これからのこと

「……ふぅ、疲れた」


 今日はまるで、今までの忙しさを忘れるかのように朝からずっとゲームをしていた。

 栞奈も得意としており、よく配信しているFPS系のゲームだ。

 俺は……まあ彼女ほど出来るわけもなく、ましてや普通にやっている人よりも下手くそ……それもそうだ。

 だって全くやったことがないのだから。


「……あ~」


 いやぁ……ゲームって疲れるわ。

 と言っても三時間くらいはずっとやっていて、ボイスチャットで互いに話をしながらプレイしていた。

 彼女が使っている現状最高スペックのパソコンはともかく、俺のノートパソコンだと動かすのがやっとだったが。


「旭、お疲れ様」

「あぁ……お疲れ栞奈」


 俺の疲れを分かってくれている彼女は、クスッと笑った。

 楽しいゲームの時間ではあったが慣れないというのは中々疲れてしまうもので、心底楽しそうな栞奈の傍で俺はもうクタクタだ。


「栞奈、甘えさせてくれ~」

「いいよ~」


 おいでと、腕を広げた彼女の胸に飛び込む。

 ふんわりとした柔らかさを顔面に感じるも、こんなことをしているのはいつも以上に疲れているから。


「可愛いなぁ旭は」

「……今日はめっちゃ疲れたわ」

「ごめんねって謝った方が良い?」

「ううん、謝る必要ないよ。そもそも、あの栞奈と……いや、この場合は時刻いろはとゲームが出来てることに喜びを感じてるって言おうかな?」

「私はいつも通り……ううん、一緒にやる相手が旭だったからずっと楽しかった」


 しっかし……女性の胸というか、こうやって抱き着いて相手の体温を感じているとどうしてこんなに安心するのだろうか。

 この安心感は一度でも経験したら絶対に手放せなくなる……なるほど、恋人を失った人がこれでもかと情緒不安定になる呟きだったり、経験談をふと目にすることがあるが……こういうことなのかな。


「そういえば」

「うん?」

「カード、ちゃんと使ってる?」

「……………」


 彼女の問いかけに、俺はうんと頷けなかった。

 栞奈が言ったカードとはクレジットカードのことで、栞奈が新しいカードを作りそれを渡してくれたのだ。

 正直なことを言えば……絶対に使うことはないと思う。

 栞奈はこれからも一緒だから共有するのは当たり前と言ったけど、やっぱりそこはキッチリするべきだと思ったからだ。


「流石にちょっと気持ち的に難しい部分があってだなぁ……」

「う~ん……そんな気にしないで良いのに」


 でもこれ、俺は同時に思った。

 もしも栞奈が金遣いの荒い……それこそ最悪の体験談として聞くような男に引っ掛からなくて良かったなと。

 今となってはそんなもしもを考えると虫唾が走るけど、とにもかくにも栞奈は本当に男をダメにするタイプの子だ。


「ま、追々慣れて行こうよ」

「……おう」


 なんというか、どうして使ってくれないのってその内病んだ状態で言われそうな気もしている……そうなった時、俺は果たしてどこまで手を付けずに居られるんだろうなぁ……あまりにも贅沢すぎる悩みだわ。


「ねえ、旭」

「うん?」

「私ね……その内、いつかこういうことがあったんだって話が出来る日が来るのを楽しみにしてるの」

「つまり?」

「まあないとは思うけど……配信でご報告って感じで、ずっと私を支えてくれた大切な人と結婚しますって」

「……荒れるね確実に」


 それは絶対に荒れる!

 もちろんただ言ってみただけらしく、ほぼ確実に荒れるであろうことは栞奈も理解していた。


「ま、リスナーの人たちは八女栞奈ではなく時刻いろはを応援してくれているし……そこに別のことを入れ込むことは出来ないかなぁ。もしもやるとしたらVtuberを引退するって決めた時、最後の配信の時に言ってやろうかなって」

「……おぉ」


 それは荒れない……いや荒れるな絶対に。


「この世界ってさ、転生とかあるじゃん?」

「うん」

「そういうのは無い感じ?」

「まあね。私の声って特徴的だし、これを変えるとなったら無理に声音を高くしたりするしかない……転生自体別に悪いとは思わないけど、時刻いろはとして重ねた数字は取れなさそうだし」


 確かに……言ってしまえば転生なんていくらでも見てきた。

 それが成功に働くこともあれば失敗になることもあって……まあでもその人に集まったファンは喜んで付いて行くだろう。

 そういう意味では栞奈にも多くのファンが付いてくるだろうけど、この様子だと時刻いろはを辞めたらもう配信はしないみたいだ。


「ま、何だかんだ言ったけどしばらく辞めるつもりはないかな。せっかく採用してもらって、そこから積み上げた今……それと大事なみんなともっと一緒に居たいし」

「……エモだな」

「でしょ~? 他のみんなもきっとそうだと良いなって思う」


 こういう話を聞けるのも彼女の傍に居るからこそ……かな。

 それから少しばかり気分が乗ったのか、栞奈はこれからの未来図を楽しそうに語り出す。

 何がしたいのか、どんなことをやりたいのか……それは実現が難しいとは思いつつも、栞奈が持つ立場を使えば出来そうなことだ。


「栞奈ならやれるさ……きっとやれる」

「見守ってくれる?」

「もちろん。というかそれを傍で見れることの方が役得すぎる」


 だからどうか、これからも君を見守らせてほしい。

 そのために勉強している……おそらくだけどこれからに必要なことの七割くらいは既にやれるようになった。

 ほんと、モチベって大切なんだなと前の会社の頃と比べて強く思う。


「……ふぅ!」

「きゃっ♪ もうこら! 胸の間で強く息を吹きかけないでよぉ♪」


 ……でも最近、ちょっと栞奈が色気を押し付けるような方向にシフトしだしたのがちょっと不安です。

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