騒がしい夜になりそう

『そう……元気に頑張ってるのね』

「うん」

『旭の声からもそれが伝わってくるわ。でも親としてはもう少し子供と会いたいって思うものよ……いつでも良いから顔を見せなさい』

「……分かった。その時はさ」

『えぇ』

「……大切な人、会わせたいかも」

『ちょっと……!? それってもしかしてそういうこと!?』

「な、何でもない! またな!」

『ちょっと待ちなさ――』


 う~ん……ちょっと口が滑ってしまった。

 母さんのあの様子なら父さんにもすぐ伝わるだろうし……これは本当にやらかしてしまったかもしれん。


「旭さん、ただいま」

「お、おかえり!!」


 電話が終わってすぐ、風呂に行っていた栞奈さんが戻ってきた。

 いつ見ても風呂上がりの彼女は色っぽく、常にドキドキさせられると言っても過言じゃない。

 母さんとの会話によって慌てていた俺だけど、バッチリ栞奈さんには目撃されている……その結果。


「誰と電話してたの?」

「……母さんなんだけど」

「お母さんと……? それは凄く良いことじゃ――」

「……………」


 少し……背伸びをしてみたくなった。

 彼女が風邪を引いたあの日から少しばかり経過し、会社の方でミーティングなんかがある時の送り迎え……まあ付き添うだけだがそういうことも熟したりしたし、動画の編集に配信部屋の掃除を一緒にしたり……それこそ全幅とも言える信頼もおいてもらわねば頼まれないことを多くやった。

 それでちょっと、こんなことを言いたくなったんだ俺は。


「母さんにいつでも良いから顔を見せてくれたら嬉しいって言われてさ」

「うん」

「……その時、大切な人も一緒に会わせたいかもって言っちゃった」

「あ……」


 栞奈さん、目を丸くして固まるの巻。

 しかしすぐに復帰したもののかあっと頬を赤くし、照れた様子で俯いてしまう。

 俺と栞奈さんの間に静かな空気が流れる中、栞奈さんはバッと顔を上げてこう言った。


「じゃあその内、必ず行こう! 何なら私もずっと支えてくれた人に会えたんだって両親に紹介したいし!?」

「か、栞奈さん落ち着いて!!」

「これが落ち着いていられるわけないよ!? あぁどうしよう……どんな風にお会いすれば……ふわあああああああっ!!」


 栞奈さん、更に興奮しておかしくなるの巻。

 でもこれって完全にあれでは……? なんて思いつつも、やはりこうして距離が近いからこそ嬉しいというか……他の人にはない優越感に浸ってしまう。


「旭さん、その日が決まったら是非教えてね! バッチリメイクとかして準備するから! もちろんお土産も買ってくからねぇ!」

「あ、はい」

「ふぅ! 今日の私はテンションアゲアゲ~! この調子で配信頑張ってきま~すぅ!!」


 あ、行っちゃった……。

 凄い勢いで配信部屋へと姿を消した栞奈さんだけど、まだ配信予定ではないのにやる気が満ち溢れるからとすぐに配信が始まった。

 こういうことは基本的にないだろうに、リスナーの人たちも栞奈さんのテンションには驚いている様子だった。


:何があった……?

:ざみさん……ついにおかしくなったか

:声もめっちゃ高いし

:酒でも飲んでんじゃね?

:近所迷惑は止めてね?

;確かにめっちゃうるさい(笑)


『テンション高いからある程度のコメントも許したる! 今日の私はとにかく機嫌が良いんだよ!!』


 スマホから響く栞奈さんの声に、俺はクスッと笑った。

 今日はいつものゲーム配信ではなく雑談配信ということで、内容は主に最近の出来事に関することを彼女は話すようだ。


『みんなさぁ、風邪はマジで気を付けた方が良いよ。実は私、少し前に風邪を引いちゃったんだよね』


:そうだったんだ

:ちょっと声違ったもんね

:お大事に

:無理しなくてええんやで


『無理はしてないよ。むしろ思う存分休ませてもらったし、何より心の休息もバッチリ! やっぱ偶には……ううん、少しでも変かなって思ったら休むのが大事だわ』


:それはそう

:普通の会社員はそれでも休めません

:それは会社が普通じゃねえ


 やっぱりこういう休みの話とかになると、現代日本の闇というか……どうしてもどうにも出来ない一面を文字で見ることが増える。

 栞奈さんのモデレーターとして注意深く文字を見ているからこそ、そういうのがこれでもかと視界に入り込んでくる。


『風邪の時はお粥で、リンゴとかもフルーツも良いよねぇ……夜になって体調が安定したらうどんも全然あり!』


 栞奈さん、それあの日の全メニューっす……。

 それからも栞奈さんはずっとテンション高いままを維持しながら配信を続けて行き、俺もモデレーターとしての仕事を全うした。

 今日も今日とてライン越えコメントは見受けられず、非常に平和な配信だった。


「……コホン」


 こういう時、一人だったら盛大にデカい咳払いをするのだが、栞奈さんと過ごすようになってかなり控えめにするようになった。

 彼女が配信をしている部屋は防音室なので、外からも内からも音は遮断されている……だからリビングのここから声を出しても届かないと分かっているのに、それでも気にしてしまうくらいには注意深くなった。


「……うん?」


 その時、突然栞奈さんからメッセージが届いた。

 どうやら雑談をしながらこちらに送ったようだが、リスナーはそれに全く気付いてはいない。


『真衣が来るらしいから入れてあげて』

「朝倉さんが?」


 どういうことなんだろうと、そう思っていたらインターホンが鳴ったので玄関に向かう。

 外の映像を見るとそこに居たのは朝倉さんで、俺は栞奈さんに言われたように彼女を部屋に入れた。


「あ、ありがとう友川さん」

「いや……俺もよく分かってなくてさ。栞奈さんが朝倉さん来るから入れてあげてって」

「……ま~じでありがとう!」


 しっかし……どうしたんだろうか?


「いやぁ……実はさっきまでホラゲ配信やっててさ。怖くなって一人じゃ寝れないってなってお邪魔しちゃった!」

「……………」


 そういえば、確かに彼女は栞奈さんと配信が被る時間帯にホラゲ配信をやってたような……えっと、それってつまり?


「今日はこっちにお泊まりしますのでよろしくお願いします!」

「……はぁ」


 ……じゃあホラゲはしなければ良いんじゃ……なんて思ったのは俺だけですかね。

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