第25話 禁術と禁忌の魔術師

 ヴメノスという単語が出た瞬間、新人団員達の視線がヴェルに向けられるもヴェルは素知らぬ顔で天井のシミを数えていた。


「ヴメノスに関して多くの者が誤解しているようだから先に言っておくが、ヴメノスは習得や使用したところで罪に問われる事はない」

「え? でも昔にヴメノスを使って捕まった奴が居たって聞きましたよ?」

「それにヴメノスは禁術って呼ばれてるんですよね?」

「話は最後まで聞け。確かにヴメノスの存在が広まった当初は法的に規制しようとする動きもあったりしたが、最終的にトリガスタではヴメノスに関して法的な規制は存在していない。そもそもどうしてヴメノスが禁術と呼ばれるようになったのか、知っている者は居るか?」

「危険だからじゃないんですか?」

「その認識も強ち間違ってはいないが、禁術と呼ばれるようになった最たる理由は他にある。ではここで特別講師に説明して貰おう」

「げっ、ここで俺に振るのかよ……」


 急に説明役を振られたヴェルは嫌そうにしながらも説明を引き継ぐ。


「あー、さっきルーナが説明してたが、異能ってのは元々は神の力だ。それを人の手で再現したのがヴメノスな訳だが、貴族からすれば自分が特別な存在である証の異能を再現とはいえ選ばれた血筋でもない人間が使用する事に不快感を示す奴が多いし、他にも"神の御業を人が真似するなど何事だ、いずれ天罰が下るぞ"と喚く信心深い連中がそれなりに居る。ヴメノスが禁術と呼ばれる一番の原因はそういう事にしておきたい輩が触れ回ってるってのが大きいんだよ。とはいえさっきそこの奴が言ったように危険なのは間違いないし、この国では規制されてないというだけで他国では習得や使用を法的に禁じてる国もあるから禁術という呼び方も全くの出鱈目でもない」

「法的に問題ないなら、危険を承知の上でならヴメノスを使っても問題はないって事?」

「そういう事にはなるが、まさかお前"それならヴメノスを覚えてみたい"なんて思ってるんじゃないだろうな?」

「……何か問題でもあるの?」

「大有りだ、お前ヴメノスの危険性を舐めてるだろ。習得するのも命懸けだし、必死こいて習得したとしても結局使用するにも命懸けなのは変わらない。しかも法的に問題ないとはいえ貴族共は納得してる訳じゃない、ヴメノスを使えるというだけで貴族からは目の敵にされるし、最悪殺し屋を差し向けられる可能性だってある。ハッキリ言って命が幾つあっても足りねぇよ」

「ヴメノスって本当にそんな危険なのか? お前だって前に使ってたけど今もピンピンしてるじゃねぇか」


 確かに今の元気な様子のヴェルにヴメノスは危険だなんて言われても説得力がない。

 懐疑的な視線を向けてくる新人達の前でヴェルは不意に両手を広げて打ち鳴らすと、次の瞬間生命感無くその場に倒れ込む。


「え!?」

「急にどうし――ひっ!?」


 倒れ込んだヴェルの姿を見て新人達が悲鳴をあげる。

 脚がまるで骨でも抜かれたかのようにグニャグニャになり、口や鼻から血を垂れ流していたのだ。

 その姿を目撃した全員が唖然とし、顔を青褪める中、再び手を打ち鳴らす音が聞こえた瞬間、血を吐いて倒れ込んだヴェルの姿が消え、ルーナの隣に変わらぬ様子のヴェルが何食わぬ顔で立っていた。

 混乱する新人達にヴェルは今見えた光景について説明する。


「見えたか? 今のがこの子を診療所に送り届けた時の俺の姿だ。約十キロの道程で十分ほど使用したが、診療所に到着した頃には筋肉も骨もグチャグチャであの様だ」

「…………」

「一応言っとくが、これでも上手く制御出来た結果だからな、制御が半端だとヴメノスを発動した瞬間に脚が弾け飛んでても可笑しくはないんだ。だからヴメノスは習得する時が一番危険と言われているし、習得してどれだけ上手く制御出来ても当然のように反動で死に掛ける。悪い事は言わない、ヴメノスなんて覚えようとするくらいならクヴァレス式の魔術でも覚えた方が身の為だ」


 そう話を締め括ったヴェルだったが、青い顔で黙りこくってしまった新人達の様子を見て、少々脅しが過ぎたかと困ったように頭を掻いていると、新人の一人がヴェルに質問を飛ばす。


「あの、なんでそうまでしてその子を助けたの?」

「なんでって、可笑しな質問だな、お前らだってこの子の事を助けようとしてたじゃないか」


 ヴェルが腰に引っ付いた少女の頭をポンポンと軽く叩きながら逆に尋ねると、新人は困ったような顔をする。


「そりゃあ、あんなところで倒れてたら心配するし、助けられるなら助けたいとは思ったけど」

「俺も同じだよ、助けたいと思ったから助けた。お前達と違ったのはそれを実行出来る手段の有無だけで、方法さえあればお前達だってこの子を助けた筈だろ?」


 然も当然の事のように言うヴェルだったが、新人は言葉を返す事が出来なかった。

 "助けたいと思ったから助けた"、その言葉だけ切り取れば人として当然の事のように聞こえるが、ヴェルの場合はそこに"自身の命を賭けてでも"という言葉が追加される。

 自身の危険を承知の上でヴェルのように迷う事なく行動出来る人間が果たしてこの世に何人居るだろうか?

