第7話 副団長と乙女ゲー

 騏驥王寺の一族、それは女性主人公が美青年を攻略する俗にいう乙女ゲーである。

 主人公である愛沢 美香子(名前変更可)がある日大学から帰宅すると家には誰も居らず、家財道具も綺麗さっぱり無くなっていた。

 状況が理解出来ない美香子は両親に連絡を取るも、返って来たのは残酷な現実だった。

 娘の美香子には一切説明していなかったが美香子の両親は借金に苦しんでおり、借金の形に家や家財を売り払う事となったのだという、美香子の学費は勿論、美香子を養っていく力も無いと情けない私達を許して欲しいという言葉を最後に両親とは音信不通となってしまう。

 一日にして家族と家を失った美香子が途方に暮れていると偶然通りがかった青年に声を掛けられ、事情を説明したところ青年の家に誘われる。

 なんと青年の家は名家として名高い騏驥王寺家であり、美香子は騏驥王寺家で家政婦として雇われる事となり、徐々に騏驥王寺家の五人兄弟と親密な関係になっていく。


「――って感じのストーリーですね。導入としては良くあるパターンだし、ストーリーも家政婦として働きながら主人である青年達と親密になっていくという王道な展開なので初心者の人でも楽しめると思いますよ」

「良くある??? 王道???」


 頭に大量の疑問符を浮かべるルーナに、ヴェルは苦笑いを浮かべる。


「この手の展開って乙女ゲーに限らず良くあるんですよ」

「はぁ……そうなのか、突然家族と家を失ったと思ったらそこに偶然通り掛かった名家の主人に拾われて家政婦になるのが良くある……」

「そこは創作なんで気にしないでください、一々現実的に考えてたらゲームなんて出来やしないんで」

「わ、分かった、善処しよう」

「取り敢えずゲームをスタートしましょうか」


 ヴェルがテレビに繋いだゲーム機へソフトを挿入して電源を入れると、軽快なBGMと共にタイトルコールが始まる。


『騏驥王寺の一族――さぁ、僕の寝室へおいで、子猫ちゃん』


「な、なんだ今の如何わしい声は!?」

「あー今のは次男の騏驥王寺 青樹あおきの声ですね。このゲーム、デフォルト設定だとタイトルコールで五人兄弟の内の一人がランダムに喋るんです。字幕ないから何言ってたか分からないでしょうけど」

「こ、言葉の意味は分からなかったが、雰囲気から何か如何わしい事を言っていたのだけは分かるぞ!」

「次男の青樹はそういうキャラなんで、苦手なら別のキャラを狙うのが良いですよ。まぁ副団長の性格的にほぼ間違いなく三男の黄々ききのルートになるでしょうけど」

「どういう意味だ?」

「このゲームにはADVに良くある攻略対象の好感度以外にも主人公のパラメータというものが存在してるんです」

「ぱらめーた?」

「正確に言えば違うんですが、要は能力値って感じですかね。このパラメータには愛らしさ、淑やかさ、男らしさ、面白さの四種類があって、このパラメータと攻略対象の好感度によってルートが分岐するんです。他にもパラメータが影響する部分としてイベント中の選択肢があって、選択肢として一度に出て来るのは四つから六つまでなんですが、実は内部的には二十を超える選択肢が用意されていて主人公のパラメータによって選べる選択肢が変わって来るんです。愛らしさのパラメータが高ければ愛らしい選択肢が、男らしさのパラメータが高ければ男らしい選択肢が選べるという感じです」

「お、おぉ、今のはギリギリだが理解は出来た。つまり主人公が男らしくなれば、男らしい行動がそれだけ取れるようになるという事か」

「その通り、でも男らしさが上がって来るとそれ以外の選択肢が選び難くなるので注意が必要です。このゲームそのイベントに相応しくないパラメータで選ばれた選択肢なんかはネタ選択肢の場合が多いので、バランスよく上げてないと重要なイベントでネタ選択肢しか引けなくて詰むって事態がたまに起こるんですよね。まぁここら辺の話は実際にプレイしながらするとして、まずは主人公の名前を決めましょうか」

