第27話 戻る記憶
ルルを診療所へと運びベッドに寝かせたヴェルとリアムはルルの知り合いだというヤニクにこれまでの経緯を話した。
「――なるほどねぇ、まさか記憶を失っちまってるとは……」
「はい、ですので私達は彼女の事を良く知らないんです。なのでもし宜しければ彼女の事を教えて頂けないでしょうか」
リアムがヤニクにそう尋ねると、ヤニクは少し悩む素振りを見せる。
「俺も大して知ってるわけじゃねぇ。その娘の名前がルシャールである事、俺と同じく行商人をやってる夫婦の娘で面識があるって程度だ。他に俺が知ってる事があるとすりゃあ三週間くらい前にトラシュで会って、王都の方に向かうと言ってた事くらいだ」
「トラシュからって事は東から来たのか?」
「そうだけど、それがどうかしたか?」
「あの娘を見つけたのはここから南に向かったフール山の付近、王都に向かうなら正反対だ」
「予定を変更して南に向かったとか?」
「それはねぇだろう、あの二人は買い付けた商品を王都に売りに行く途中だったからな。ここはまだマシだが南に向かったところでロクに商売も出来やしない」
「となるとやはり何かしらの事件に巻き込まれた可能性が高いな」
「何かしらの事件って」
ヴェルの言葉にリアムが不安そうな表情を浮かべる。
重傷を負っていた時点で既に怪しかったが、それでも事故の可能性もまだあった。
しかしこの町を経由して北にある王都を目指していた筈の行商人一家の娘がフール山付近に居た事を考えると事件の可能性が高くなる。
「はぁ……やっぱり厄介事だったね、全く勘弁してくれよヴェル、そういう事は私から見えないところでやってくれ」
「んな事言われても」
ロロアからの無茶振りにヴェルは渋い顔をしつつ、ベッドの脇でルルの看護をするリアムに視線を向ける。
「リアム、俺は一度屋敷に戻ってルーナを連れて来る。事件の可能性が高まった以上、レギオンに話は通しておくべきだろう」
「はい、分かりました」
「先生、俺が戻って来るまでにリアムの診察を頼むよ」
「お? あー……了解」
「いや、私は――」
「はいはーい、人の言う事を聞けない悪い子の言い分なんて誰も聞いちゃくれないわよ。というわけで大人しくしなさい」
ロロアに捕獲されるリアム、その様子を見届けてからヴェルは診療所を後にする。
屋敷に戻ったヴェルはルーナと共に再び診療所に向かっていた。
「しかし外に連れ出したその日に知り合いに出会えるとは、運が良かったな」
「……そうだな」
「どうした? 何時もそうだが今日は一段と気怠げに見えるぞ」
「別に、ただ想像していた以上の厄介事の雰囲気を感じて面倒だなって思っただけだ」
「そうか、確かに話を聞く限りでは只事では無さそうだし、もしかしたら最近噂になっている人攫いの仕業かもしれん。念の為にルルは直ぐ屋敷に戻して警護を――」
ルーナがそう言い掛けた時、二人の耳に騒ぎの音が届く。
音の方に視線を向けると道行く人が診療所の前で足を止めて遠くから見つめている姿が見え、二人は即座に駆け出して診療所に駆けこんだ。
「何があった!?」
「あっ、ヴェルさ――」
「うおっ!?」
リアムが安堵の声を出すのと同時に、診療所の隅に居た人影がヴェルの胸元に飛び込んでくる。
その人影の正体はルルであり、ルルは酷く怯えた様子でヴェルの胸元にしがみついていた。
「……何があった?」
「それが意識を取り戻した途端、酷く混乱した様子で手が付けられなくなってしまって……恐らく記憶が戻ったのかと」
「ルル、そうなのか?」
これ以上怯えさせないようヴェルが優しい声色で尋ねるも、ルルは震えるばかりで答える様子はなかった。
「今すぐに答えるのは無理そうだな」
