第26話 挙動不審

 獣人の少女を引き取ってから早一週間が経過し、銀燭の碧眼の団員達も少女の存在に慣れ始めた頃、自室で獣人の少女と一緒にゲームをしていたヴェルの所にリアムがやって来た。


「買い出しに付き合って欲しい?」

「はい、ヴェルさんってばここ一週間まともに外に出てないでしょう?」

「それはほら、"ルル"が居るから」


 そう言ってヴェルは隣に座る獣人の少女を指差す。

 ルルとは未だに記憶が戻らず名前を思い出せない少女に付けられた仮の名前だ。

 これまでは"あの子"とか"獣人の少女"といったその場凌ぎの呼び方をされていたのだが、ヴェルがテキトーに名付けた少女のプレイヤー名である"ヘルドッグ"呼びを場所も選ばず繰り返していたところ、その意味を知らぬ団員達の間で"ヘルドッグと呼ばれている子"と広まり始め、その事に危機感を覚えたリアムが慌てて"ルル"と命名したのだ。


「ルルは俺から離れないし、ルルを人混みの多い場所に連れて行く訳にはいかないだろう?」

「そう言ってヴェルさんが外に出たくないだけでしょう」

「心外な、俺はルルの為を思ってだな」

「はいはい、分かりました、じゃあルルちゃんに聞きましょう。ルルちゃんはお買い物に行きたくないですか?」

「お買い物?」

「はい、今日の御夕飯のお買い物です。そうだ、ちょっとお店で買い食いしちゃいましょうか」

「ッ! 行く!」

「おい食い物で釣るのはズルだろ!」

「なんとでも言ってください。それじゃあ私はルルちゃんを着替えさせてくるので、ヴェルさんもちゃんと着替えてくださいよ」


 ルルという外に出なくても良い言い訳を失ったヴェルは渋々買い物に付き合う事になるのだった。






 今日もレミューの町の空は晴天であり、無遠慮に日光を振りまく太陽にヴェルが憎々しい視線を送る。


「はぁ、今日もあちぃな」

「ちゃんと着替えて正解だったでしょう?」

「そうだな、しかしルルを着替えさせる必要があったのか?」


 ヴェルは人混みに怯え腰にしがみついているルルに視線を落しながら言うと、リアムは困ったような顔をする。


「それは、外に出るならもう少し薄い生地のものが良いと思ったので……」

「ふーん、それなら良いんだけどさ」


 何か言いた気な様子のヴェルだったが、その続きが紡がれる前にリアムが前方を指差して叫ぶ。


「あ! 串焼きのお店がありますよ!」


 ヴェルの言葉から逃れるようにリアムが串焼きの屋台に駆け寄り、串焼きを三本持って戻って来る。


「はいルルちゃん、ヴェルさんも」

「わぁ! 大きい!」

「随分とボリュームがあるな」

「あそこの串焼きはこの町で一番大きくて食べ応えがあるって前にジジさんが言ってましたよ」

「確かに食べ応えはありそうだが、夕飯前に食う量じゃねぇだろ」

「まぁまぁ、御夕飯までまだ時間もありますし、歩いてたらお腹も減りますよ」


 そう言って先導するように歩き始めるリアム、その背中にヴェルは怪訝な視線を向ける。

 それから三人は夕飯の買い出しもせずに食べ歩きを続け、一時間が経過しようとしていた時だった。


「なぁリアム、そろそろ夕飯の買い出しに行かないか?」

「え、でも御夕飯まではまだ時間が……」

「準備の時間もあるんだからもうギリギリだろ、今から急いで買い出しに行かないと間に合わないぞ。つーかもう腹が限界だ」

「私も……」

「そ、それなら最後に甘いものでも食べましょう!」

「なぁリアム、お前もしかして――」


 焦った様子のリアムにヴェルが何事かを尋ねようとした時、近くで何かが割れるような音が周囲に響き渡る。

 そちらに視線を向けると通行人の一人が壺を落したらしく、道に散らばった壺の残骸を前に途方に暮れている姿があった。

 自然と大勢の視線がそこに向けられる中、リアムはまるでその存在が見えていないかのように一つの見せを選ぶとそこで果物を買い二人のところに戻って来る。


「これで締めにしましょう!」


 リアムが買ってきたのはトイチェと呼ばれるこの辺りでよく採れる拳大の果物だ。

 青々とした実の中にはザクロのように沢山の粒が入って詰まっているが、ザクロと違って粒の色は緑色で皮も食べる事が出来た。

 差し出されたトイチェをヴェルは何も言わずに受け取り一口齧る。

 歯で薄皮を破ると中から大量の粒が口の中に転がり落ち、それを舌を使って口蓋に押し当てて潰すと、中からは仄かな酸味と程よい甘味を含んだ果汁が口いっぱいに溢れていく。


(リアムの奴、一体なにがしたいんだ?)


 トイチェを齧りながらヴェルが考えに耽っていると、受け取ったトイチェをじっと見つめたまま動かなくなっていたルルにリアムが声を掛ける。


「ルルちゃん、どうしたんですか?」

「え……ううん、何でもない」


 そう言ってルルは再びトイチェに視線を落とすと、恐る恐るといった様子でトイチェを口に運び――


「――!?」


 次の瞬間ルルが口元を押さえ、膝から崩れ落ちそうになるのを誰よりも速く反応したリアムが支える。


「ルル!?」

「大丈夫ですか!?」

「うっ……ぐ……」


 口を押さえたまま呻くルル、しかし堪えきれなくなり胃の中身をその場にぶち撒けてしまう。


「ゲホッ、ゲホッ!」

「落ち着いてください、呼吸を整えて」

「ごめ、なさ……服、汚し……」

「気にしないでください、それは汚しても良い服ですから」


 ルルを落ち着かせるように優しく背中を擦るリアム、突然嘔吐したルルに周囲からも視線が向けられる中、一人の人間が三人に近づいて来る。


「あれ、もしかして君はバラックのとこの娘さんじゃないか?」

「貴方は?」

「俺はヤニク、行商人さ。それよりその子……うん、そうだ、やっぱりバラックの娘のルシャールだ」

「"ルシャール"?」


 その名にヴェルは眉を顰め、リアムに鋭い視線を向ける。

 名前の分からない少女に"ルル"と名付けたのはリアムだ、そして本当にルルの名前が"ルシャール"だとすれば、リアムは偶然ルルの本名を捩った愛称を付けたという事になる。

 果たしてそんな偶然があるのだろうか?


「バラックとタルナはどうしたんだ? 二人は一緒じゃないのか?」

「バラック……タルナ……? お父さん……お母さ――ッ」


 バラックとタルナという人物の名前を聞いた途端、ルルは先程よりも激しく嘔吐する。

 どうみても尋常ではないルルの様子にヤニクは狼狽える。


「おいどうなってんだこりゃ、お前ら二人は一体なにもんだ?」

「詳しい話は場所を移してからにしましょう。ヴェルさん、ルルちゃんを先生の所まで運んでください」

「……分かった」


 リアムに色々と確認したい事があったヴェルだったが、今はリアムの言う通りに従い、ルルを抱き上げロロアの診療所に向かうのであった。

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