第21話 ヴェルの狂信者

 獣人の少女を銀燭の碧眼の拠点で預かるようになった次の日、空き時間が出来たルーナは何時ものようにゲームをプレイする為にヴェルの部屋を訪れる最中であった。


(前回は確か二回目の赤也のLowルートの途中だったな。一回目では回収出来なかったスチルと他エンディングの回収をしなければ)


 すっかりキキゾクにハマっていたルーナが廊下を歩いていると、廊下の曲がり角からリアムが姿を現す。


「あ、ルーナさん、もしかしてルーナさんもヴェルさんのところですか?」

「あぁ、時間が空いたからゲームの続きをしにな」

「良いんですか? 謹慎期間中ですよね?」

「だから仕事が無くて暇をしてるんだ。仕事が無いのだからその間に何をしていても私の自由だろう」


 ルーナが無謀にも単独でヴィントートの討伐に向かった事は、ルーナが帰還してすぐにレギオン内に広まった。

 無断で危険な行動をとったとしてルーナは謹慎処分となったのだが、完全な謹慎という訳でもなく、今一度基礎から自身を見つめ直すようにと新人団員の教育などを任されていた。

 とはいえ新人団員達にも仕事はあり、そういう時は新人団員の教育も出来ないのでルーナは暇な時間が多いと言う訳である。


 ちなみにヴェルがルーナを助けに行った事やヴィントートを討伐したという事実は殆どの団員達には秘密にされている。

 事実を知っているのはヴェルの事を良く知っているアレンやリアム、そして古参の団員だけであった。


「暇があるのは良いのだが、依頼を受けらないのが辛くてな」

「ルーナさんって、そんな仕事人間でしたっけ?」

「いや……実は情けない話なんだが貯金が心許なくて、次の家賃が支払えるか怪しいんだ」


恥ずかしそうにルーナは顔を逸らしながら告げる。


「意外です、ルーナさんはそういうところはキッチリしてると思ってたのに」

「人生の殆どをレギオンの中で過ごして来たからな、一人暮らしというものに慣れていないんだ。レギオンでは複数人で分担するが一人暮らしでは自分一人でどうにかしなければならないだろう? 掃除や洗濯、食事も自分で用意せねばならんし」

「そんなに大変なら昔みたいに一緒に暮らせば良いじゃないですか」


 昔はルーナも銀燭の碧眼の拠点で生活をしていたのだが、副団長になった折に家を借りて一人暮らしをするようになった。

 それにはとある理由があるのだが……


「出来る訳がないだろう、から家族を奪った私が、のうのうとレギオンの中で暮らすなんて許される訳がない」


 昔からレギオンに所属し、の事情も良く知るリアムはルーナのその言葉に黙り込んでしまう。

 二人の間に沈黙が降り、無言のままに並んで廊下を歩く。

 そんな時間に耐えきれなくなったのか、リアムがわざと声を明るくして話題を振る。


「そうだ! あの女の子の話なんですけど」

「そういえばまだ私が帰った後の話を聞いていなかったが、昨夜は大丈夫だったか?」

「大丈夫だったかと言われると……あんまり」

「何か問題があったのか?」

「そうですね、問題は色々とあったんですが、一番に挙げるならヴェルさんから全く離れる様子がない事ですかね。もう本当にべったりで、少しでも引き離そうとすると腰にしがみついて余計に離れなくなるんです」

「そんな調子で風呂とかはどうしたんだ?」

「仕方ないのでヴェルさんにも付き合って貰いました」

「……昨日の様子からして、アイツがそれを了承するとは思えないんだが」

「全力で拒否してましたけど、女の子を汚れたままにしておくのも可哀想でしょって言って、目隠し付きならって事で無理矢理納得させました」

「そうか……いや待て、? まさかリアム、お前も一緒に入ったのか?」

「はい、目隠しした状態のヴェルさんとあの子の二人だけってのは流石に心配だったので、ヴェルさんにはあの子を落ち着ける為の精神安定剤としてそこに居て貰って、お世話の方は僕がしました」


