想像以上に大変なことになってる
確かに、部屋に案内された時にベッドがないことには気付いていた。
その時は部屋に多数あるグッズに感動していてスルーしたけど、それなのに……えぇ?
「さあ、行こう?」
「……………」
ガシッと手首を掴まれ、そのまま連れて行かれてしまう。
俺の前を歩く栞奈さんの髪が揺れ、風呂上がりだからかシャンプーの良い香りがする。
「私の部屋にもベッドはないよ。あなたと一緒に使うために、大きめの高いベッドを寝室に用意したから」
「あの……」
「……夜は暗くて怖い。だからあなたと一緒に寝たかったから……旭さんは嫌だった?」
「あ……いえ」
そ、その言い方は卑怯だろだから!!
断らないとダメだ……でもお互いの部屋にベッドが無いのなら……その用意されたベッドを使うしかない……?
いやでも、俺は別に床でも全然……あぁもう着いちゃった。
「ここだよ」
「……………」
寝室……その名の通り寝るために用意された部屋。
それでも一定数の家具は置かれており、巨大なベッドはともかくとしてテレビなんかもしっかりあった。
「……やっぱ俺は――」
別の部屋で……そう言おうとした俺だったが、栞奈さんが肩を震わせていたことに気付く。
……あのことを思い出し、一人で寝るのも怖いって感じか。
一人で寝れないということについてはともかく、今の俺にはこんな栞奈さんの姿を見せられて離れるというのは無理だった。
(クソッ……それなのに俺はドキドキしてやがる。女性と一緒に寝ることもそうだけど、この人と一緒に居られることを喜んでるんだ)
自分のことなのに反吐が出る……彼女は不安になっているのに、俺はこんなにも浅ましい気持ちになって……?
「どうしたの?」
「……何でもないです」
一瞬……本当に一瞬、栞奈さんが笑っていたような……。
彼女には似合わないような……いや、あまりにも似合いすぎていた恍惚とした表情……はぁ、そんなの見るくらい疲れてるのかな俺は。
「旭さん、私……怖いの」
そう言って彼女は抱き着いてきた。
感じられる温もりと弾力、香り……その全てが俺を落ち着かせると同時にドキドキさせてくるもので、俺はそんな彼女の肩に手を置くくらいしか出来なかった。
「……分かった。俺は、あなたを支えたいって思ったから」
「旭さん!」
ギュッと、更に強く抱き着いてきた。
色々と混乱の中にあっても、しっかりと彼女は俺をベッドまで引っ張って行き……そしてついに俺たちは一つのベッドに横になった。
「緊張してる?」
「それは……はい」
「顔が真っ赤だね」
「それは栞奈さんもじゃない……?」
「うん、だって嬉しいもん」
ニコッと微笑むその表情が眩しすぎる。
真っ白で綺麗なベッド……少しでも汚れると気になるくらいに、香りも良いし質感も最高だ。
「……あ」
布団の中で彼女の手が重なった。
にぎにぎとこちらの感触を楽しんだ後、まるで俺の心内を見透かすかのようにこう言った。
「これは、旭さんの心を癒す同棲でもあるの……ねえ旭さん」
「……なに?」
「いずれここから出ていく時があるかもしれない……けど、ずっとここに居ても良いからね? 私とあなたの間で何かが変われば、必然的にそうなるだろうけれど」
「あの……?」
「……えい!」
また、彼女が俺に抱き着く。
大きく鼓動する心臓の音を聞くかのように、彼女は俺の胸元に顔を近付けたまま動かなくなった。
「もし良ければ、明日私の実況部屋を見てみる?」
「……えっ!?」
その提案は思ってもみなかったことだが、大人気Vtuberの実況部屋を見れる機会なんてそうそうないと思うので凄く魅力的な提案だった。
「良いんですか……?」
「もちろん♪」
俺……本当に全部が終わったかと思いきや、一気に運が上昇傾向になっている気がする。
(……どれだけ俺を幸せな気持ちにさせてくれるんだこの人は)
いっそのこと、全部を委ねてしまいたいくらいにこの人は優しい。
俺も既に成人をとうに迎えている大人なので甘える行為の恥ずかしさは分かっている……けれど、この人はどんなことで受け入れてくれる。
何故かそんな感覚が俺にはあった……だからこそ、俺もまた彼女の力にならなくては。
