第18話 ルーナ式会話術
翌日の朝、ヴェルとルーナはレミューの町から十キロほど離れた街道を歩いていた。
「おーい、まだ目的地に到着しないのか?」
「このままの調子だと目的地までもう二時間といったところだな」
「なげぇ……確か目的地はフール山だっけか? 行軍の訓練だとしても片道凡そ十五キロ、往復で三十キロは新人にやらせるにはキツいだろ」
新人団員の実地訓練と聞いて最初はもっと近隣でやるものかと思っていたヴェルだったが、蓋を開けてみれば町からそれなりの距離がある場所で、しかもそこで数時間の訓練を終えた後にまた数時間掛けて町に戻るというその予想以上のハードスケジュールに聞いた時はヴェルも若干引いていた。
「なんだっけ、周囲の地形調査をした後に安全地帯での野営地の設営、その後に魔獣を捜索し討伐、解体方法を学び野営地の撤去して町へ帰還する……これ何時間で終わらせる予定だよ?」
「そうだな、目標としては五時間程度で実地での訓練の完了を目指したいところだ」
「その内容を五時間で新人が完了させるのは無理だろ。つーかこの調子だとフール山に着いた頃には全員疲れ果てて動けなくなってるぞ」
そう言ってヴェルは自分達の前方を歩く一団に視線を向ける。
日が登り始めた早朝から直ぐに町を出発して既に二時間、最初はハイペースに進んでいた新人団員達だったが、ペース配分を考えない無茶な行軍に次第に速度が落ち、これから実地訓練が控えているというのに新人団員達は既にへとへとの状態であった。
「しかしヴェル、お前は意外と平気そうだな。一日中部屋に籠っているお前の事だから直ぐにバテて動けなくなるものかと思っていたのだが、見えないところで鍛えていたりするのか?」
「ふっ、甘いなルーナ、そんな事をしなくても"体力"はセーブ出来るんだぜ?」
「……少しでもお前が真面目に鍛えているかもしれないと考えた私が馬鹿だった」
清々しいまでのドヤ顔を披露するヴェルに呆れたように言葉を漏らしつつ、ルーナは本題に入る。
「それよりもだ、お前を今回の訓練に参加させた理由を忘れてはないだろうな?」
「……忘れてはいねぇよ」
「ならば私と会話してないで、新人と会話を弾ませて私よりも会話が出来るって事を証明して見せろ」
ルーナの言葉にヴェルは渋面を作りながらも前を歩く新人団員に近付き声を掛ける。
「よぉお前ら、随分としんどそうだな? 無理をしても身体を壊すだけだし、十分程度で良いから一度休憩をとったらどうだ?」
「…………」
「あれだったら俺が治癒魔術かけてやれるし……」
「…………」
「おーい、あのぉ……」
「…………」
「無理ッ!」
一言も喋らない新人団員達を前に気まずさを我慢出来なくなったヴェルが踵を返してルーナのもとへと戻る。
「ふん、ほら見ろ、やっぱり駄目ではないか」
「会話する気のない相手にどうしろってんだ!? こちとら団員の間じゃ穀潰し扱い受けてる人間だぞ!? 好感度がゼロどころかマイナスからスタートしてんだよ! 話なんて聞いてくれる訳ないだろうが!」
「それはお前の自業自得だろう。それに会話をする気がない相手をその気にさせてこそ、真の会話上手というものではないのか?」
「それ、ルーナの嫌いな青樹のナンパ術と同じこと言ってるけど良いのか?」
「…………今のは忘れてくれ」
どうやら青樹と同じ扱いは嫌なのか、ルーナは苦虫を噛み潰したような顔でそう告げる。
「兎に角、次は私の番だな、そこで見ていろ――おい! 貴様ら! この調子では日が暮れてしまうぞ! やる気があるのか!? 根性無しには私が直々に地獄の訓練をくれてやる! それが嫌なら死ぬ気で歩け!!」
「は、はいッ!」
背後から飛んできた凄まじい怒気に気圧され、新人団員達は限界を超えて走り出す。
その背中を満足そうに見つめてからルーナは誇らしげな顔でヴェルの方へと向き直る。
「どうだ、私の"会話"術は?」
「"恫喝"!! 今のは会話ではなく恫喝だよ!」
その様子を傍から見ていたヴェルが激しくツッコミを入れる。
「相手を一方的に恫喝する会話術が何処にあるんだよ! 少なくとも一般的には今のは会話とは呼ばねーんだよ!」
「ぐっ……しかしお前の時と違って私は返事を貰ったぞ? 今回の勝負は私の勝ちだな」
「お前はそんな勝ち方で良いのか? はぁ、ルーナに方法を決めさせた時点で間違いだったな」
会話下手な奴に会話の上手い下手を判断させようとしたのがそもそもの間違いだったと、ヴェルは溜息を吐きながらルーナに恫喝されて必死に走る新人団員の背中を見つめる。
(このままじゃ間違いなく潰れるよなぁ、何人かは今回の件が原因で脱退するかも……とはいえ俺みたいな穀潰しの手は借りたくないようだし、仕方ねぇ)
ヴェルは再び溜息を吐くと、前を走る新人達がこちらを見ていない事を確認してから魔術を発動させる。
ヴェルの身体から目を凝らさなければ見えないような薄い霧状の何かが噴き出し、前を走る新人団員の身体を包み込む。
「なんだ、急に涼しくなったぞ?」
「心無しか身体も軽くなった気がする、これならまだまだいけそうだ!」
息を吹き返した新人団員達、ヴェルが手を貸した事にも気付かず意気揚々と走り出すその姿にヴェルが三度目の溜息を吐くと、唯一ヴェルのした事に気が付いていたルーナが苦笑いを浮かべながらヴェルを見る。
「本当に損な性分だな、そういうところをもっと他人に見せて行けばお前に対する評価も変わっただろうに」
「これも俺の自己満足だから良いんだよ、他人からの評価が欲しくてやってる事じゃない。それにこのまま実地訓練が長引いたらそれだけ屋敷に帰る時間が遅れるだろう? 俺はさっさと屋敷に帰ってゲームの続きがプレイしたいだけさ」
「なるほど、確かにあのままの調子だと日暮れどころか日付が変わる前に――ん?」
「何かあったみたいだな」
二人の前方、先行していた新人団員達が足を止め、何名かはその場にしゃがみ込んでいるのが見え、二人は何かあったのだろうと新人団員達のもとへと駆け出すのであった。
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