第24話 異能と歴史

 銀燭の碧眼では新人団員に対して定期的に授業を行っている。

 これはレギオンの依頼が単純な肉体労働だけでなく交渉事など知恵を必要とするものも含んでいたり、他国と絡んだ依頼を受ける際には国家間の関係や情勢、気を付けねばならないその国独自の法律など知らないと後々面倒になる事が多い為、レギオンに加入して一年未満の新人団員は授業を受ける義務があった。


「さて、本日は異能に関する授業を行おうと思うのだが、その前に特別講師を紹介しよう、挨拶を頼む」

「どぉーもぉー、ヴェルでぇーす……」


 ルーナに促され、死んだ魚のような目をしたヴェルが露骨にやる気のないトーンで自己紹介をすると、ルーナが肘でヴェルを小突く。


「おい、元気にやれとは言わんが、せめてもう少しやる気を出してくれ」

「無理矢理連行されてやる気なんて出るかよ。それに新人共の顔を見てみろ、"なんでコイツが?"って顔してるじゃねーか」


 団員達のヴェルの評価は知っての通り良いものではない。

 それが特別講師として呼ばれて授業に参加するともなれば眉を顰める者が出て来るのは当然だし、何より今はもう一つ団員達が気になる事があった。

 それはヴェルの腰にピッタリと抱き着き、離れる様子を見せない獣人の少女の存在である。

 レギオン内で穀潰しと呼ばれる男が先日保護された少女を腰に張り付けて登場すれば誰もが変な顔をするだろうし、場違い感が半端なかった。


 そんな新人団員とヴェルの間に存在する微妙な空気にも気付かず、ルーナは授業を開始する。


「さて、まず異能について知っている者は居るか?」

「はい、異能とは魔術に分類されない特別な力の事です」

「他には?」

「えっと、異能は親から受け継ぐものと、凄く稀だけど突発的に身に付けるものがあると聞きました」

「先天性と後天性の異能の話だな、他に知っている事がある者は居るか? 例えば異能の成り立ちや現存する異能の種類についてなどだ」


 そう言ってルーナは新人団員達の顔を見回すが、これ以上知っている者は居ない様子だった。


(異能について教わったり調べていなければ、世間一般の知識としてはこんなものか)


 自分が思っていた以上に一般人の異能に対する知識は薄いのだと理解したルーナは、まずは異能の成り立ちから説明するべきだと判断する。


「異能とは本来、我々人間の力ではなく、太古の昔に存在していた神々の力だと言われている。神々が存在した時代を神代と呼び、神々は自身が地上の支配者となるべく神同士で争っていた。そしてその争いに勝ち、地上の支配者となったのが破滅の神"ディオクティス"だ」

「ディオクティスって、その名前どこかで聞いた事あるような……」

「それは"デストルクティオ"の話だろう」


 ルーナがそう答えると、新人団員達はハッとしたような顔になる。


「そうだ、聞き覚えあると思ったらデストルクティオの連中が復活させようとしてる奴の名前だ!」

「名前だけは聞いた事があったけど、破滅の神なんて物騒な存在を復活させようとしてたのね」

「あの連中が復活させようとしてる時点で物騒じゃない訳ないだろ。人間を攫って生贄に捧げてるって噂の連中だぜ?」

「そもそも神なんて存在するのか? 誰かが作った御伽話だろ」


 デストルクティオの話で新人団員達がどよめき出すと、ルーナが手を叩いて静かにさせる。


「では話の続きだ、先ほど異能とは神の力であると言ったが、ディオクティスも神である以上、当然異能を持っていた。それが喰らった対象の力を自身のモノとする異能であり、ディオクティスはその異能を使って五十四もの神を喰らい、複数の異能を用いて神々の争いに勝利したという話だ」


 神を喰らう神、同族を喰らうという業の深さに新人団員達が顔を青くさせるも、ルーナは構わず話を続ける。


「神を喰らったディオクティスの肉体は神を喰らう毎に肥大化し、腕や脚、眼が増え異形の存在となっていった。しかも喰らった神の意識まで混ざり始め、争いに勝利した頃には理性を失い、全てを喰らい破壊する事しか考えられない怪物に成り果て、人類最大の脅威となったんだ」

「ど、どうなったんですか?」

「当然、今度は人類とディオクティスの戦いが始まった訳だが、数多の神々を喰らったディオクティスに人類が敵う訳もなく、一方的に蹂躙されるだけだった。しかしそこに黒衣の神と呼ばれる存在が現れた」

「黒衣の神ですか?」

「名前は伝わっておらず、ただ"真っ黒な衣で全身を覆い隠した神"としか伝わっていないからそう呼ばれている。黒衣の神は突如として現れディオクティスに立ち向かうとディオクティスの異能の源である口を奪い取り、その口を使ってディオクティスが今まで喰らってきた神の異能を更に奪い、それを人々に与えたんだ」

「それが人が異能を手にする切っ掛け……そういえば神を喰らったディオクティスは四肢や眼が増えたんですよね? 異能の名前に腕や脚、瞳が含まれているのはもしかして」

「察しが良いな、その通りだ。ディオクティスに喰われた神はディオクティスの新たな四肢や眼となっていたんだ。異能の名前に腕や脚、瞳と付いているのはその為だ」

「それじゃあ"オペリオンの腕"というのはオペリオンという神様の腕ではなく、ディオクティスに喰われてその腕となったオペリオン自身の事なんですね」

「なんだろう……急に異能の名前が物凄く物騒なものに聞こえてきたな」


 異能の成り立ちとその名前の由来を知って更に顔を青くする新人団員達だったが、ルーナは変わらず話を続行する。


「これで異能という力がどうして人のモノとなったのかは理解出来たな? それでは次、ディオクティスとの戦いに勝利した人類のその後についてだが、地上の支配者であったディオクティスを打倒した事で人類は新たな地上の支配者となった。人類はディオクティスと直接戦い、異能を与えられた者達を頂点とした国を築き始め、それが王や貴族といった存在の始まりとされている」

「あっ、もしかして王族や貴族に異能持ちが多いのはそういう事ですか?」

「その通り、王族や貴族が自分達の事を"選ばれた者"、"神の血筋"なんて言うのはその為、選民思想が強いのもそういった歴史的な背景が関係していた訳だ」

「それにしても元が神様の力という割には異能の力ってしょぼくないですか? 確かに魔術じゃ再現出来ないような特殊な物が多いですけど、あの程度で神の血筋だとか言われてもねぇ」


 異能持ちに、というよりは貴族に強い反感を持つ団員がそう言葉を漏らす。


「確かに現代の異能は神の力と呼ぶには力不足と感じるだろう。だがそれも仕方ない、元は神という超常的な存在が宿していた力を人間という小さな器に無理に移植した所為でどうしても力が弱まってしまったんだ。しかも代を重ねる毎に血が薄まり、それに比例するように異能の力も弱まっていき、中には弱まるだけでなく完全に途絶え失われてしまった異能もある。人類に与えられた五十四の異能の内、現存するのは二十二だそうだ」


 これで異能に関する話は終わり、ここからが今回の授業の本題であった。


「では、最近レギオン内で噂になっているヴメノスについての説明をしよう」

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