第20話 犬系少女のご主人様
ヴェルが獣人の少女を診療所に運び込んでから三日が経った頃、ロロアから少女が目を覚ましたという連絡が銀燭の碧眼に入って来た。
その連絡はルーナからヴェルに伝えられ、ヴェル達は再び診療所を訪れる事となったのだが……
「俺が行くのは分かるんだよ、俺が先生のところに連れてった訳だし」
「そうですね」
「ルーナが来るのも分かる、なんであんな場所で怪我をして倒れていたのか、事件性の有無も含めて副団長として色々と聞きたいだろうし」
「そうですね」
「……なんでリアムが一緒について来るんだ?」
全く無関係である筈のリアムが同行している事にヴェルが疑問を呈すると、リアムが不服そうな顔をする。
「だってヴェルさんがどこかでまた異性を引っ掛けてきたと聞いて心配で」
「"また"? ヴェル、お前はそんな人間だったのか?」
「ちげーよ! 語弊のある言い方をするんじゃねぇ! あとリアムの判定じゃルーナもその引っ掛けられた異性に数えられてるんだからな?」
「私もか!?」
「そーだよ、俺が誰かをセーブする度にこれだ」
「だって……だって……!」
拳を握り、全身を震わせながらリアムが叫ぶ。
「イリスさんみたいな人がこれ以上増えたら堪ったもんじゃないですよッ!!」
「「あ~……」」
リアムの魂の叫びに二人が思わず同調してしまう。
イリスというのは銀燭の碧眼の古参の団員なのだが、詳しい話は省略する。
「いやいや、あんな性欲が服着て歩いてるようなヤンデレモンスター早々生まれないって」
「今凄いこと言ったな、お前イリスさんの事そんな風に思ってたのか?」
「それ以外に表現のしようがないだろあれは」
「……確かにあれは性欲が服着て歩いてるヤンデレモンスターかもしれん」
「え、ルーナさんは今の言葉が分かったんですか?」
「ん? そうだな」
「僕の方がずっと長くヴェルさんとゲームしてる筈なのに、ヤンデレが分からなかった……」
「そこはプレイしてるゲームジャンルの違いだな。ルーナがやってるジャンルは文章もボイスの量も他ジャンルに比べて段違いに多いから言葉を覚え易いんだよ。俺も殆どそのジャンルで言葉を覚えたし」
「帰ったらそのジャンルでオススメのゲーム教えてください、とびきり文章量が多いやつ」
そんな話をしている内に診療所に着いた三人は扉を開けて中に入る。
「先生ー、あの子の様子を見に来たぞー」
「おぉ、来たかお前ら……なんか一人多いが」
「見学です」
「何の見学?」
「それより先生、あの子はどこに?」
ヴェルが患者用のベッドの方を見るがベッドは全て空いており、あの獣人の少女の姿が見えない。
「それならあっちだ」
ロロアが顎でしゃくった方を見ると、診療所の隅に黒い塊が在る事に気付く。
良く見るとその黒い塊は小刻みに震え、その頂点には二つの耳がピンと立っていた。
「目を覚ましてからずっとあの調子でな、話しかけても小さく悲鳴を上げるばかりだし、まともに話も聞けないんだ」
「先生、髪もボサボサで服にも気を使わないからほぼ不審者みたいな見た目してるしな」
「髪も服もお前にだけは言われたくないぞ、ヴェル」
そんな不審者コンビを他所に、ルーナとリアムは隅で震える少女の方に近寄る。
「目覚めたばかりで意識がまだ混乱しているのか?」
「どうでしょう? 連絡が来てから結構時間が経ってますし、意識はハッキリしてるんじゃないですかね?」
「ふむ……おい、今は喋れそうか?」
「ひぅ!?」
「それは肯定と取って良いのか? 返事をするならもっと分かり易くしろ」
「は、はわわ……」
「はわわ? 返事は"はい"か"いいえ"のどちらかだ!」
「ひぇぇぇぇ……」
「あのルーナさん、尋問みたいになってて怖いですよ? それじゃあ怯えてしまって話せるものも話せないですって」
先程よりも震えが大きくなった少女を前に、リアムはそうルーナを窘める。
「うっ、すまん……ハッキリしないのがどうにも気になってな」
「ここは僕に任せてください――ねぇ君、ヴェルさんの事どう思ってるの? 正直に話して?」
「いきなり何を聞いてるんだお前は、というか目が笑ってなくて怖いぞ」
「はっ! すみません、つい本音が先に」
「ヴェルの事となるとお前もイリスさんの事とやかく言えないな」
「あれもしかして僕あの人の同類扱いされてます?」
「そうだな、ヴェルの下着に手を付けないヤンデレモンスターだと思っている」
