第8話 納得出来ない理由

「「……………」」


 プレイを開始してから三時間が経過し、ヴェルとルーナは死んだ魚のような目をしていた。


(知らなかった、他人のゲームプレイを見守るというのがこんなにも精神を消耗させるものだったとは……)

(疲れた、レギオンの仕事よりも余っ程疲労感が残る。これは遊びではなく修行か何かだ……)


「ゲームというのは難しいのだな」

「いやぁ、この場合難しいのはゲームではなく副団長の性格の方だと思うんですけど、アクションとか謎解きなら兎も角、乙女ゲーでここまで沼りませんよ普通」

「むっ、そんな事はないだろう、他の誰かにやらせた事はあるのか?」

「いや、乙女ゲーをやらせたのは副団長が初めてですけど」

「ならば私の問題かどうかはまだ分からないだろう! 他の者にやらせてみたら私のようになる可能性は十二分にある!」

「あんな地雷原でタップダンスを踊るようなプレイをするのは副団長だけですよ」

「……してようやく分かったが、お前のそのよく分からない喋りはゲームの影響だったんだな」

「副団長もそのよく分からない喋りになってるじゃないですか」

「こ、これはお前のがうつっただけだ!」


 口から出た言葉を指摘されてルーナが頬を赤らめながら否定する。


「それでどうでした? 上手くはいかなかったけど、多少は得るものがあったんじゃないですか?」

「そうだな……」


 得るものはあったかという問いに対し、ルーナの間を置いてから自身が得たものについて口にする。


「私はどうも頭が少し固いようだ」

「…………えっ? 俺があれだけ指摘してそれだけ? というか"少し"じゃないですよね? 石頭通り越して鉄頭でしたけど?」

「そんな事はあるまい」

「あんなボロカスに言われておいて自覚無し!?」


 この三時間は一体何だったのだと項垂れるヴェルの横顔を見ながら、ルーナはアレンとの会話を思い出していた。


『分からないなら、いっそのこと直接ヴェルと話し合ってみたらどうだ?』

『あの男と、ですか?』

『そうだ、アイツは自分の方から他人と積極的に関わり合いになろうとはしないが、相手側から関わろうとして来る場合には無下に出来ない。いきなり話をしてくれと押し掛けても断られる事はないだろう』


(良く分からない言葉を多用はするが、こちらの問いには素直に答えている。話の流れからどうにか聞き出せないかと考えていたが、ここはいっそこちらも素直に尋ねてみるべきか)


「副団長?」

「ん? どうした?」

「いや、どうしたはこっちの台詞なんですけど、急に黙り込んだもんですから……もしかして鉄頭って言われたのが気に障りましたか?」

「そういう訳じゃない、単に考え事をしていただけだ。あと私は鉄頭ではない、精々金頭と言ったくらいだ」


(わー、完全に柔らかいものではなくちょっと柔らかい金属をチョイスして"少し頭が固いのは自覚してますよ?"感を出してるの腹立つー)


 金頭ではなく金剛石頭の間違いだろとヴェルが心の中でツッコミを入れていると、ルーナは意を決した様子で口を開く。


「お前に聞きたい事がある」

「聞きたい事? あ、分かった、五男の個別ルートの入り方ですね。長男から四男までは四種類のパラメータがそれぞれに対応してるのが分かり易かったけど、五男はどれにも当て嵌まらないですからね 」