「取り敢えず目覚めた訳だし、その子を連れて帰ってくれないかい? これじゃ怪我人も寄り付かないよ」
騒動を聞きつけて集まって来た野次馬の方を見ながらロロアがそう言う。
この状況では落ち着いて話も出来ないとロロアの指示に従い、ヴェルはルルを抱え診療所を離れて屋敷の自室まで運んでベッドに寝かせる。
ルルは先程より落ち着いたもののヴェルの側を離れる事を嫌い、服の裾を掴むので離れられなくなったヴェルはベッドに腰掛けた状態で再びルルに優しく声を掛けた。
「落ち着いたか?」
「……うん」
「記憶が戻ったのか?」
「…………うん」
「そうか」
記憶が戻ったと聞いても誰も問い質すような真似はせず、自然とルルが口を開くのを待った。
「あのね……果物を食べて思い出したの。私、あの果物を食べた事があるの、何度も何度も、真っ黒いローブ姿の人が運ん出来たの」
「それは何者か分かるか?」
ルーナの問いにルルは静かに首を振る。
「殆ど喋った事ないし、沢山の食事を運んでくる以外何も分からないの」
「沢山の食事? 何が出されてたんだ?」
「パンとかお肉とか色々……果物が一番多かったけど」
「割とちゃんとした食事を与えられてたのか」
普通なら飢え死にしない程度の食事を与え、反抗する力も残らぬよう弱らせる事が多いのだが、満足のいく食事を与えていたとなると普通の人攫いではないだろう。
(そういやトイチェはフール山に群生してるんだったか。捕らえられていた場所がフール山の付近だとすれば色々と辻褄が合う。トイチェを食って様子が急変したのも、トイチェを食べた事で捕らえられていた時の記憶がフラッシュバックしたってところか)
腑に落ちた部分はあるが、それでもまだ謎は多い。
ルルを攫った者達の正体、一番怪しいのは最近噂にもなっている破滅の神の復活を目論むデストルクティオの連中だ。
神に捧げる贄として人間を捕らえたのだとすれば、神捧げる前の準備として贄の質を保つ為に満足のいく食事を与えていたのかもしれない。
無論これはヴェルの勝手な憶測でしかなく、ましてやそれを今ここで、少なくともルルの前で口にするつもりもなかった。
「……取り敢えず、ちゃんと飯を食わせてるって事は直ぐにどうこうするつもりはないって事だ。捕らえられた人達が今も無事で居る可能性は十分にある」
「そうだな。ところでルルはどうやって逃げ延びたんだ?」
「良く分からないけど、私達を捕まえた人達の一人が私達を逃がそうとしてくれたの」
「私達というのは?」
「私と……お父さんとお母さん……でも途中で他の人に見つかって、それから――」
ルルの身体が再び震えだし、ヴェルの服の袖を掴む腕に力が込められる。
「その人が他の人達を食い止めるって言って、私達だけ洞窟から逃げ出して……でも直ぐにまた追いつかれて今度はお父さんがその人みたいに……最後にはお母さんも……私、私は……!」
「分かった、もう何も言わなくていい」
ヴェルは震えるルルの背中に腕を回し、落ち着けるように背中を擦る。
「正体は不明だが、フール山に人を攫う何者かが居る事はこれでハッキリした。団長に報告し直ぐに救出隊の編成を行おう」
「ルーナ、それなら俺も――」
救出隊に参加すると言おうとしたヴェルだったが、先程以上に力を込めるルルの姿を見て言葉を紡ぐ事が出来なかった。
「ヴェルはルルの事を見守っていてくれ。囚われの人々を救う事は出来ても、ルルの心を癒す事は私達には出来ないんだ」
「……分かった」
言葉の端に悔しさを滲ませながらもヴェルはルーナの言葉を承諾するのだった。
廃人ゲーマーの天才魔術師が人々を"セーブ"するお話 西洋躑躅 @azarea_0930
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