「俺も、栞奈さんの力になりたい」
「旭さん……」
「与えられるだけじゃダメだ……俺もあなたに返したい」
「……だったら今はただ傍に居て」
こちらの顔を覗き込むその仕草は、まるでキスを求めているよう。
けれどそんな意図がないことは分かっているので、俺は勝手にドキドキする自分を馬鹿だなと思いながらも、彼女の重ねられた手を強く握りしめるのだった。
▼▽
「……寝ちゃったね」
旭さんが寝てしまい、話し相手を失った私は手持無沙汰だ。
でも、そんなものは全く以てつまらないわけがない……だってこうして彼の寝顔を眺められるんだから。
「ふふっ……素敵」
旭さんと歩む未来に向けて、第一段階はもう突破した。
この人はとても優しく勇気のある人……だからこそ、私が少しでも怖がる反応を見せれば慰めてくれる。
別に騙すつもりはない……本当に怖いし、彼が傍に居ることで安心するのは間違いないんだから。
「旭さん……あなたは私だけの人だ――あなたを支えるのが私、私を支えたいと言ったのがあなた……だったらもう、結婚するしかないよね」
これから長い時間を掛けて、あなたを檻に閉じ込めていく。
決して逃げ出すことがないように優しく……優しく包み込んで愛してあげるからね。
私を守ってくれたあなた、支えてくれたあなた、この狂おしくも純粋な愛を抱かせてくれたあなたを私は愛し続けるから。
「……うん?」
その時、ブーンとスマホが震えた。
マナーモードにしてて良かったなと思いつつ、手に取ると見覚えのある名前だった。
「……ごめん旭さん」
正直なことを言えば、この連絡を無視してでも一緒に居たい。
今日は一切ここから離れることなくそうしていたいけれど、流石に私もこの連絡をスルーすることは出来ない。
そっとベッドから抜け出し、リビングで通話の応じた。
「もしもし、真衣?」
『あ、やっと出た~』
電話の相手は私と同じシトリス所属のVtuberで、私と同じ時期にデビューした子だ。
『いきなり電話してごめんね~、大丈夫かなってさ』
「全然大丈夫だよ。むしろ今は凄く落ち着いてるし……ふふっ」
旭さんとのこれからを想像するとつい笑みが零れてしまう。
彼女は……真衣はこのマンションに住んでいる一人で、いずれは旭さんにも紹介しようかなとは思ってる。
私はメンバーの誰にも旭さんと……男性と一緒に住んでいることは伝えていない……真衣は一番仲の良い同僚であり友達だから。
『元気そうなら全然良いんだよ。もしも事件のことを思い出して夜が寝れないとかなったらすぐ呼んでね? すっ飛んでいくから』
「ありがとう真衣……あぁでもそっか」
『栞奈?』
……やっぱり、こうしてせっかく電話があったし伝えてしまおう。
同じマンションに住んでいる以上は必ず分かることだし、突然出会ってパニックになるよりは遥かにマシだ。
「真衣、良かったら明日こっちに来れる?」
『明日? 配信は夜からだし大丈夫だよ』
「紹介したい人が居るから」
『へぇ、もしかして男とか……なんてね。そんなわけが――』
「……………」
『……ちょっと、もしかして……? えっとどういうこと!?』
それじゃあ明日、そう告げて通話を切った。
具体的な時間に関してはメッセージで伝えたので、今日はもう旭さんの元に戻って眠ろう。
「ただいま」
旭さんはぐっすりと眠っていた。
大好きな彼の隣に収まるように体を入れ、温もりをこれでもかと感じるかのように抱き着く。
「旭さん、これからずっと一緒だよ。私、これでもかなり稼いでる方だからお金の心配はないからね。欲しい物は買ってあげるし、旭さんが望むことなんだってしてあげるから」
これは、何も無理はしていない私の本心だ。
旭さんが居なかったら私はこうして存在していない……心に空いた穴を埋めてくれたあなたを、私の未来を守ってくれたあなたを私はこれからずっと支えていくから。
だから旭さん、あなたの全てを私にちょうだい?
代わりに私の全てをあなたにあげるから。
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