 リアムが正直にそう答えると、ルーナは頭を抱える。


「お前な、それは流石に問題があるだろう」

「あ、流石にヴェルさんと一緒というのは問題がありましたかね?」

「そうではなく、まだ若いとはいえお前も身体が出来てきているだろう? 年頃の男が近しい年頃の異性と風呂に入って、しかもその世話をするというのは問題がある」

「近しい年頃の異性……? あの、ルーナさんは何の話をしてるんですか?」

「何のって、お前とあの子の話だろう」


 ルーナのその言葉にリアムは困惑とした表情を見せた後、何かに気付いたようにハッとした表情をし、最後には信じられないものをみたような表情でルーナを見つめる。


「なんだ、さっきから表情の変化が激しいぞ」

「えー、これは流石に僕も予想外だったので驚いたといいますか、まさか三年も一緒に居て勘違いされたままだったとは思ってもいなかったので……ルーナさん、僕は女ですよ?」

「…………は?」


 ルーナは驚き固まった後、リアムの頭から足の先までをくまなく確認するように視線を動かす。


「……本当か?」

「こんな事で嘘ついてどうするんですか」

「だってお前、女らしい恰好とか全然しないだろう?」

「それを言ったらルーナさんだっていつもズボンじゃないですか」

「私のこれは単純に動き易さを重視してるだけでだ。それに一人称も"僕"って」

「ボクっ娘ってやつですよ、ルーナさんがやってるゲームには出て来ないんですか?」

「キキゾクにそんなキャラは……ハッ――! 祇桜院 ぎおういんあきらか!」

「いやキャラ名を言われても僕は分からないんですけど……」

「晶は蒼樹の親友で家庭の事情で性別を偽っているんだが、過去に青樹は晶に対して"異性として好意を抱いている"という自身の想いを打ち明けるも家庭の事情を理由に断れてしまうんだ。その一件以来、青樹は自身の傷を慰める為に、そして晶へ当て付けるように女遊びに走るようになった。今でも青樹はそこまで好きなキャラではないし、ナンパをする事に関しても否定的だが、それでも最初と比べれば青樹にも事情があったのだなと理解出来る部分もある」

「あー……そうなんですね」


(なんだろう、ルーナさんも少しヴェルさんに似て来たような)


 自分の好きなゲームについて語っている時の姿にリアムはデジャヴを感じるも、言えば激しく否定される事は分かっていたので口に出す事はしなかった。


「もしかしてリアムにもそういう何か事情があったりするのか?」

「いいえ、僕にそんな事情はないですよ、この口調や恰好も好きだからそうしてるだけです。何か理由があるならこうして女である事を暴露したりしませんよ」

「それもそうか」


 リアムの言葉に納得しかけたルーナだったが、別の事が引っ掛かる。


「ん?待てよ、リアムが女だったという事は……もしかしてリアムはヴェルの事が異性として好きなのか?」

「そうですけど、逆に今まで僕のヴェルさんへの態度を見て好意以外のなんだと思ってたんですか?」

「狂信」

「そこはせめて憧憬と言って欲しかったですね……」


 まさかヴェルの狂信者だと思われていたとは予想外だったリアムがショックを受けていると、ルーナが険しい表情で口を開く。


「それよりも、お前は好意のある異性と昨日一緒に風呂に入ったという事か?」

「え? まぁ……そうなりますね」

「まさかお前、あの少女を出しに使って自分の邪な欲求を満たそうとした訳じゃないだろうな?」

「……ソンナコトナイデスヨ」

「なんで片言になってるんだ? 疚しい気持ちがないなら私の目を見てもう一度言ってみろ」


 じーっとリアムを睨みつけるルーナ、そんな視線にリアムが耐えきれなくなってきた時だった。


「フギャアァァァァァッ!?」


 二人が目指していた廊下の先の方からそんな悲鳴が聞こえて来た。


「今の悲鳴は」

「あの子の声です!」


 二人は顔を見合わせると、悲鳴が聞こえて来た方へと走るのであった。

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