捕まっていたいって?

 Vtuberしかり、芸能人しかり、普通の配信者しかり。

 ある程度有名になってくると多くの視線が集まるもので、俺自身としては時折起こる騒ぎを見てよく気付けたなと思う物も多い。

 その代表例となれば、やはりSNSの裏垢とかだろうか。

 裏垢にも色々な種類があるものの、意識せずとも目に入るのは一夜限りの関係を作りませんかとか、単純に自分の物かどうかも分からない際どい写真を投稿したり……それ以上にあるのはやはり愚痴かな?


「……ま~た炎上してるわ」


 少々暇を持て余していたので、SNSを適当に見ていた。

 すると有名なVtuberの裏垢と思われるモノが発見され、そのアカウントから発せられているメッセージが結構な人を敵に回すモノだった。


「……こええぇ」


 とはいえ、このVtuberのことは俺も知っている。

 一応企業所属なのだが度々炎上発言なんかもあって燃えており、ある意味で表と炎上の仕方は何も変わらないのだが……やはりその裏垢で語られていた内容が差別発言というのが大きかった。


「何してるの?」

「……これ見てたわ」

「え? ……あ~」


 ちなみに、このVtuberを栞奈は認知しているだろう。

 というのも彼女自身はコラボとか話した経験はないだろうけど、シトリスのメンバーでこの人とコラボをした者が居るからだ。


「この人……いつかはやるだろうなって思ってたけど、こんな盛大にやらかしちゃうなんてね」

「栞奈は……全然絡んだことないの?」

「表はもちろん裏でも全くないよ? 同じ世界で活動する以上、ある意味仲間だから悪いことは言いたくないけど……この人、私は好きじゃなかったから」

「へぇ……」

「誰とでもコラボしたり、関われるのが一番だろうけど……私は結構嫌な物は嫌って言うから」


 なるほど……今までこういう話をしなかったから少し新鮮だ。


「でも私は絶対に表に出さないからね。そういうのって面倒だし、そもそもこの発言をしたり行動したら炎上するって常識的に分かってるし」

「ほうほう」

「ほら、やっぱり何も問題を起こさない方が色んな面で良いんだよ。だからどんなに機嫌悪くなったり、イライラすることがあっても配信が終わった後に軽く台パンして終わりだから」


 自分の怒りや、感情そのものをコントロール出来るってのは大事なことだよなぁ。

 たとえば、怒りが頂点に達して吐き出したくなった時……特に中学生とか高校生だと相手を傷付ける言葉だったりを口にするはずだ。

 その時は特に何も思わなくても、時間が経ったらどうしてあんな風に言ってしまったんだと後悔する……まあでも、今はあまり気にしなくて良さそうだが。


「俺はそういう立場じゃないから心配はないけど、そもそも怒りを持つこともなさそうだな。傍に栞奈が居て幸せすぎてさ……怒るよりも笑顔が溢れて機嫌が良くなっちゃうから」

「ふふっ、それってもう私が居ないとダメじゃない?」

「ダメだね」

「……………」


 ダメだね……情けないけれど、ここは栞奈に少し甘えてみたくなったので言ってみた。

 すると彼女はいきなり言葉を止め、スッと下を向いて口を噤んだ。


「そこまでハッキリ言ってくれるなんて嬉しすぎるよ……好き」

「っ……」


 いや……俺もそういうストレートな好きには弱すぎる。

 その後、調子を取り戻した栞奈は立ち上がり風呂へ……今日は後三十分もすれば配信が始まるので、先に彼女が風呂へ行く日だ。


「あ、そうだ」

「どうした?」

「一緒にお風呂、入らない?」

「……え?」


 ちょっと待て、今彼女はなんて言った?

 ドクンドクンと高鳴る心臓のままに、次に続く彼女の言葉を待つ。


「ほら、付き合ってるんだしそれくらいはね? それでどう?」

「……………」


 付き合っている彼女とのお風呂……確かに憧れはする。

 けれどそれは心の準備無しに言われても正直……あぁいや、こういう時こそ勇気を出して頷くべきでは!?


「は、入る!」

「うん!」


 ……言ってしまったと、後悔する間もなく栞奈と風呂へ。

 さて……そこからは本当に一瞬だった。

 俺自身意識はしっかりとあったのだが、あまりにもテンションが上がっていたせいで冷静に物事を考えることが出来なかった。


「……つまるところ、逆上せちまった」


 栞奈の真っ白な肌、ふんわりと膨らんだ大きな胸……水に濡れて肌に張り付く髪の毛の色っぽさ。

 う~ん……これでもかって楽園の光景が広がっていたのに、それをちょっとしか見ることなくダウンしてしまうとは情けない……もっとしっかりしろよ俺!


「……ふぅ」


 傍に置いていたスポーツドリンクを喉に流し込み、何とか気持ちを落ち着かせてパソコンを起動させた。

 既に栞奈は配信部屋に入り、準備を始めていることだろう。

 今日もまた彼女のモデレーターとして、そして時間があればもっともっと勉強をしていかないとな。


「ちょっと頑張りすぎな気もするけど、その相手が栞奈だからこそどんどんやる気が出てくるんだよな」


 栞奈のために、やれることをやっていく。

 これが最近の俺の感覚なんだが、これを口にする度に栞奈がそれはもう嬉しそうに笑ってくれるんだけど……時々ちょっと怖いって思うくらいにこれでもかと引っ付かれることも増えた。


「でも……これが良いんだ」


 誰かに執拗なまでに必要とされること……それに心地良さを感じているからこそ今が良い。

 なんというかもう……完全に俺は彼女に捕まっているなぁ。

 いや、捕まっていたくて仕方ないんだろう。

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