第16話 締まらない終幕
ヴィントートを討伐したヴェルは、ルーナの肩を借りながら二人で町を目指し歩いていた。
ヴェルはヴィントートの攻撃で目立った怪我は負っておらず、では何故ルーナに肩を借りているのかというと、それは"全力"をセーブした影響であった。
あれは常時肉体が限界状態を維持し続ける為、例えその場に座り込もうが横になろうが全力のセーブを止めない限りは決して肉体が休まる事はなく、結局かなりの負担が肉体に掛かってしまう。
ただあの場では肉体が破壊されるような瞬間的な負担を掛けるよりはこっちの方がまだマシだったという話である。
そういう訳でヴェルはかなりの負担を抱えていたらしく、ヴィントートを討伐した直後からグッタリとして自力で歩く事も困難な様子だったので、ルーナが肩を貸す事になったのだ。
(あれだけの力を解放して、更にヴメノスまで……それも反動の大きいアシミオンの腕だ、どれだけの負担をこの身に背負ったのだろうか)
ヴェルの腰に回した右腕に力を込めながら、ルーナは沈痛な表情を浮かべる。
きっとヴェル一人ならもっと楽で確実な方法も選べた筈、それを自分の我が儘の所為でヴェルに不必要な負担を負わせてしまった事にルーナが罪悪感を感じていた時、顔を俯けたままヴェルが喋り出す。
「あはは……俺って、本当に情けないな」
「な、何を急に言い出すんだ?」
「だってそうでしょ? 救いに来た筈の人間が救った筈の人間の肩を借りてさ……格好つかないなって」
「そんな事は……」
肉体的な負担が相当に大きかったのか、こんなにも気弱になっているヴェルを初めて見たルーナは動揺する。
一体どうすればヴェルを元気付ける事が出来るのか、これまで人を励ました経験など殆ど無かったルーナは必死に頭を捻って考えた。
「私は……お前が情けないなんて思わない。お前は私を救ってくれた、私の我が儘に付き合ってくれた、例えそれがお前自身の為だったのだとしても……その、今日のお前はとても……か、格好良かったぞ!?」
慣れない言葉を口にして顔を真っ赤にしながらも必死にヴェルを励まそうとするルーナ、そんなルーナの考えた精一杯の励ましの言葉にヴェルは小さく笑みを浮かべる。
「……ありがとう、月子」
「いや、礼を言うのは私の――月子?」
月子という呼び名にルーナの動きがピタリと止まる。
どうして月子呼びなのか? そもそも先程までのヴェルの喋り口調は普段とは違っていて、にも関わらず何処かで聞き覚えのあるその喋り口調に"まさかコイツ"とルーナが視線をヴェルに向けた時だ。
「グッドコミュニケーション!」
「―――――――――――は?」
先程までの悲壮な雰囲気は何処へやら、満面の笑顔でグッドサインを出すヴェルを目にした瞬間、ルーナの額に人生最大の青筋が浮かぶ。
そんなルーナの変化に気付く事なく、ヴェルは嬉々とした様子で口を開く。
「なんだ、副団長もやれば出来るんじゃないですか! もしかしてこれもキキゾクをプレイした成果だったり? だとすればキキゾクを勧めた甲斐があったなぁ」
「…………おい、さっきのやりとりはまさか」
「ふっ、気付きましたか? そう! これは副団長が無言の鯖折りで台無しにした騏驥王寺 黄々の共通ルート最後のイベントの再現です! 副団長が一度正解を引いて分岐したHighルートは黄々を背中に背負ってましたけど、Midルートは今みたいに黄々に肩を貸して歩くんです! いやー、副団長の肩を借りて歩いてたらピンと来ましたね、もしやこれはあの時の失敗を活かす時なのでは? ってね!」
「…………」
「今の感じでいけば黄々ルートはクリアしたも同然! 忘れない内に帰ったら早速キキゾクをプレイしましょう! あ、でもその前に兄貴や他の団員に謝るのが先か、じゃあそれが済んだら俺の部屋に――へ?」
ヴェルが一人でマシンガントークしていた時、ルーナがヴェルの腰に回していた右腕でヴェルを抱き寄せ、ヴェルは正面からルーナに抱き締められる形になった。
急に異性に抱きしめられ、動揺した様子のヴェルが声を上擦らせながら問い掛ける。
「ふ、副団長? 急に何を……もしかして再現の続きですか? ノリ気になってくれたのは嬉しいですけど、流石に再現でこれはちょっとやり過ぎ――」
「ふんッ!」
「ア゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ッ゙!?」
次の瞬間、繰り出されたルーナ渾身の鯖折りにヴェルは耳を劈くような悲鳴を上げる。
膝を粉砕されたヴェルは力なく地に伏し、口から泡を吹いてピクピクと痙攣を繰り返す。
「お、お前という奴は……!」
そんなヴェルを見下ろしながら、ルーナは目尻に涙をいっぱいに浮かべて叫ぶ。
「やっぱり私は、お前が大っ嫌いだぁぁぁぁあ!!」
ルーナがヴェルに抱いた印象は軽薄なお調子者、実力はあるが真面目にやる事を嫌う不真面目人間。
そんなヴェルに対する印象が変わる事になるのはもう少し先のお話。
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