第2話 銀燭の碧眼
「はぁ……! はぁ……!」
息を切らせながらリアムは長い廊下を走っていた。
ここはトリガスタ王国南部の町レミュー、そこに存在するレギオン"銀燭の碧眼"の拠点である。
レギオンとは組織や個人などから依頼を受けて報酬を得る営利団体でよく傭兵団と混同されるが、傭兵団と違いレギオンは荒事以外の仕事も請け負っており、武闘派集団というよりは何でも屋に近い存在であった。
数多く存在するレギオンの中で銀燭の碧眼は設立から五年程度しか経っておらず、その規模も大規模なレギオンが構成員三百名を超えるのに対し、銀燭の碧眼は五十名程度の中規模なものだったが、他のレギオンにはないある"強み"を持っていた。
「っと!」
廊下を全力疾走していたリアムが一つの扉の前で急停止し、息も整わぬ内にその扉を開けて中に入る。
そこは広間で三十人以上の人間が集まっており、息を乱して入って来たリアムに扉の近くに居た男が声を掛けて来る。
「おい、遅刻だぞ」
「す、すみません」
「アイツを呼びに行ってたのか? お前も懲りねぇなぁ、あんなの放っておけば良いのによ」
「……そういう訳には、いきませんから」
男にそう返して息を整えながらリアムは視線を広間の奥へと向ける。
そこは壇が存在し、その上には銀髪を後ろで束ねた長身痩躯の男と腰まで真っ直ぐ伸びた真っ赤な髪に鋭い眼差しの女が立ち、広場に集まった者達を見回していた。
「これで全員か?」
「はい、現在待機中の団員は
「分かった」
一人を除いてという女の言葉には鋭い棘が含まれていたが、男はそれを気にする事なく、もう一度集まった者達の顔を確認するように見回した後、口を開く。
「では定期集会を始める、今回新たに大きな依頼を二つ受けた。一つは町の商工会から近隣の農地で魔獣が頻繁に目撃されるようになった為に山狩りを頼みたいと依頼があった。この依頼はスナージャ、お前に任せる」
「アタシかい? 山狩りってんならアタシよりトッドの方が適任だと思うんだけどね」
「この依頼の達成にトッドの力が必要だと思うなら連れて行くといい。依頼に同行させる団員の選定もお前に任せる。今回の依頼はお前の指揮能力を試す試験のようなものだ。結果次第では三位から二位への昇格も考えよう」
レギオンには"位"という団員の格付けが存在している。
位の段階はレギオンによって異なり、銀燭の碧眼では六段階で六位から一位まであり、基準もレギオンによって異なるが、基本的に個人の能力、レギオンへの貢献度などで位が決められる事が多く、必ずしも役職と位が一致するとは限らない。
銀燭の碧眼で言えば団長は自身よりも有能な部下が何人も居るからと自身の位を二位としている。
またこの格付けに含まれない無位というものもあり、これはレギオンの拠点を管理する専属の人員で、レギオンに持ち込まれる依頼遂行には直接関与しない下働きの者達であり、レギオンの団員人数には計算されない縁の下の力持ちだ。
「二位への昇格か……悪くないね。分かったよ団長、その依頼このアタシが引き受けた」
スナージャがそう言いながら自身の薄い胸を拳で叩くと、団長――アレンは小さく頷いてからある条件を出す。
「団員は五名の同行を許可する。思うようにやってみろ」
「ちょ、五名まで!? てことはアタシ含めてたった六人で山狩りしろって事かい!? 」
「生憎ともう一つの依頼の方が重要度も規模も大きくてな、人員は出来る限りこちらの依頼に割きたい。本部にある程度の人員を残しておく事を考えると、現状では五名が精一杯だ。だが安心しろ、それは飽く迄も一時的なものでいま依頼に出ている団員が戻って来た際には人員の追加を認めよう」
「ほっ……」
「
「…………了解」
暗に追加の人員は認めないと言われたスナージャは、昇格という言葉に釣られて安易に承諾してしまった事を早くも後悔し始めていた。
「うわぁ……団長えげつねぇ。良かったー俺が指名されなくて」
「馬鹿かトッド、直接依頼を任されたのがお前じゃないってだけで、お前がたった六人での山狩りに参加するのはほぼ確定事項だろ」
「……ジェイン、俺達って同期の親友だよな?」
「一足先に五位に昇格して"あれれぇ? まだ六位なんですかぁー?”と煽って来るような友人を持った覚えはない」
