目覚めるゴンザレスの原点
唖然とするとはこのことだと思う。
今、Vtuberとして大活躍している時刻いろはの中の人がゴンザレスさんだったなんて……しかもこうして、実際に会う機会が訪れるなんて本当に予想外だ。
「トモカワさん……トモカワさんなんですね……?」
「あ、はい……トモカワというか友川ですはい」
ヤバイ……何を言葉にすれば良いのか分からない。
それだけ彼女との出会いは衝撃的で、あのゴンザレスさんに実際に会えたことの嬉しさも確かに感じているから。
「
「え?」
「八女栞奈、それが私の実際の名前です。マネージャーは名刺を渡していましたけれど、私は名乗っていませんでしたから」
「え、でも……」
「元々名乗るつもりでは居たんですけど、それ以上に色々と話が弾んでしまってタイミングが合いませんでした」
「……………」
名前……教わっても良かったのだろうか。
あのマネージャーさんに関しては、名刺をもらったことで名前を知る機会はあった……けど、こうして彼女の名前を知れたというのはちょっと罪深い気がしてならない。
「……サーバーに来なかったのではなく、来られなかったんですね」
「あぁはい……その、こういうことになりましたんで」
「……………」
「ちょ、ちょっと俯かないでくださいって!」
いやしかし……これがゴンザレスさん……じゃなくて時刻いろは……でもなくて、八女栞奈さん……よく分かんねえよ。
「あ! じゃあ流れで俺も自己紹介を……友川
自分でもビックリするくらいテンションぶち上がってる気がする。
でもそれはそれ、これはこれってことで……何だろうな――今までずっとネット上とはいえやり取りがあった相手だからこそ、こんな風に落ち込んでいる姿は見たくない……元気で居てほしいからこそでもある。
「友川……旭さん」
「はい……えっと、元気出してください八女さん」
その方が、俺も安心出来ますからと続けた。
(……笑ってる方が可愛いもんな)
やっぱり長くやり取りをしていると、どんな顔でどんな人なんだろうと想像することもあった。
その上で言うなら……想像通りの人だった。
セミロングの綺麗な黒髪だったり、目の隈かなと思われる痕や若干鋭い目つきだったりと、多くが俺の想像していた通りで……綺麗というよりは可愛い人だと思う。
「お待たせしま……って何この空気……?」
戻ってきたマネージャーさん……
「マネージャー、友川さんに改めて自己紹介等を終わらせました」
「え?」
「今日以降も私は私でお見舞いに来るつもりです」
「えっと……え?」
「これは私の決定ですので、異論は受け付けません」
「……本当に八女さんかい?」
今、八女さんは俺に背を向けているのでその表情は見えない。
けれど今彼女が発した凛とした声は、今日だけでなく今までの記憶にあるどの配信でもあまり聞いたことがないものだった。
配信とかで嫌なコメントが来た時とか、そういう時に出る声音が一番近いかな……?
「今日はまだ、配信はお休みします。それでも近い内に再開はさせますから安心してください」
「……どうやら何か気分を換えてくれる何かがあったみたいだね。友川さんのおかげでしょうか」
「いや俺は――」
「はい、友川さんのおかげです」
断言された!?
