これからの未来は華やかだ

「……あは~ん♪」

『え、何今の声』

『めっちゃ機嫌良さそうな声だったね』

『いろは?』

「う~ん?」

『いやいや、今のアンタだったでしょ?』

「私だよ~? いやっは~ん♪」

『ダメだこりゃ』


 時刻いろはとして今日も栞奈は配信活動に勤しんでいる。

 現在時刻は深夜二時ということで、最近にしては珍しいちょっとばかり遅い時間まで配信が続いていた。


(いやぁ……最高の気分だわ!)


 もはや酒でも入ってるんじゃないかってくらいにテンションの高い栞奈なのだが、その理由は当然同じ場所に住んでいる旭だ。

 栞奈としては、彼が傍に居ればそれだけで良かった。

 彼のモノになりたい、彼を自分に繋ぎ止めたい……そんな重い感情を抱き続けているのは変わらず、更に言えば何もせずただ傍で見つめてくれるだけでも良かった……その瞳に自分を映してくれるだけで良かったのだ。


(それなのに私を想って色々してくれる……それが嬉しい♪)


 命を救ってもらった以上は、彼を支えるのが私の役目だと……栞奈はずっとそう思っていた。

 けれど旭は進んで色々なことをやってくれる。

 配信が遅くなれば夜食を作ってくれるし、モデレーターとして遅い時間まで付き合ってくれる……事務所まで行かなくてはならない日は送り迎えをしてくれるし、最近では動画の編集さえもモノにしてきた……以前からそうだが、共に生きるパートナーとしても栞奈にとって旭はなくてはならない存在になっていた。


(私の心の支え……パートナー……くふっ♪)


 バンバンと、自分を抑えきれないかのように机を叩く。

 もちろんその音をマイクは拾ってしまい、なんで台パンしてるんだと他の子たちは困惑だ。


『ちょ、ちょっと栞奈……?』

『先輩が壊れちゃった……』


 もちろんコメント欄も何だなんだと困惑の様相を呈している。

 中には彼氏が出来たんだろとか、男が居るんだろと真実そのままのコメントがあったが、もちろんそんなコメントはネタとして扱われ拾われることもなければ相手にされることもない。

 まあ、そのコメントをした本人がどう思っているのかは分からないが。

 本気か、或いはネタか……それは誰も知る由はない。


『それじゃ、そろそろ終わろっか』

『は~いお疲れ様でした~』

『お疲れ様ですぅ』

『お疲れ~』

「お疲れ様~」


 程なくして……深夜三時になろうかといったところで配信は終わった。

 夜九時から始まった配信……単純に六時間もやっていたことになるが、最初に居た一万五千人の視聴者も七千人にまで減っていたものの、平日だというのに大したものだ。


「……ふぅ」


 配信部屋から出てリビングに向かうと、心底眠たそうに目を擦る旭が居た。


「旭」

「あぁ……お疲れ栞奈」

「うん。旭もお疲れ」


 実はまだ、こんな姿を見せられると付き合わせていることに対する申し訳なさはある……けれど、旭がこれを望んでいるのだから栞奈からすれば止めてとも言えない。


(う~ん……違うね。私が望んでるんだ……旭が私に全部合わせてくれることが嬉しくて……本当の意味で一心同体かのような今の生活を!)


 こうなるように仕向けた……彼がもっと、自分に溺れ……自分の傍に居たいと思うようになることを心掛けた。

 そこに悪意は一切なく、どこまでも重い愛だけがそこにはあった。

 ただ旭にとってはまだ今の生活に思う部分があるらしく、ブラック企業に勤めていた頃に比べたら明らかに楽すぎる現状に落ち着かないらしい。


(これで良いんだよ旭……あなたはただ、私の傍に居れば良いの)


 結局のところ、愛さえあれば何とでもなる。

 そして生きていくのに必要な金も普通以上には溜めてある……だから何も怖いモノはない。

 それこそ今この瞬間に配信者を辞めたとしても、あまりにもぶっ飛んだ生活をしなければのんびり暮らしていけるほど……だから本当の意味で栞奈と旭を阻むモノは何もない。


「旭、もう寝るよね?」

「流石になぁ……っと、あぁそうだ。明日投稿する予定の動画の編集は終わったから」

「ほんと?」

「明日確認してみて」

「分かった。確認しなくても大丈夫だとは思ってるけどね」

「それでも頼むって」

「ふふっ、分かった」


 このようなやり取り……とにかく旭とのやり取り全てが栞奈にとって楽しくて仕方ない。

 彼への愛を更に増幅させ、もっともっと好きになってしまう。

 際限のない愛は天井知らずに増え続け、どこまでも彼を優先するだけの女として栞奈を強くしていく。


「次は……その内かな」

「え?」

「何でもないよ。じゃ、寝ようか」


 付き合い、キスもして狙うは次の段階……その深い関係性を持ってトドメとなるだろう。

 栞奈は今以上に、そして旭もまた今以上に栞奈への想いが強くなるはずである――もはや旭はこの家から逃れることは出来ない。

 元々事件を発端に会えなかったとしても、必ずどんな手段を用いてでもトモカワという存在の正体を暴くつもりでいたのだから。


「ねえ旭」

「うん?」

「まだ普通に就職しようとか考えてる?」

「……ま、まあそれはな」


 そっかと栞奈は下を向いた。

 旭が決して気付かないように隠れて嗤う栞奈……それは、旭が元々抱いていた仕事への気持ちが薄れていることを感じたからだ。

 まあVtuberとしての栞奈をサポートするというのも立派な仕事ではあるのだが、それでも栞奈の功績に縋るだけで良いのかという認識が僅かにでもあるせい……だがその心配もないと栞奈はほくそ笑む。


(それで良いんだよ旭……それでねぇ!)


 顔を上げた栞奈は、見惚れるような綺麗な表情で旭を照れさせる。

 こうして二人は今日もまた寝室へと消えて行った。





 あなたはもう、私に捕まった。

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