「名前? 主人公には名前があるんじゃなかったのか?」

「デフォルトネームは勿論あるんですけど、せっかく自分の分身になる訳なんですから、名前もそれっぽいものにした方が親近感も湧いてゲームにのめり込めると思うんですよ」

「そうなのか、ではそうするか」


 ヴェルに言われるがままコントローラーを動かしていき、主人公の名前入力画面まで進む。


「左のこれは……家名か、私に家名などないぞ」

「苗字はデフォルトネームにしておいて、下の名前だけ変えましょうか。愛沢 ルーナ、なんかちょっと世界観に合わないな。ルーナ、ルナ……そうだ! 下の名前は月子にしましょう」

「親近感の話はどこに行った?」

「世界観にそぐわないのもそれはそれでゲームへの没入感を阻害するので、今回は世界観に合わせるって事で」

「なんかイマイチ納得出来ないが……分かった」


 指示に従い下の名前を月子とし、愛沢 月子というルーナの分身が出来上がり、いよいよゲームがスタートした。






『その後、愛沢 月子の姿を見た者は誰も居なかった――~fin~』


「バッドコミュニケーション!!」


 腕で大きなバツ印を作ると同時にヴェルがそう叫ぶ。


「なんで! どうして! あらすじの説明はしましたよね!? 途方に暮れていたところで美青年に声を掛けられたらついて行くのが正解なんだよ! なのになんで全ての選択肢で"いいえ"を選んだ!?」

「客観的に見て知らない男について行くのは不用心過ぎるだろう」

「そんなところは客観視しなくて良いんだよ! そもそも正解は分かり切ってた筈でしょう!?」

「それは分かっていたが、自分一人で生きて行く努力もせず、いきなり見ず知らずの他人に頼って良しとするような惰弱な真似は私には出来ん」

「物事を円滑に進める為に時には自分が折れる事を学べ! 我を押し通そうとするな! そんなんだから会話下手くそなんですよ!」

「ぐっ……分かった、次は受け入れよう」


 ヴェルからの怒涛の駄目出しにルーナは苦虫を嚙み潰したような顔をしながらも言われた通りにする。

 しかし導入の時点でこんな調子のルーナがまともにゲームを進行出来る訳もなく……


「なんで赤也あかやをぶん殴った!?」

「急に手を握って来たのだから当然だろう」

「今のは家族を失って孤独に震える主人公を慰める赤也の思いやりが表れた場面でしょうが! つーかやるにしてもそこはせめてビンタだろ! 主人の顔面にグーパンかます家政婦が何処に居る!?」


「おい、青樹の様子が変だぞ」

「そりゃあねぇ!? 連れて来た女の子を家政婦が中華鍋振り回して全員追い返したらそうなるよ!」

「妻でもない女と肉体関係を持つなど言語道断だ! それも複数人など、屋敷の風紀が乱れる!」

「月子は何時から騏驥王寺家の風紀を取り締まるようになったんだよ! 家政婦という自分の立場を忘れるんじゃねぇ!」


緑人りょくと……コイツは空気が読めないのか?」

「空気が読めてないのは月子の方だよ! せっかく月子の為に緑人が歓迎パーティーを開いてくれたのに! なんで家政婦として自分の歓迎パーティーの給仕やってんの!?」

「家政婦として迎え入れられたのだから家政婦として仕事をするのが当然だろう?」

「誰の為の歓迎パーティーか思い出せ! 主役が歓迎される気ゼロな所為でパーティーがお通夜みたいになってるじゃねーか!」


「やめて! 黒乃くろのは過去の事件がトラウマになっていて人前に出られなくなってるの! そっとしておいてあげて!」

「人前に出ないからこんな性根が腐った人間になる! こういう人間は一度無理矢理にでも叩き出して自分を見つめ直させた方が良いんだ!」

「そういうアンタこそ一度月子じぶんを見つめ直してみろ! 主人に拾われた家政婦が主人の一人を屋敷から追い出すってやってる事ヤバいぞ!」


 とまぁ終始こんな感じで進行するものだから途中で何度もゲームオーバーになりながらも何とか共通ルートの最後、特殊な個別ルートに入る為のイベントまで辿り着く。

 辿り着いたのは騏驥王寺家の三男、騏驥王寺 黄々の共通ルート最後のイベントであった。


 黄々は童顔で背も低く、二人の弟よりも年下に見られる事にコンプレックスを抱いており、誰よりも男らしさに憧れる青年だ。

 そんな黄々は男らしい主人公に次第に惹かれていくのだが、男らしい主人公に惹かれていく程に自身と比べてしまい、自分がどれだけ男らしくないのかが浮き彫りにされていくようで劣等感を覚えていた。

