第14話 自分の為の責任

「副団長」

「ん……」

「"ん……"じゃなくて、そろそろ起きてくれませんかね?」

「ゔっ……あ?」


 その呼び掛けにルーナの意識が徐々に覚醒していく。


(私は……生きているのか? そういえば気を失う寸前、誰かの声を聞いたような――)


「副団長!」

「っ!?」


 二度目の呼び掛けでルーナの意識は急速に覚醒し、自分の顔を覗き込む人間の存在に気が付く。

 ルーナの顔を覗き込んでいたのはヴェルであり、ルーナはヴェルの腕の中で抱きかかえられていた。


「え? は?」

「おはようございます、副団長」

「ど、どうしてお前がここに居る!?」

「副団長を"セーブ"する為です、それと大きな声出すとアイツに見つかりますよ」

「ッ!?」


 見つかるという言葉にルーナが身体を強張らせた時だ。


「クルルルルルルッ」


 離れた場所からヴィントートの鳴き声が聞こえ、ルーナが恐怖に息を殺す中、ヴェルはというと平然とした顔で話し始める。


「アイツが攻撃する寸前に目が合っちゃったんですよねぇ。自身が放った極太レーザーの所為で視界が潰れて俺が攻撃を躱したところまでは見えて無かったと思うんですけど、俺達が生きてる事を疑っているのかずっと周囲を探し回ってるんですよ。ま、幻影で俺達の姿は完全に見えないようにしてるんで、視覚でしか探せないヴィントートじゃ一生俺達は見つけられないでしょうね」


 冷静なヴェルの言葉にルーナも安全であると理解したのか、完全に恐怖が拭えた訳ではなかったが少し落ち着きを取り戻すと、自身の身体に目を向ける。

 気を失っている間にヴェルが治療したようで身体の火傷は綺麗に消えていたが、左腕を動かそうとすれば痺れるような痛みが広がる。


「可能な限り治療は施しましたけど、自分の身体じゃないのでそれが限界でした、左腕は町に帰ったら先生に診て貰ってください。あとレギオンに戻ったらちゃんと皆に謝ってくださいよ、団員の一部が心配して兄貴に詰め寄ってたんですから」

「……どうして私を助けた? 私はお前を憎いと言った人間だぞ」

「別に大した理由はないですよ、自分が救えた筈の命を救わなかった時、俺はその事をずっと引き摺る、それが嫌だから俺は自分の為に副団長を救うんです」

「自身を憎いと言った人間がどうなろうと、知った事ではないだろう」

「そういう風に考えられたらもっと生き易かったんでしょうけど、生憎と俺はそんな自分にはなりたくないんです」

「はっ、偽善だな」

「そうですよ、俺は善行をしようとしてる訳じゃなく、悪行をしないようにしてるだけですからね。俺は副団長を救いに来たなんて言いましけど、実際は見捨てるという悪行を避けたいだけです」

「…………」

「さてと、そろそろヴィントートの奴も諦めた頃合いかね。副団長、立てますか? 何時までもここで時間を潰してる訳にもいかないんで一旦近くの町まで「何故だ」……はい?」


 何故とはなんだとヴェルが首を傾げると、ルーナは目尻に涙を浮かべながら鋭い視線をヴェルに向ける。


「何故私の嫌味に何も言い返さない! 理不尽に悪意を向けられて、嫌味の一つでも返してやろうとは思わないのか! それともなにか? 私のような人間に何を言われたところで屁でもないと、そう言いたいのか!!」


 それが理不尽なものであると自覚していながらも癇癪を起こした子供の様に怒りをぶつけるルーナ、負の感情に支配された今のルーナには自身を抑える事が出来なかった。

 感情を剥き出しにしたルーナの言葉に、ヴェルは少しだけ困ったような顔をする。


「……言いたい事言って少し気は晴れましたか? 今は兎に角ここを離れましょう」


 そうしてヴェルの口から紡がれたのはルーナに対する嫌味ではなく、どこまでも冷静な言葉であり、ルーナは酷く失望する。

 いっそ口汚く罵ってくれた方がどれだけ良かったか、感情のまま当たり散らすルーナと今はそんな事を言ってる場合ではないと冷静なヴェル、その対比が余計にルーナを惨めにさせた。


「……もういい、私の事など放っておけ」

「は? いやいや、出来る訳ないでしょそんな事、治療したとはいえ怪我人には変わりないんですから、一人で町まで戻るのは無理ですって」

「うるさい! ……そもそも私はもう町に、レギオンに戻る気はない。私のような人間はここで朽ちていくのがお似合いだ」

「何ですかそれ、何でそんな自虐的になってるんですか?」

「……自分の愚かさに今更になって気が付いただけだ。私はレギオンの為にと綺麗事を口にしながら、結局のところは自分の事しか考えていなかった。つまらない自尊心を満たす為だけに行動して、その結果がこれだ。今更どんな顔をしてレギオンに戻れる? レギオンの為に行動出来ない私に、銀燭の碧眼の副団長を名乗る資格などない」


 項垂れながら自身の過ちを口にするルーナ、そんなルーナに向かってヴェルは口を開く。


「この世の中に誰かの為だけを思って行動出来る人間なんて一人も居ませんよ」

「そんな事は……」

「そんな事はあるんですよ。レギオンの為に、レギオンの役に。誰かの為に、その誰かを。それは確かに所謂自己犠牲の精神というやつなんでしょうが……なんの事はない、それらは自分の事を二の次にしてるように見えてるだけで、結局は自分のことを一番にやってるだけだ」

