俺たちのペース
「……お、これにしようかな」
時刻はそろそろ夕方の五時になろうかってところだ。
俺が居るのはとあるケーキ屋さんで、事務所に行っている栞奈の迎えのついでに来ていた。
あまりこういうのを買ったりすることもなかったし、偶には栞奈と甘い物でものんびり食べようと思ったのだ。
「ま、アイスとかは結構食べてるけど」
ちなみに最近、夜になると基本的に栞奈はアイスを食べている。
やはり配信をすると頭が疲れるのだが、そこで甘い物を摂取することが良いと気付いたらしい。
まあ、それがずっと続いて太ることが怖いらしいが……だから三日に一回くらいに変えたいって言ってたっけ。
「ありがとうございました~!」
イチゴのショートケーキを二つ買って店を出た。
その後は適当にぶらぶらしながら栞奈が出てくるのを待つわけだけど、こうして待っていると辺りをチラチラと見てしまう。
その理由は怪しい人が居ないか……それを探してしまうのだ。
「あの人……結局どうなったのかな」
気になるのは、栞奈を襲おうとして俺を刺したあいつだ。
結局逮捕された後のことは知らないし、俺も栞奈もわざわざ思い出す必要がないモノとしている……というか、俺たちに不幸を撒き散らそうとした奴のことは既に記憶にないものだと思っている。
それでも栞奈は時折ふと思い出して体を震わせることもあり、今となってはそういう姿を見る度にあの野郎ってなることはあるかな。
「お、終わったか」
事務所から段々と人が出てきた。
同年代か少し下か……或いは少し年上の女性たちを見ていると、その集団の正体を知れていることがやはり不思議な気分だ。
少し遅れて朝倉さんと一緒に栞奈が降りてきたが、傍には最近知り合った東条さん……朝倉さんとは別に同じマンションに住んでいる女性の姿もあった。
「……あ」
目が合った瞬間、栞奈は集団から抜け出すように走り出す。
朝倉さんと東条さんがあ~っと頭を抱えたが、栞奈はそれを一切気にすることなく傍へ……そして腕を抱いてきた。
「お待たせ旭」
「……おう、お疲れ栞奈」
「……あ」
っと、そこでようやく栞奈は気付いたらしい。
俺は怖くてそっちを見れなかったけれど、栞奈はチラッと背後を振り返ってしばらく固まり……そしてふぅっと息を吐いて歩き出した。
「気にしないで行こう!」
そう言って栞奈はグッと俺の腕を引くのだった。
今日の夜も配信があるらしいし、その時にメンバーの誰かに聞かれるんじゃないかと思うが……まあ、流石にそれは裏でのやりとりになるかスルーされるか……栞奈に全部任せるしかないか。
「栞奈を待つ間にケーキを買ったんだ。夕飯の後にでも食べない?」
「え? そうなの!? 食べる……って言いたいけど、最近はアイスとか甘い物食べ過ぎてるし……でもでも、旭が買ってくれたのなら食べないわけがないってね!」
「ははっ、そこまで喜んでくれたなら嬉しいよ。でも……栞奈が仮に今よりちょっと変わっても俺は全然――」
「女の子はそう言われても太りたくないものなんだよ!?」
凄い剣幕で言われ、俺はごめんと素直に謝った。
やはり女性に対して体重の話は厳禁だな……とはいえ、俺たちの関係値だからこそ言えることもある。
それでも気を付けるべきことではあるが。
「全然気にしてないけどね♪」
「でも気を付けるべきではあるよな」
「そうだねぇ。私以外には言っちゃダメだよ?」
「……またそうやって栞奈は甘やかす」
「う~ん、悪意がないからだよ? それに旭と築いた関係値に基づいてのことだから」
「そっか」
「うん♪」
それから俺たちは賑やかに会話しながらマンションへと戻った。
帰って先に彼女が風呂に向かった際、スマホを見ると朝倉さんからメッセージが届いていた。
ふとした時に連絡先を交換したけど……たぶんさっきのことだと思いつつ見てみる。
『さっきの、大騒ぎってほどじゃないけどみんな驚いてたよ。ただ家族構成とかはそこまで知らないのもあって、栞奈に彼氏が出来るわけないってことでお兄ちゃん説出てる(笑)』
……なんだそれ。
というか俺からすれば栞奈は絶対にモテるだろうって感じだけど、同性で彼女を知っている側からすればこういう風になるのか……それはそれで栞奈が不憫な気もするけど。
そこから朝倉さんと軽くやり取りをした後、今日の配信前にもフォローは入れておくとありがたい言葉をもらった。
「上がったよ~」
「じゃあ行ってくる」
「あ、ちょっと待って」
「え?」
立ち上がった俺に、栞奈がギュッと背中に腕を回すように抱き着く。
「お風呂上がりの良い匂いを擦り付け~♪」
「……どうせすぐに流れちまうけど?」
「うふふ~♪ ドキドキさせるのが目的なんだよ」
……最近、本当に彼女のこういうアピールが強いと感じる。
こんなのがもうずっと続いてしまったらいつまで俺は我慢出来るのかなってのが一番の悩みかもしれない。
栞奈のことだし嫌われることはないだろうし、むしろそれを狙っているように思えるのも……彼女とずっと過ごしてきたことで分かったことだからなぁ。
(本気で俺を一生離れられないようにしようとしてる……か)
体の関係まで持ってしまったら、真の意味でそうなりそうだ。
もちろんそうなることを望んでいるわけだけど、その逆もあって良いかなって思っちゃったりするよな。
「お風呂行かないの?」
「行ってきま~す」
まあでも今は、俺たちのペースで恋愛を楽しもう。
俺にとって憧れのVtuberでもあった中身である彼女との、掛け替えのない日々を。
【あとがき】
次回で終わりです!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます