わろうとして来る場合には無下に出来ない。いきなり話をしてくれと押し掛けても断られる事はないだろう」
「………………考えてみます」
たっぷりと間をおいた後、ルーナは消え入りそうな声でそう呟いた。
用件はこれで終わり、ルーナが退室した後、執務室で一人になったアレンは椅子の背凭れに身体を預けて天井を見上げる。
「はぁ……今回も少し面倒な事になりそうだな」
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