ゴンザレスさん

 一応、こうして俺は助かったけど殺傷事件だったことに変わりはないので、目を覚ましてからは本当に色々と面倒だった。

 ただ意識を失ったにしては綺麗に臓器を避けるという奇跡が起きたらしく、見た目や流れた血に反して軽傷よりではあったらしい……本当に運が良かったと言わざるを得ない。


『俺はこうして無事です……あの時、襲われそうになっていた女性は大丈夫でしたか?』

『あの……一応あなたは刺されてしまった被害者ですよ? それなのに他人を心配するんですか?』

『まあそりゃそうなんですけど……だってほら、俺は守るために動いたんですしどうなったかは気になるじゃないですか』


 もちろん助かって良かったと安心した……でも俺としては、あの後に女性がどうなったかは気になるだろ――もしもその後、俺が倒れた後にあの人が殺されでもしてしまったら俺が浮かばれない……死んでないけど。


『彼女は無事ですよ。ただ、あまりにもショッキングな光景になったのは言うまでもありません。意識を無くしたあなたを見つめて呆然としていましたから』


 それなら、どうか俺は大丈夫だからと伝えてほしい……彼女に関してはそれっきりだった。

 でも……。


「失礼します」

「……失礼……します」


 まさか……こうして顔を合わせることになるとは思わなかった。

 スーツ姿の男性と私服姿の女性……彼女は一瞬、俺と目を合わせたがすぐに俯いてしまう。

 たぶんだけど彼女自身何を言えば良いのか分からないんだろう。

 まあでも、こういう時こそ俺が最初に口火を切るべきだ。


「あなたが無事で良かったです」

「……え?」


 ハッと、女性が顔を上げた。

 ……綺麗な人だって、素直にそう思う。

 この都心……つまり日本に住む多くの人がもっとも集まる場所と言っても過言じゃないので、色んな人を見てきた。

 その中でもこの女性は……今は暗い雰囲気が前面に出てるけど、それでも凄く綺麗な人だと素直に思える。


「俺はこうして無事で、あなたの方も無事と聞きました。もちろんあんな目に遭ったので心の整理が付いてないのは……まあ見て分かりました」

「……………」

「ですが敢えて、助かった俺から言わせてもらえるのなら……助けようとしたあなたが無事で、それが何より俺には嬉しい。だから気にするなというのも難しいかもしれないですが、本当に俺は大丈夫ですから!」


 言葉を挟む余裕もないほどに、そう伝えた。

 女性と……そして男性も同じように目を丸くしていたが、その後すぐに二人から感謝の言葉と、そして本当に傷は大丈夫なのかと心配された。


「マジで大丈夫っす! ほらこんな風に――」


 マッスルポーズを取ろうとしたら、腹部から強烈な痛みが走った。

 間違いなく無理をしようとした結果の痛み……傍で見守ってくれていた看護師さんが呆れた顔をしていたのが非常に心に刺さる。


「……すんません、流石に痛かったっすわ」

「全くあなたは……」

「……ふふっ」


 呆れかえる看護師さんとは別に、女性はクスッと笑った。

 しかしすぐに笑ってごめんなさいと謝罪をされてしまったが、今のを笑ってくれたからこそ俺の無茶にも意味があったというものだ。


「全然良いです。その笑顔、最高っす! ……っ!?!?」


 な、なんで……親指を立てただけなのに腹が痛いっ!?

 呆れを通り越して叱ってくる看護師さんの言葉を甘んじて受け入れ、そしてようやく落ち着いて会話が始まった。

 ちなみに看護師さんは邪魔をしては悪いと思ったのか退出した。


「この度は本当にありがとうございました。そして、私の問題であなたを巻き込んでしまったこと……本当に申し訳ありませんでした」

「私の方からも謝罪をさせてください。本当に申し訳ありませんでした」

「……分かりました。では、謝罪を受け取ります――んで、これで終わりで良いっすよね?」


 とにかく、何度も言っているが俺は無事だった。

 そして彼女も無事だったんだ……ならそれで良いじゃないかというのが俺の気持ちなわけで。


(……っていうか、なんか聞き覚えがある声なんだよな)