それから少し話をした後、八女さんはマネージャーさんと一緒に帰って行った。
「お客さんはお帰りになったみたいですね……って友川さん?」
「あ、はい」
入れ替わるように看護師さんが戻ってきたが、俺はサッと手に持っていた物を隠す。
「何かありましたか?」
「まあ……あったと言えばありましたねぇ」
帰り際、八女さんに渡されたのは彼女の連絡先である。
一応明日の昼過ぎに来るとは言っていたが、それでもどうにか渡したいからと渡されてしまった。
『明日も必ず来ますので、今日はサーバーで話すのは止めましょう。流石に今の状態の友川さんに無茶はさせられませんから』
いや文章を打つだけだし……とは言わなかった。
それだけこちらの体を考えてくれてのことだろうし、それにこうして入院しているせいで狂っていた体内時計というか、生活習慣が途端に良くなったんだ……それでとにかく夜が眠たい。
「……うん?」
その時、ふとメッセージが届いていることに気付く――相手は会社の上司で……まだブロックしてなかったわそう言えば。
『お前が辞めたおかげで辛気臭い顔を見ずに済む』
「……………」
……はっ、どこまでもムカつく上司だ。
いっそのこと会社のこと全部暴露しまくってやろうかと思ったけど、わざわざそんなことに労力を割く必要もない。
何だかんだ、俺はもう辞めたんだ……だからもう関係ない連中だ。
上司然り、同僚然り……とにかくもう関係ないんだから忘れてしまった方が良い。
「それより……明日が楽しみだな」
また、八女さんに会える……それが俺にとって心からの楽しみだった。
▼▽
「友川さんか……良い人だったね」
「当然です」
「……知り合いだったのかい?」
「それは……まあそうですね」
マネージャーの質問に、私は軽く頷く。
(友川さん……っ♡)
あぁダメだ……私の頭の中は友川さんのことばかり。
「はい、着いたよ」
「ありがとうございました」
「……一応気を付けてね? 近い内に引っ越しをするとはいえ、またあんなことは懲り懲りだから」
「分かってます。送っていただき、本当にありがとうございました」
心配を掛けてしまったお詫びに、近々何かお土産をマネージャーに買わなくちゃな……。
(ここ数日は……本当に色んなことがありすぎた)
ストーカーの件は、確かに怖かった。
もしかしたら私が既にこの世に居なかった場合も考えられただろうけれど、今となっては彼が……友川さんが無事だったことが何よりも嬉しいという気持ちで埋め尽くされる。
「……っ……友川さん」
マンションの部屋に戻り、玄関の扉が閉まった瞬間その場に蹲る。
体が熱い……これは全て彼に……友川さんに会えたことで渦巻く私の中の愛……それが今にも暴れ出しそうになっているだけだ。
「はぁ……♡」
うわ……私ってこんな声が出せるんだってくらいの艶のある声が出てビックリする。
「友川さん……トモカワさん……っ」
友川さん……彼がトモカワさんであることは確定だ。
彼は、私にとって特別な人だ――Vtuberとして駆け出した頃、それこそ企業に所属していてもイマイチ数字が伸びなかった時から私を励ましてくれた人。
ゴンザレスという名前で知り合った……私の運命の人。
「何をするにもダメで……何も伸びなくて……でも、そんな時にずっと励ましてくれたあなたが私の光だった」
目を閉じれば、いくつもの言葉が脳裏に蘇る。
『俺はいつだって応援してます』
『ゴンザレスさんは凄い! 頑張れることは凄いことです!』
『俺は、こうして話を聞くことしか出来ません。それでもあなたを少しでも励ますことが出来るのなら嬉しいです』
『お互い、頑張りましょうゴンザレスさん!』
大よそ二年……もう少し短いかもしれないけれど、その期間が友川さんと共に歩んだ時間と言っても過言じゃない。
今回のことは確かにショッキングで、マネージャーもそうだし会社の先輩や後輩にも心配を掛けてしまった……でも大丈夫――私にはもう、あんな忌々しい記憶に項垂れることはないから。
「……でも」
それでも、友川さんがあんな目に遭ったのは私のせいだ。
だからこそ、私は友川さんのために頑張らなくちゃならない……彼は私の命の恩人……命を助けてもらったのなら、そのお返しをしなくては。
「運命……ですね? 友川さん♡」
ずっと、会いたいと思っていた……私は、あなたに会いたかった。
段々と軌道に乗って……それこそVtuberの中でも中堅、若しくはそれ以上となった時、私はここまで立派になりましたとあなたに言いたかったけれど、それでもあなたは一線を守った。
責任感が強い……そんなところも素敵だと思った。
ポロッと仕事が辛いと言ったあなたに、私が全部養ってあげますからと何度言いたくなったことか……私が私で在れること……私の原点は、私という存在は友川さんのおかげで形作られているのだから!
「友川さんを支えないと……私を守ってくれたあなたをこれからずっと、私が支えないと……ふふっ……アハハハッ!」
この身を焦がす熱……それがここ最近の悲しみを完全に押し流す。
私のせいで起こってしまった罪は忘れない……私はもう、友川さんのために生きたい……それが私の望みなのだ。
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