「嫌な下位互換ですね、いや人として考えれば上位互換なのかな……って、あれ?」
「きゅうぅぅ……」
見知らぬ人間二人に詰め寄られて脳がキャパオーバーしたのか、少女は口から魂を放出して気を失う。
「おい二人共、何やってんだ?」
「ッ――」
そこにヴェルがやって来た途端、少女はハッと意識を取り戻し、二人の間を凄い速度で通り過ぎてヴェルの腰にしがみつく。
「うおっ!?」
「あーーーーっ!」
突然腰に引っ付いて来た少女にヴェルが驚き、リアムが悲鳴にも似た声をあげる。
「やっぱりヴェルさんにはもう懐いてるー!」
「何故だ? 今日意識を取り戻したばかりだったのだろう? ヴェルとも初対面の筈だが」
「何故って」
ルーナの疑問にヴェルは診療所に居る人間の顔を順繰りに見てから口を開く。
「この中で俺が一番まともそうだからでは?」
「それはない」
「じゃあそれ以外にどんな理由があるんだよ」
「理由は分からないがそれはないという事だけは絶対に分かる」
「まーまー、良いじゃないか」
二人の間にロロアが割って入ると、ヴェルの腰にしがみついてる少女を一瞥してからヴェルの顔を見る。
「理由は分からんがヴェルに懐いてるみたいだし、それじゃあ後は任せた!」
「はい? 任せたとは?」
「その子、身元が分かるようなものを何一つ持ってなくてね、誰に預けるべきか悩んでたんだ」
「ちょっと待て、任せたってこの子を預かれって事か!?」
「連れて来たのはお前だし、お前が連れて帰るのが自然だろう」
「アンタはただ厄介払いしたいだけだろ!」
「うん、あんな怪我してた時点で厄介事の臭いしか感じないからな、さっさと引き取って欲しい」
「わぁお、取り繕う気ゼロだよこの医者」
「でも真面目な話、懐かれてるお前が引き取った方がその子の為だと思うんだ、私のところに置いといてもその子の気が休まらないだろ。という訳でよろしく頼んだぞ、ご主人様」
「なんだよご主人様って、そんなこと急に言われても……ルーナとリアムもなんか言ってくれ」
二人に助けを求めるヴェルだったが、返って来た言葉をヴェルが望んだようなものではなかった。
「自分が救った命なんだから自分で責任を取れ、お前もそう言っていたではないか」
「確かに言ったけども! 預かるのはそういう責任とはちょっと違くない!? 俺なんかより歳も近いリアムに任せた方が――」
「ヴェルさんにべったりしてこの泥棒猫……あ、耳や尻尾の形からして猫じゃなくて犬かな? じゃあ泥棒犬だ」
「……リアムは駄目だな」
人に向けて良い目ではなくなってしまっているリアムから目を逸らし、ヴェルは自身の腰にしがみつく少女に視線を落とす。
肩甲骨のちょっと下くらいまで伸びた黒髪に大きめの耳と尻尾、歳の頃は十代前半、リアムと同じかそれより少し下といった感じだった。
(世間的に見てこれはどうなんだ? この歳の女の子くらいならギリセーフか? 男が預かっても不審がられないレベルなのか?)
日頃からゲームばかりしているヴェルはこの世界の一般的な感覚に鈍く、ゲームの知識で得た異世界の常識を自身の常識としてる部分もあり、こういう時に世間から見て自分の行いがどう見えるのかがまるで分からなかった。
少女がもっと幼かったならこうも悩む事も無かったのに、女性らしさも出て来ている微妙な年齢にヴェルは怯えながらルーナに尋ねる。
「ルーナ、俺あとで逮捕されたりしないよな?」
「誰にだ、冗談を言ってないでどうするか真面目に考えろ」
「俺は真面目だよ! 何故なら俺の人生が終わるか終わらないかの瀬戸際なんだからな!」
「この一瞬の間になんでそこまで追い詰められてるんだお前は……はぁ、別に全部お前一人でやる必要はないだろ、男のお前じゃ色々と対応に困る時もあるだろうし、そういう時は屋敷に住む女性に頼めば良い」
「あ、なるほど……そうか、前にルーナが言っていた"もっと周囲に頼るべき"っていうのはこういう事だったんだな?」
「いやそうだがそういう意味で言ったんじゃない」
あの時の言葉を不本意な形で捉えられそうになったルーナが否定するも、恐怖から解放され安堵感に満ちたヴェルの耳には届いていなかった。
そんな感じで少女は一時的にヴェルが、正確に言うなら銀燭の碧眼で預かる事となったのであった。
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