相談に乗っていた人がまさかの大人気Vtuberでヤンデレだった件

みょん

相談者はVtuberらしい、そして刺された

 今からちょうど二年くらい前だろうか。

 既に配信者という存在が一般に幅広く周知され始めてからしばらくした頃に、Vtuberという存在が出てきた。

 自らの顔を晒す必要がなく、あくまでそのキャラクターという存在になるVtuberは多くの人を惹き付け、そして多くの人たちがそれを目指すという構図が出来上がった。

 別にそれがあったからとかそういうことではないが、当時の俺はちょっとした出来心でとあるサーバーを作った。


【お悩み相談室~ちょっとでもあなたの悩みを話してみませんか?~】


 まあなんだ……将来のことを深く考えてなくて、適当に就職したブラック企業で心をすり減らしていた俺は、とにかく会社とは何も関係のない誰かと喋りたかったんだ。

 家族には……心配とか掛けたくなかったので相談もしておらず、逆に俺の相談も聞いてくれないか……なんてあまりにも浅ましい考えから作ったサーバーだけど、当然のように人は来なかった。


『すみません、相談よろしいですか?』


 けれど、そんなサーバーに一人の存在が現れた。


『えっと……ゴンザレスです』


 名字をそのままカタカナにして使っていた俺のトモカワと違い、その人はちゃんとした名前というか……何があっても身バレに繋がらないユーザーネームだった。

 トモカワです初めまして、そんな言葉からチャット交流は始まった。

 まず一つのルールとして互いのリアルに関するやり取りは、絶対に何があってもしないこと……それを絶対の掟として俺たちは交流した。


『私、Vtuberとして活動しているんですけど』


 ゴンザレスさんはVtuberとのことで、中々伸びない登録者や再生数についての悩みを持っていた。

 もちろん俺はそういう道に精通しているわけではないので、何を言えば良いんだろうと思いながらも、自分に出来る範囲で必死に言葉を紡ぎながらゴンザレスさんに寄り添った。


『トモカワさん、最近登録者が増えてきて……配信の方も自分のスタイルが出来上がってきたと思います』


 ゴンザレスさんとやり取りをしてから半年が経ったくらいだったか。

 その頃から登録者や再生数が伸びてきたということで、確かな手応えをゴンザレスさんは感じていた。

 俺は何もしていない……アドバイスも出来てないし、ただただ思ったことや感じたことを言っただけ……そしてゴンザレスさんに必死に寄り添っただけだ。


『これも全部、トモカワさんが相談に乗ってくれたからだと思います』

『いやいや、俺はただ話を聞いただけですよ。それでもこうして結果が出てきたのは、元々ゴンザレスさんに才能があったからですよ。ようやくあなたを世間が見つけたんですよ』


 ブラック企業で働くのは疲れる……心身共に疲れる。

 それでも続けているのは変わることを選ばない自分自身の弱さと、そして家に帰ったら誰かとやり取りが出来る癒しがあったからだと思う。


『歌ってみたとかは恥ずかしいんですけど、事務所のみんなの記念配信とかでは頑張ろうかなって思ってます』

『良いんじゃないですか? まあこうして俺たちはずっと、文章のみのやり取りですけど、きっとゴンザレスさんは可愛い声とかしてそうですし』

『可愛い……ありがとうございます。ただ、結構ダウナー系の声質とは言われますね』


 声が可愛いとか……まあどんな物にせよ、女性に対して可愛いだなんてそうそう言えるもんじゃない。

 けどずっと長くやり取りを続けていたからこそではあった。

 俺とゴンザレスさんのやり取りは本当に続いた……登録者や再生数が増えたということはきっと彼女は売れっ子なんだろうし、事務所所属というのも凄いことだと思う。


『あの……昨日はどうして来られなかったんですか?』

『えっと……ごめんなさいゴンザレスさん。昨日は仕事がしんどくて、そのまま寝ちゃってました』

『……そうなんですね。私ったら、詰め寄るような書き方をしてしまってごめんなさい』


 ずっとやり取りを続けたのに、俺は彼女からどんな名前で活動しているのかも聞いたことはない。

 興味がないわけではなかったが、やはり今の距離感が凄く良いと思ったのが大きかった。


『もうすぐ二年ですか……トモカワさん、いつもありがとうございます』

『いえいえ、まさか俺もこんなに続くとは思いませんでした。どっちかが興味無くなって終わるかなって思ってましたし』

『そんなことは……興味が無くなるなんてあり得ません』

『そうですか? まあでも、このお悩み相談も本来は多くの人に向けたモノでしたけど、結局ここを見つけてずっと利用してくれたのはゴンザレスさんだけでしたよ』

『他の人が来てしまうのは嫌です……私の時間が減りますから』

『おぉ……凄い嬉しいこと言ってくれる!』

『当然のことを言っているだけです。配信で疲れても、中傷を受けても、配信を荒らされても、私にはここがあるからって思えますから』


 俺はただ話を聞いているだけ……でもこんな風に言ってくれるのは心から嬉しかった。

 さて、どうして俺がいきなりVtuberの話をしたかというと、唯一の相談者であるゴンザレスさんがそうだったから……これからも俺は、このやり取りを続けて行きたいって……そう思っていただけ。