「いやゲームの話ではなく……お前の異能について聞きたいんだ」

「俺の異能?」


 きょとんとした顔でオウム返しに言葉を口にした後、ヴェルは何かを察したような顔になる。


「なるほど、兄貴に話して来いと言われたというのはその事ですか。別に兄貴の方で説明してくれても良かったのに……いいですよ、説明します」


 悩む素振りも見せずヴェルがアッサリと承諾した事にルーナは驚きを露わにする。


「そんなアッサリと、本当にいいのか? 異能について知られるという事は対策される危険も孕んでいるんだぞ?」

「全く問題ないとは言いませんけど、俺の異能は相手にその特性を知られている方が都合が良かったりするんですよね」

「なんだと?」

「それでも聞きますか?」

「……聞かせてくれ」


 ここまで来て引き下がれないと、ルーナはリスクを避ける為に何も分からないままで居る事よりも、リスクを負ってでも知る事を選んだ。


「それじゃあ説明しますが俺の異能は"セーブ"、力をセーブする事が出来る異能です。さっきゲームをプレイしたからセーブの意味は分かってますよね?」

「あぁ、プレイ状況を保存する機能の事だろう? それは分かっているが、力を"保存"するというのはどういう意味だ?」

「ぷっ――ははは!」

「なっ、なんだ急に! 何が可笑しい!?」

「はははっ、いや、す、すみません、やっぱ昔の俺と同じ勘違いするよなーって、それが可笑しくてつい」

「勘違い?」

「実はですね、セーブという言葉には保存する以外の意味も存在してるんですよ。それが"抑制"、俺の異能は力を保存、或いは抑制する能力なんです。口で説明するよりも体感して貰った方が理解し易いと思うんで、試しにちょっと肩を押しても良いですか?」

「……いいだろう」


 未知の異能を自ら受けにいく事に抵抗感はあったが、それで疑問が解消するならばとルーナはヴェルの手を受け入れる。

 ヴェルの手がぐっと上から肩を押し込んで直ぐに肩から手を離すが、ルーナは違和感に直ぐ気が付いた。


「なんだ? 手が離れたのにまだ肩が押されている?」

「肩を手で押し込んだ時に生じた"圧力"を保存したんですよ」

「圧力……そうか、か」

「それで次が抑制なんですが……なぁ、知ってるか? 人が音を聞く力の事を"聴力"って言うんだぜ?」


 それは数日前、あの路地裏でごろつき達が退散していった時と良く似た喋り口調であり、ルーナがそれを認識すると同時に急速にルーナの世界から音が消えていく。


(聴力、これもセーブ可能な力という事か。なるほど、あのごろつき共は気を抑制され強制的に無気力状態にされた訳か。自身や他人の力を保存、或いは抑制するこの男の異能、なんと恐ろしい)


 ヴェルの持つ"セーブ"の力を理解したルーナがその力に恐れ戦いている一方で、そんな異能を持つヴェルはというと……


「なぁにが金頭だ! このダイヤモンドヘッド! ヴァイオレンス家政婦!そんなんだから平団員じゃ怖くてロクに話しかけられないんだよぉ!」


 相手が聞こえていないのを良い事にツッコミだけでは発散出来なかった鬱憤をここぞとばかりに発散していた。

 いい歳した男が全力で煽り散らかす光景は非常にみっともない。


「やーいやーい!悔しかったら何か言い返して見ろ!フゥゥゥゥゥゥゥ!!――――はぁ、スッキリしたし元に戻すか……副団長、聞こえますか?」

「音が急に……あぁ、聞こえている。これがお前の異能か、具体的にはどういった力までならセーブ可能なんだ?」

「人がそれを力として認識出来るものであれば何でもセーブ可能ですよ」

「凄まじいな……ところで私の聴力を抑制している間、何を言っていたんだ?」

「え? あれは単に声が聞こえないでしょって証明の為に意味も無い事をただ叫んでただけですよぉ」

「そうなのか? 私には溌溂とした笑顔で楽しそうに意味のある言葉を叫んでいたように見えたんだが」

「あははー気のせいですよー」


 明らかに嘘を付いていると分かる態度にルーナは半目でヴェルを睨みつけるも、今はそんな事を追求している場合ではないと棚上げにする。


「……まぁいい、それよりも気になったのだが、圧力を保存した時は何も言わなかったのに、聴力を抑制した時は何故問い掛けたのだ? 保存と抑制で何か条件が変わったりするのか?」