「…………」

「誰かの為になんてのは飽く迄も行動を起こす為の前提条件なんです。最終的に行動を起こすのはいつだって"そうしたいと願った自分の意思"なんですから」

「そうしたいと願った自分の意思……」

「そうです、だからこそ人は自分の行動に責任を取らなければならない、誰かの為にやった事だからなんて、それを言い訳に責任から逃れる事は許されてないんですよ。だから俺は副団長の命を救った責任として、副団長が泣こうが喚こうが町に連れ帰り、医者のところにぶち込んでその責任を果たすんです。それで、副団長はどうするんですか?」

「え?」

「自分の為に、自分勝手な行動を取った副団長はどうやってその責任を果たすんですか? 子供のように駄々を捏ね、ここで一人朽ちていくのが副団長の責任の果たし方なんですか?」

「私、は――」


 ヴェルの問い掛けにルーナは声を震わせる。

 何事かを口にしようとするが、その言葉がどうしても喉につかえる。

 自分が果たすべき責任は分かっている、しかしそれは銀燭の碧眼の副団長としての責任だ。

 銀燭の碧眼の副団長に有るまじき今の自分が口にして良い事ではないとルーナが躊躇った時、ここまで落ち着きを払っていたヴェルが声を荒げて叫ぶ。


「ハッキリしろルーナ! お前は銀燭の碧眼俺達の副団長なんだろうが!」

「ッ!?」

「お前はまさか副団長の地位に就けたのは全て自分の力だなんて思ってるんじゃないだろうな? そうだとすればとんだ笑い種だ。いいか、お前が副団長になったのは兄貴がお前なら任せられると思ったからだ! 多くの団員がお前が相応しいと思ったからだ! 決してお前だけの力じゃない! 銀燭の碧眼の副団長って立場にはな、そういう皆の想いが込められてるんだ、そんな簡単に捨てて良いもんじゃねぇんだよ!」


 ルーナの肩を掴みながらヴェルは続ける。


「お前が自分の事をどう思おうが知ったこっちゃない、でも俺達はお前が副団長に相応しいと思ってる、だからお前を副団長と皆が呼ぶんだ。今の自分が銀燭の碧眼の副団長に相応しくないと思ったんなら、相応しい自分になれるよう努力しやがれ! それが足掻いて! 藻掻いて! 他人に恨まれながらも副団長になったお前の責任だろうが! ここまで銀燭の碧眼を引っ掻き回しといて、今更途中退場なんてしやがったら俺ももお前を許さねぇぞ!」


 堰を切ったように自身の感情を曝け出すヴェル、それは今までルーナが一度も見た事がない姿だった。


(嗚呼――この男にも、こんな感情があったのか)


 ルーナの知るヴェルは何時も部屋から出て来ずゲームに熱中し、団員としての責務を全うしていないにも関わらず、その事に罪悪感を抱く様子もなく何時もヘラヘラと笑っていた。

 自分がどれだけ努力を重ねて、周囲に認められたところでこの男は何の関心も抱かないのだろうと思っていた。

 しかしそれは違った、拾われた恩義に報いるように努力し続けたルーナの姿をヴェルはちゃんと見ていた、だからこそヴェルはルーナを自分達の副団長だと認めたのだ。

 その事実が、今のヴェルの言葉で痛いほどルーナには伝わった。


「……そうだな、お前の言う通りだ。今の自分が副団長に相応しくないと思ったのなら、相応しくなるよう努力するしかない。銀燭の碧眼お前達の副団長という立場は軽々しく放り捨てて良いようなものではなかった」


 憑き物が落ちたような晴れやかな笑みを浮かべながら、自分の肩を掴むヴェルの手をそっと外すと、その手を握りながらヴェルの目を正面から見つめる。


「済まない、心配を掛けた」

「……全くですよ、帰ったら皆にも謝り倒してください」

「そうさせて貰おう。しかし帰る前にどうしてもやらねばならない事がある」

「やらねばならない事って、何ですか?」

「ヴィントートの討伐だ」


 ルーナの言葉にヴェルは驚いたように目を見開いた。


「そんな事して一体どうするつもりですか? 言っておきますけど、ヴィントートの件は極秘裏の依頼なので副団長が討伐したところで富や名声が得られる訳ではないんですよ?」


 ヴェルに回される極秘裏は依頼は正式なものではないため書類は存在せず、報酬が支払われたりその功績を称えられる事もない。

 ヴェルの達成した依頼は全て国軍の功績として扱われ、報酬の代わりとして国は銀燭の碧眼に依頼を回していた。


「そもそも、そんな身体でヴィントートの討伐なんて無理ですよ」

「分かっている、左腕がこの有り様である以上、今の私にヴィントートを討伐する手立てはない。だから――」


 ルーナは握っていた手を放すと自身の膝の上に置き、ヴェルに向かって頭を下げる。


「副団長として団員であるお前に頼みたい、どうか私に手を貸してくれ。こんな事をして何になるというお前の疑問は当然だ、これは単なる私の我が儘で、自己満足でしかない、しかしこれが副団長としての私の責任の果たし方なんだ。このまま引き返せば私の行為は本当にただ迷惑を掛けただけの無意味なものになってしまう。だからせめてほんの少しでも良い、レギオンの助けになる事がしたいんだ。この通りだ、頼む」


 そう言って更に深々と頭を下げるルーナを前に、ヴェルは困ったように頭を掻く。


「はぁ……これも責任を果たせと焚き付けた俺の責任か」


 我ながら本当に損な性分をしているとヴェルは困り顔とも呆れ顔ともつかない微妙な表情を浮かべながら、ルーナの手を取り告げる。


「それじゃあ二人で責任を果たしに行くとしますか」

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