 ▼▽



「……さ~てと、どうしよっかな」


 今日、俺は学生を卒業してから勤めていた会社を辞めた。

 ブラック企業ってことで本当にクソみたいな会社だったけど、本格的に邪魔者を見るような目を向けられて……ショックとかはなかったけどスッパリと辞めるきっかけにはなった。

 上司も嫌な奴だったし、同僚はその上司に気に入られて俺を下に見るような奴で、同じくらいに嫌な奴だった。


『とっとと失せろ』

『消えろ消えろ~!』


 目を閉じれば、嫌なその顔が蘇る。

 俺はそれを忘れるようにスマホを取り出し、イヤホンを付けてyoutubeアプリを起動させた。


「こういう時は時刻いろはの雑談に限る」


 最近……いや、結構前から俺の中でVtuberがブームになった。

 ゴンザレスさんとの話には特に出してないけど、暇な時間が出来たらVの生配信やアーカイブを軽く見るくらいには面白いと感じている。

 その中でもよく見るようになったのが時刻ときざみいろはさんというVだ。


『みんなおっす~、おはよう~、こんにちは~』


 若干ボーイッシュというか、ダウナーな声質の人だ。

 Vとしてのキャラは見るからにお姉さんって感じだけれど、喋り方は基本的にこんな感じだ。

 彼女はこの業界の中でもかなり大きな事務所所属で、登録者も80万人を先日突破した大物さんである。


『今日さっきお茶漬けを食べて……ふわぁ』


 眠たそうな声が可愛らしい。

 ダウナーな声質ではあっても、ホラゲーとか感情が乗るゲームをやるといつもより声が高くなったりして、その度にコメントで可愛いとか言われることが多い人だ。


(ダウナーな声質か……)


 ゴンザレスさんは自分の声がダウナー系って言ってたけど、もしかして時刻いろはがゴンザレスさん……なわけがないかと、こう考える度に俺は笑ってしまう。

 取り敢えず、今日も夜にゴンザレスさんとやり取りをする約束だ。

 仕事を辞めたことを話すかはともかく、彼女とのやり取りで嫌なことは全部忘れさせてもらおう……生きていくために、次の仕事とかも考えないといけないしな。


「……うん?」


 昼間ということで、多くの人で行き交う街中。

 そこで俺は怪し気な男性を見つけた……というのも、あまりにも挙動不審な様子で歩いていたからだ。


「なんだ……?」


 その不審な様子は周りの人も気付いており、一定の距離を保っている。

 そんな男性の向かう先には……背を向けている女性の姿があった。


「いやいやまさか……そんなねぇ?」


 俺の中で嫌な予感が広がる……。

 そんなことはないと思いつつも、俺はその二人から目を離せず……そのまま尾行した結果が……これだ。


「ぐっ!?」

「あ……」


 えっと……どうなったんだっけ?

 男性が急に走り出して……女性が気付いて避けて、それで庇うように女性の前に立ったら腹に……ナイフが刺さってた。


(……痛いな)


 痛い……凄く痛い……いや、痛いという熱いって感じだ。

 刺されたのに妙に落ち着いてるって……? んなことあるかよ、単純に意識が朦朧としてんだよ……。


(俺……死ぬのかな?)


 そう思った瞬間、両親の顔が脳裏を駆け巡った……そして俺は気を失って倒れるのだった。

 結論としては、俺は死ななかった。

 それでも街中でナイフを突き立てられたということで、間違いなくそれなりに事件となった……いやね、助かったことは嬉しいんだけど凄くその後が面倒というか長かった。


「……はぁ」


 疲れた……すんごく疲れた。

 ゴンザレスさんとのやり取りは結局出来なくて、そもそもそんな暇がなくてそれ以降のやり取りもない。


「……そういえば」


 意識を失う前、女性の声というか……必死に掛けられる声を聞いたけどどこかで聞き覚えがあるような気がしたんだが、流石に気のせいか。


「……ふむ」


 詳しく話を聞けば、あの女性は無事らしく安心した。

 この入院生活……これからどうやって過ごそうかなと考えていた時、看護師さんが入ってきた。


友川ともかわさん。今……友川さんにお会いしたいという方が来られてるんですが」

「誰ですか?」

「……事件の時、襲われかけた女性と付き添いの方らしいです」


 もちろん俺は驚いたが断る理由はなかったので通してもらったのだが、この出会いが、更に俺の人生を変えることになる。

 その時の俺はこれっぽっちもそんなことは想像出来るわけもなく、そして色んな意味で大切な人が出来るとも考えていなかった。

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