「その二つで条件が変わる事はないです。圧力で何も言わず、聴力で問い掛けたのは聴力が副団長の力だったからですよ」

「私の力?」

「俺が力をセーブする為の条件は力の持ち主がそれを力であると意識している事、力として意識されていないモノを俺はセーブする事は出来ない。さっきの圧力みたいに俺自身が発生させたモノであれば、俺がそれを力として意識すれば済みますが、副団長の聴力をセーブするには副団長が聴力を力だと意識していないと不可能なんです」

「だから相手にそれを力であると意識させる為に問い掛けていたという訳か」


 それを理解すると同時に、ルーナは最初にヴェルが言っていた"その特性を知られている方が都合が良い"という言葉の意味を理解する。

 ヴェルのセーブへの対処法は単純で、力と意識しているとセーブされてしまうのならば、それを意識しなければ少なくともこちらの力をセーブされる事はない。

 だが実際には言葉で言う程に単純ではなく、ヴェルの異能について知ってしまった事で"力を意識しないよう意識する"という矛盾の実行を求められる。

 一度知ってしまえばどうしたって意識してしまう、それを意識しないよう意識する程に却って思考は泥沼に嵌っていき、自身の肉体を動かすありとあらゆる力について意識してしまう。


「この話を聞いた時点で私はもうお前の異能から逃れられなくなったという訳か」

「一応言っておきますけど、事前に警告はしましたからね? あと別に副団長をどうこうしようなんて俺は考えてないですよ。副団長がレギオンや兄貴を裏切った場合はその限りではないですが」

「…………お前は、そんな力をどうやって手に入れたんだ? 後天性の異能というだけでも希少だというのに、力をセーブするだなんて異能を一体どうやって」


 後天性の異能を獲得する外的要因として特殊な環境に長らく身を置いたり、命に係わるような危機的状況に遭遇するなどが原因として挙げられている。

 どちらも一朝一夕でどうにかなるようなものではなく、しかも獲得する異能の性質と外的要因は密接に関わりがあるとも言われており、どういった環境、或いは事故に遭えば力をセーブするなんて性質の異能を獲得出来るのか、ルーナはそれが気になっていた。


 そんなルーナの疑問を解消するヴェルの言葉は全く想定していないものだった。


「あー、俺の場合はある人に言われたからですかね?」

「……なんだって?」

「子供の頃の俺は艦巨砲主義っていうか、魔術なんて威力が高ければ高い程良いって考えてて、高位の魔術ばかり習得して基礎的な魔術を疎かにしていたんです。そんな時に言われたんですよ、俺にゲームの存在を教えてくれた、俺のゲームの師匠であり、人生の師匠でもある人に"君は力をセーブする事を覚えた方が良い"って」

「…………」

「その時の俺はセーブという言葉をゲームでしか聞いた事が無かったからその言葉の意味を正しく理解出来なくて、"力を保存しろ"って言われたんだと勘違いして真面目に力を保存する事を考えてたんです。そんでやってみたらなんか出来ちゃって、それを意気揚々と師匠に報告したら呆れられちゃいましてね。そこでようやくセーブの意味を「ふざけるな」」


 ヴェルの言葉を静かに、しかし明らかな強い拒絶を込めた言葉でルーナが塞き止める。


「言われたから? やってみたら出来た? なんだそれは」


 ずっと考えていた、自分が納得出来ない理由を。

 この男が無能ではないと知っても、この男がレギオンに貢献しているという例え話を聞かされても、どうして自分は納得出来なかったのか。


「そんなふざけた理由で異能が得られたと、本気で言っているのか?」


 自分は最初から納得する理由を探していた訳ではなかった。

 自分が探していたのはその逆、この男を肯定する為の理由ではなく否定する為の理由、そうだ、私は――


「私は、お前が憎いんだ」

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