ペロッと舐める彼女
「……こういう時、結構どうすれば良いか迷うよな」
朝倉さんが泊まりに来た翌日のことだ。
一番最初に起きたのが俺ということで、一足先に三人分の朝食を用意している。
目が覚めてすぐ反射的に寝室に向かおうとしたのだが、朝倉さんが居たことを思い出して足が止まった……正直、思い出してくれて助かった。
「……だからなんだよなぁ」
既に慣れた場所、慣れた栞奈さんの相手……けれど朝倉さんは別だ。
知り合いとはいえ寝起きに立ち会えるほど親しいわけでもない……それなら起こす名目とはいえ寝起き姿を見るのはダメだろう。
「ま、こっちに集中するか」
日本の朝は和食と言わんばかりに、そんなメニューが広がっている。
白飯はもちろん鯖の塩焼きに味噌汁、昨日の煮物と……基本的に朝はそこまで凝らないとしてもこれくらいで全然良いんじゃないか?
「……美味い」
味噌汁も満足して良い美味しさだ。
それからしっかりと三人分の朝食がテーブルに並び、流石に冷える前に呼びに行くかと思ったその時だ。
「おはよ~旭さん」
「あ、おはよう栞奈さん」
「……うへぇ、眠い~」
どうやら呼びに行く必要はなかったようだ。
「くんくん……めっちゃ美味しそうな匂いがする!」
ということで寝惚け眼だった朝倉さんも完全に目を覚ました。
「朝倉さんの分も作ったんだ。一緒に食べよう」
「……っ!」
「朝倉さん!?」
突然、朝倉さんが涙を零した。
どこか痛いのかと慌てた俺だが、彼女はこう言った。
「こ、こんな風に誰かが朝食を作ってくれるなんて実家以外でなかったから……ちょっと感動しちゃった」
「……そうなんだ」
「ほんとに良いよね……私も凄く嬉しいもん」
栞奈さんの言葉に、俺は分かりやすく下を向いて照れた。
でもその逆も然り……俺が遅く起きた時に、リビングから良い匂いがしていて……それは栞奈さんが朝食を作ってくれている合図。
それが分かった時の嬉しさも計り知れないものだ。
「そういえば、朝倉さんはもう大丈夫そうなの?」
「ホラゲーの? 流石に一日経てば大丈夫だって!」
「夜になってお風呂で頭を洗う時とか、洗面台で口をゆすいだりする時に気を付けなよ?」
「ねえ栞奈……なんでそんな怖いことを言うわけ?」
朝倉さんから向けられる非難の目も、栞奈さんは知らんぷりだ。
「それじゃあ食べようか」
「うん」
「いっただきま~す!」
俺もそうだが、二人が食べる時は本当に緊張していた。
これで不味いだなんて言われたらショックだけど、まあ気を遣ってもらって言われないことは分かってる……でもこれくらいの簡単な料理だからこそ味に自信を持てていた。
「美味しいよ」
「凄く美味しいんですけど!?」
まあでも、美味しいと言われて凄く安心した。
朝食を済ませば軽く雑談タイムに入り、栞奈さんと朝倉さんは配信のことであったり……或いは配信者界隈の話に興じ、俺は口を挟むことなく黙ってそれを聞き続ける。
除け者にされたような寂しさは特になく、逆に聞いて良いのかと言いたくなるほどの情報が耳に入ってきて慌てたほどだ。
(これは……アカンな)
確実にシトリスのメンバーしか知らない話だったりがされ、栞奈さんも朝倉さんもハッとしたような顔をしていたので絶対に俺が聞いちゃいけない話だと理解した。
「だ、大丈夫! 誰にも言わないから!」
「その心配はしてないよ」
「でもほんとに言っちゃダメね! 最近、そういうの凄くうるさいから」
つっても、それを知ったところで口にする機会はないんだが。
それからしばらくして朝倉さんは帰って行ったが、今回泊めてくれたことと朝食のことに関して、その内お礼をしたいと言っていた。
「別に良いんだけどな」
「ま、あの子はあれで義理堅いというか……どんな小さなことでも受けた恩は必ず返す子だから」
「そうなんだ……まあでも、良い人ってのは分かるよ」
「凄く良い子だよ……良い子だからこそ、一時期色々と病んだ時期があったから」
「……………」
朝倉さん……釧路桃は一時期、心身の疲れで休んだ時期があった。
おそらくその時のことだと思ったけれど、俺は特に何も栞奈さんに聞くようなことはしなかった。
こうして話す仲になったから気にはなる……なるけれど、今笑顔を浮かべている朝倉さんが全てであり、過去に何があったとしても今の彼女がああやって元気ならそれが全てなんだ。
「……でもVtuberもそうだけど、配信者の人たちってメンタルとの勝負だよな」
「そうだねぇ」
配信者として大成する人は圧倒的に少ない。
視聴者が増えない、コメントがもらえない……そんな中にあっても決して折れることがあってはならない……俺だったら絶対にすぐ諦めてしまいそうだけど、そういうのを乗り越えた人が成功するんだろう。
「私は元々そこまでだったけど、旭さんが傍に居るからメンタルとか凄く強くなったけどね」
「そうなんだ?」
「うん。というか、私の抱える想いの方が怖いって思うくらい?」
「どういうこと?」
妖し気に栞奈さんは笑い、そんな笑顔にドキッとする。
栞奈さんはふとスマホを覗き込み、あっと声を上げて何かを見つけたようだ。
「これ見て」
「え? ……っ!?」
それはSNSの書き込み……時刻いろはに対する凄まじいまでの誹謗中傷だった。
「こういうのを見ても全然気にならないんだよね。もちろん流石にこれは行き過ぎてるからマネージャーに報告……もしかしたら耳に入ってるかもだけど」
「……いや、これは酷すぎるだろ」
なんでこんなことが書けるんだ……それくらいに酷い。
内容としては人格否定から始まって面白くないから辞めろだとか、死んでしまえとか……そういう類いのものだ。
「……栞奈さん」
「あ……」
そっと、彼女の肩に手を置いた。
「……ふふっ、そういうことをしてくれるから悲しむ余裕がないの。嬉しさで満たされるから……」
「……俺は、支えることしか出来ないよ」
「ううん、それは凄くありがたいこと……嬉しいことだよ旭さん」
少しばかり変な空気になってしまったが、俺も栞奈さんも笑っている。
そうだな……俺が出来ることは彼女を支えること……俺を必要としてくれる彼女を支えたいって何度目か分からないが改めてそう思った。
「あ、そうだ旭さん。お腹見せてもらえる?」
「え? あ、あぁ……」
お腹……たぶん傷の所かな?
服を捲り上げて傷跡を見せると、栞奈さんはスッと顔を寄せた。
「……痛かったよね」
「まあ、痛かったかな。嘘は言えないし」
「……私を守ってくれた大きな体……大好きな人の――」
「っ!?」
ペロッと、栞奈さんは俺の腹を……傷跡を舐めてきた!?
ザラザラとした舌の感触よりも、一体何をやってるんだと困惑の方が大きい。
「……えへっ!」
「……………」
コテンと頭に手を当てた栞奈さんに、俺はドキドキしっぱなしだ。
(……女性にお腹を舐められちまった)
変だ……変な感覚なのにヤバいほどドキドキしてる。
結局、それからしばらく俺は顔が赤くなったままで……それを栞奈さんに揶揄われるのもその日ずっと続くのだった。
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