 新人達がヴェルに向ける視線の中に侮蔑や嫌悪の色が薄れた事にルーナが満足気に微笑む。


「さて、ヴメノスに関してもこれで大体は把握出来ただろう。ならば次はについての話をするとしよう」

「ッ――」


 自分の言葉に一瞬ヴェルが反応した事にルーナは気付いたが、今は気にせずに授業を続ける。


「ヴメノスはクヴァレスで生まれたものだが……そもそもクヴァレスという名に聞き覚えがある者は何人居る?」


 ルーナの問いにその場に居るほぼ全員が手を上げると、ルーナは次の質問を飛ばす。


「ではクヴァレスというのが国の名前である事を知っている者は?」


 そう問い掛けた途端、今まで上がっていた手が殆ど下がり、残ったのは二名だけであった。


「クヴァレス式の魔術は今も有名だからな、名前だけは知っている者も多い」

「クヴァレスなんて名前の国を聞いた事が無いんですけど、何処にあるんですか?」

「ヨーレンス大陸の南東に存在していたらしい」

「"存在していたらしい"って、今はもう無いんですか?」

「あぁ、クヴァレスは十年ほど前に突如として滅びている。原因は不明とされているが、一説によれば禁忌に触れたからという話だ」

「禁忌?」

「ヴメノスの事だ、神を信奉する者達曰く"クヴァレスは神の怒りに触れたから滅びたのだ"そうだが、それを証明する証拠は何処にもない。クヴァレスが存在した土地は今や人が立ち入る事も出来ない有り様で、他にも大規模な魔術に失敗した結果だという噂もある。どちらも根拠のない噂でしかないがクヴァレスが一夜にして滅んだのは事実だ。当時は随分と騒ぎになったが、十年前だとお前達が知らないのも無理はないだろう」


 新人の多くが十代半ばから前半の若者であり、十年前の事件など幼過ぎて覚えている者は居なかった。


「当時クヴァレスは魔術大国と呼ばれ、魔術において並ぶ国は無くクヴァレスの魔術師一人で他国の魔術師を十人は相手取れるとまで言われていた程だ」

「たった一人で十人を?」

「そういえばクヴァレスの魔術師ってのは何度か聞いた事があったな。てっきりクヴァレス式の魔術が使える魔術師の事をそう呼ぶんだと思ってたけど、あれはクヴァレスって国出身の魔術師の話だったのか」

「その通り、クヴァレス式の魔術は高度な制御と複雑な構築式を要求される為にクヴァレスで魔術師を名乗るには相当な努力が必要だったと聞く。だからこそクヴァレスの魔術師を名乗れる時点で他国の魔術師とは一線を画す程の実力を持っていた訳だが、そんな怪物揃いのクヴァレスの魔術師の中で本物の怪物が現れた。クヴァレスの魔術師が一人で他国の魔術師を十人相手取れるなら、その魔術師は一人でクヴァレスの魔術師全員を相手に完封出来るとまで言われていたそうだ」

「何ですかそれ、じゃあその魔術師一人で魔術師何千人分の力を持ってるって事ですか?」

「そうだ、それがヴメノスを生んだ禁忌の魔術師"アレクシオ・フルラネット"だ」


 アレクシオ・フルラネットという名前に新人達は互いに顔を見合わせるが、その名前を知っている者は誰一人としておらず、新人の一人が恐る恐る手を上げて質問する。


「あの、本当にそんな魔術師が居たんですか? そんな名前の魔術師聞いた事がないっていうか、 それだけの力を持っていたらもっと騒がれてても可笑しくないと思うんですけど」

「知らないのは無理もない、クヴァレスは他国との交流が殆どなく、アレクシオ・フルラネットの存在を他国には秘匿していたそうだからな。その名が広まったのはクヴァレスが滅んだ後、難を逃れたクヴァレスの魔術師がその存在について語った事で初めて他国にも認知されたんだ。ただその時点でアレクシオ・フルラネットは消息不明となっていて彼がどうなったのかを知る者はおらず、その存在も直ぐに忘れ去られる事となった。実在を疑う声は当時からあったが、魔術の枠組みを外れたヴメノスという術を生み出した者が居る事、逃れたクヴァレスの魔術師が口を揃えて同じ名前を出したのは事実であり、少なくともアレクシオ・フルラネットというヴメノスを生んだ天才が存在したのは間違いないだろう」


 そこまで話し終えたところでルーナが窓の外に視線を向けると、外はすっかり日が沈み夜になっていた。


「少し長引いてしまったな、今日の授業はここまでとする。後日の授業で現存する異能の種類について質問をするからそれまでに各自調べて来るように」


 ルーナの言葉に新人達は返事をすると、席から立ち上がり部屋を出ていく。

 残ったのはルーナとヴェル、そしてその腰にしがみついた獣人の少女の三人となった。


「そんじゃ、俺も退散させて貰うわ」

「待て、ヴェル」


 部屋から出て行こうとするヴェルをルーナが引き留める。


「なんだよ? 授業が終わったんだから俺の役目も終わりだろ?」

「そうなんだが、お前に聞きたい事がある」

「……それって、今じゃなきゃいけない事か?」


 少女の頭に手を置きながらヴェルがそう言うと、ルーナは少女とヴェルの顔を交互に見てから気不味そうに顔を背けた。


「そうだな、また後日改めて話をしよう」

「それじゃあ今度こそ退散するわ」

「……あぁ」


 そう言って少女と共に出ていくヴェルの背中をルーナは静かに見送るのであった。

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廃人ゲーマーの天才魔術師が人々を"セーブ"するお話 西洋躑躅 @azarea_0930

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