「五位って、お前それ何年前の話してんだよ! そういう話ならお前だって四位に昇格した時「そこ! 何を騒いでいる!」はいっ! すみません!」
アレンの後ろに控えていた女の怒声で広間が一瞬にして静まり返ると、アレンは話を再開する。
「もう一つはトリガスタ王国よりリョクシャー森林で目撃されたという詳細不明の魔獣を調査せよとの依頼だ」
国からの依頼、その言葉に集まっていた団員達がざわめき立つ。
「また? 今年に入って何回目よ」
「前に国から受けた依頼もまだ終わってないってのに、国からの依頼を二つ抱えてるって事だろ? すげぇな」
「ま、それだけ俺達が国から信頼されているって事だろうよ」
これが銀燭の碧眼というレギオンの強み、数多く存在するレギオンの中で銀燭の碧眼は規模も歴史も劣っているにも関わらず、トリガスタ王国南部における国からの依頼の大半は銀燭の碧眼が請け負っていた。
相応しいレギオンは他にも存在している筈なのに、なぜ銀燭の碧眼ばかりに国は依頼するのか、その理由は外部の人間は勿論、団員ですら知らず、様々な憶測が飛び交っていた。
「この依頼の指揮をバーバラ、お前に頼みたい」
「えー、わたしー?」
「現在、マルクール鉱山の件で一位と二位の殆どが出払っている。待機の中で位が一番高いのはお前だ」
「位で選ぶなら団長ちゃんだってわたしと同じ二位でしょー? ていうかぁ、拠点に残ってる一位がまだそこに居るじゃないのー」
そう言ってバーバラはアレンの後ろに控える赤髪の女に視線を向けた。
「ルーナには副団長としてやって貰わなければならない事がある。俺も長期間ここを空ける訳にはいかないからな、お前に頼みたい」
「もぉー団長ちゃんにそこまで言われちゃあ仕方ないなー。でもぉその代わり上手く出来たらスナージャみたいに何かご褒美が欲しいな、きゃはっ☆」
「キッツ」
「おいゴラ今キツイつったの誰だァ!? わたしはまだピチピチの三十代だぞ!?」
「三十代はピチピチって言わないんじゃ「あ゙ぁ゙!?」ひぇぇ! ごめんなさい!」
先程までの生き生きとした様子から一転、ドスの利いたデスヴォイスで周囲を威嚇するバーバラ三十八歳、努力と気合の若作りのお陰で外見年齢はギリギリ二十代に見えなくはない美容モンスターの暴走を周囲の人間が"またか"と引き気味に見守っていると、左腕に包帯を巻いた一人の男がめんどくさそうにしながらバーバラに歩み寄る。
「おーバーバラ、それ以上叫ぶと可愛い子ぶった声も作れなくなるぞ、ただでさえ酒焼けで地声は死んでるんだからよ。つーか集会中だぞ、押さえろ」
「チッ、分かってるわよジジ」
「誰が爺だってぇ!? てめぇよりは断然若いわ!」
「ちゃんと名前で呼んだでしょ! 紛らわしい名前で理不尽にキレるなこの馬鹿がッ! ていうか二歳差程度で私より
「後悔するんじゃねぇぞクソババァァア!!」
一瞬でヒートアップしたジジとバーバラに周囲の団員達が唖然としている間に二人は広間から飛び出して行ってしまった。
「あーあ、ジジババの二人は相変わらずだねぇ」
「団長、今回の依頼の頭が飛び出して行ったんですが、どうするんです?」
「はぁ……バーバラに人員の選定まで任せようと思ったんだが、あの様子では直ぐには戻ってこないだろう。スナージャ、先に五名を選べ、残った人員から俺がリョクシャー森林の調査に向かう者を選定する」
「じゃあトッドとマルクス、それとレオナに……ジジも連れて行って良いかい?」
「……まぁ良いだろう。残りの一名はどうする?」
「そうだねぇ」
「ジェイン! ジェインとかどうだ!?」
「馬鹿ッ、トッドてめぇ!」
「じゃあジェインで」
「分かった、では山狩りの件はスナージャ、トッド、マルクス、レオナ、ジジ、ジェインの六名に任せる」
「おぉぉぉぉぉん!」
無情な決定にジェインが天を仰いで吠える。
二人は途中退場、一人は絶叫、混沌とした集会であったが、このような事は何も初めてという訳ではなく、全員が然して気にした様子もなく集会は進んでいくのであった。
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