 その感情がついに爆発するのが共通ルート最後のイベントであり、黄々は台風が接近している事にも構わず屋敷を飛び出していってしまう。

 主人公は激しい雨風の中を黄々を探して走り回り、過去に黄々と来た事があった公園の遊具の中でびしょ濡れになりながら震える黄々を発見する。


『あはは……来ちゃったんだね、月子。本当、ボクって情けないよね、自分勝手に飛び出して女の子に心配かけて、こんな嵐の中を追い掛けさせちゃうなんてさ。月子が男だったら、ボクみたいな情けない奴にはならないんだろうな……』


 膝を抱えて涙を零す黄々、そこで選択肢が現れる。


【シャバ僧がぁ! 面倒かけてんじゃねぇぞ!】

【帰ったらこの件の危険手当、キッチリ耳を揃えて払って貰いましょうか】

【この落とし前、小指一本詰めるくらいじゃ足りませんよ】

【だから貴方は駄目なのです】

【…………(無言で手を取る)】


(やべぇ、男らしさのパラメータだけカンストしてそれ以外が一切育ってない所為でヤ●ザみたいなネタ選択肢ばっかになっとる)


 上から三つの選択肢は有り得ない、間違いなく解雇エンド直通のネタ選択肢だ。

 正解は五番目で、四番目の選択肢は正解ではないが解雇エンド直通の選択肢という訳でもない。

 ルーナの性格的に選ぶとしたら相手を指摘する四番目、次の選択肢で正解を引けば個別ルートに入る希望はまだあるとヴェルはルーナの選択を見守る。


 ――ピッ


【シャバ僧がぁ! 面倒かけてんじゃねぇぞ!】

【帰ったらこの件の危険手当、キッチリ耳を揃えて払って貰いましょうか】

【この落とし前、小指一本詰めるくらいじゃ足りませんよ】

【だから貴方は駄目なのです】

▶【…………(無言で手を取る)】


(えっ? 嘘だろ、あの副団長が余計な事をせずに正解を選んだ!?)


 これまで余計な事か物凄い余計な事のどちらかしかしてこなかったルーナが、ついに我を抑えて他人を思いやる選択を選んだ事にヴェルは口元を手で抑えながら感激する。


 正解の選択肢を選んだ事で更にイベントが分岐し、最良の個別ルートに入る為のイベントが始まる。

 その場の勢いで屋敷を飛び出してきた二人はスマホを持っておらず、屋敷に連絡して迎えを寄越して貰う事も出なかった為、嵐の中を歩いて帰るしかなかった。

 しかし雨に打たれて身体が冷え体力を奪われてしまったのか、黄々はフラついており、主人公が背負って帰る事となった。


『月子の背中、温かくて、頼りがいがあって……あぁ、本当に……なんでボクはこんな意気地なしになってしまったんだろう。ボクなんかよりも月子の方が余っ程騏驥王寺の人間に相応しい』


 心身共に弱り、そんな言葉を漏らす黄々に対し、ついに共通ルート最後の選択肢が表示される。


 ――ピッ


【男らしさだけが人の価値ではありません】

【それなら私を騏驥王寺の人間にしてくれますか?】

【それなら愛沢に婿入りしますか?】

【相応しい人間になる為に一緒に山籠もりしましょう】

▶【…………(無言で鯖折る)】


「なんでだぁぁぁぁぁぁ!?」


 最後の最後にとんでもない選択肢を選んだルーナにヴェルは思わず叫ぶ。


「直前まで良い感じだったじゃん! なんで急に鯖折った!?」

「こんな軟弱な人間に掛ける言葉など最早ない」

「さっき無言で手を取ったのは思いやりとかじゃなくて話したくもないって意思表示だったのかよ! 俺の感動を返せぇ!」


『ギャアアアアアアッ!』


 画面の中では主人公の鯖折りによって膝を粉砕された黄々が悲鳴を上げ、そのままゲームオーバー画面へと流れていくのであった。

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