 そう……話をする中で俺は一つ気になったことがある。

 それはこの女性の声……どこかで……それもかなり身近な感覚で聞き覚えがある気がしてならない。

 そんな感覚を抱きながら、俺は軽く事情を教えてもらった。

 あのナイフを持っていた男なんだが、あの男については顔を知らないとのことで知り合いではないらしい。


「何故知り合いでもないのにあんなことが……と思いでしょうが、それは彼女の仕事に関係があります」

「仕事……?」

「マネージャーと話をしただけでなく、会社の方にも了承を得ています。流石にあなたに何も説明をしないというのは不義理ですから」


 そうして、彼女は決定的で……そして俺の抱いた違和感を一瞬にして拭い去る答えを口にするのだった。


「Vtuberをご存じですか?」

「え? あぁはい……」

「私は、時刻いろはという名前で活動しています」

「……………」


 時刻いろはという名前で活動している……それを聞いた瞬間、全ての音を置き去りにするような衝撃だった。

 一般的には、Vtuberというのはそこまで有名とは言えない。

 だが俺のように動画をよく見たり、Vtuberという物を知っている層からすれば彼女はとてつもなく有名人ということになる。


「どうりで……声が似てるなって思いました」

「……知っていたんですね」

「えっとはい……実はその……あの時イヤホンしてたでしょ? 二日前にあったあなたの雑談配信を聴いてたんです。ちょうど夜勤で見逃してしまったので」

「そう……だったんですね」


 俺は……夢でも見てるんだろうか。

 なんて気分に浸りながら更に詳しく聞いた結果、あの男はどこからか女性が時刻いろはであることを突き止め、更に住所まで特定したのだとか。

 その恐ろしいまでの執念と執拗さには正直、人間じゃなくて化け物じゃねえかと思わなくもないが、つまるところあの男は勝手に付き纏った挙句当然のように拒絶され……そしてあのような犯行に及んだのだとか。


「その……俺もSNSとかそれなりにやるので分かるんですけど、そういう化け物って居るもんですね」

「Vtuberに対する誹謗中傷に関しても、増える一方ですからね。開示請求などをして多額の示談金を請求される報告なども、色んな所から上がっているのに無くなりませんから」

「……………」


 誹謗中傷に苦しんで体調を崩したりする人も居る世界……それにしたって今回のことは流石にやりすぎだろう。

 けど、その上でまた俺にも伝えるべき言葉がある。


「もしも……もしも最近の配信がないことが、俺に関することでしたら本当に大丈夫なんで! もちろん俺がその辺のことをどうこう言う資格は全くないですけど、えっと……頑張ってください!」


 グッと、俺は親指を立ててまた腹を痛めた。

 マネージャーの男性が慌てて近寄ってきたものの、もう俺たちの間に暗い空気は必要ない。

 彼女たちもそれが分かっているので、後はもう互いにお礼を言って別れるだけ……それでもう今回のことは終わりだ。


「あ、もちろん俺は時刻さんのことを黙ってますから。というより、この出会いに関しては俺の思い出として墓に持って行きます!」

「お墓……ふふっ、友川さんは本当に面白いですね」

「面白い……女性にそう言われたことあまりなかったからめっちゃ嬉しいです!」


 いやね、俺も結構テンション上がってんだ。


「あ、すみませんちょっと電話が掛かってきまして……少し席を外させていただきますね」


 マネージャーの男性が外に出て行き、時刻さんと二人になった。

 そのことに緊張が一気に出てきてしまうが、時刻さんにはもう本当に暗い表情は何一つなく……状況によるが、ちゃんと配信は再開していくと言ってくれたのでその点についても安心した。


「あ、俺もちょっと良いですか? 連絡したいというか、一報だけは入れておきたい相手が居るんですよ」

「それは全然大丈夫です。マネージャーが戻ってきたらすぐに帰りますので……ですが、お見舞いには来させてくださいね?」

「え……?」


 お見舞い……来てくれるの?

 それは流石に断ろうとしたが、俺の中に僅かに合った薄汚い欲望が顔を出した……彼女ともまだ、繋がりが途切れないなら思う存分堪能しろって欲望が。


(俺……最低かよ)


 自己嫌悪に陥りながら、チャットアプリを起動してゴンザレスさんにメッセージを送る。

 流石に事件に巻き込まれたことなんかは言えないが、どうしても外せない用事が出来てしまったと嘘を吐き、それから死ぬほど忙しかったとも伝えて連絡が取れなかったことの謝罪を入れた。


「……?」


 そして既読が付いたのだが、そこで何やら時刻さんが慌ただしい様子でスマホを見ていた……?


「……トモカワさん……あれ」

「??」


 ふと、俺たちの視線が交差した。

 時刻さんはパクパクと小さく口を開けたり閉じたりした後、ゆっくりと俺に近付き……そして可愛くデフォルメされているスマホの画面を見せてきた。

 その画面に広がっていたのは俺も開いているチャットアプリ。

 トモカワという名前からメッセージが届き、そんな彼女の使っているユーザー名は“ゴンザレス”だった。


「……ゴンザレスさん?」

「あ……あぁ……っ!」


 その名を呼んですぐ、時刻さんは感極まったように涙を流した。


 ……え、マジで!?

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