変わる瞬間
「むにゃ……旭しゃん?」
「はいはい、お眠ですね~」
「しゃんしゃん……えへへ~」
「俺はパンダか何か?」
夜のもうそこそこ遅い時間だ。
さっきまでずっと夕飯の勢いそのままに、酒をかっくらう女性陣の相手をしていたわけだけど……俺も父さんもヘトヘトだった。
というか母さんが諸悪の根源であることはもちろんだが、栞奈さんも結構酒が飲めるタイプだったんだなぁ……今までは全然酒を飲むことはなかったから意外だった。
「……………」
そんな酔っ払った栞奈さんを部屋に連れてきたわけだけど……もちろん今日はここで彼女も寝泊りすることになっている。
かつて使っていた正真正銘自分の部屋……ここに家族以外の女性が入るのはもちろん、一緒に夜を過ごす日が来るなんて思わなかった。
「でもそんなに緊張しないのは、彼女の部屋に住まわせてもらっているのが大きいかな」
だからただ、寝る場所が変わっただけという感覚だ。
いつでも帰ってこれるようにと掃除がされているありがたさを感じながら、栞奈さんをベッドの寝かせる。
完全に寝惚けている彼女は、俺の枕をギュッと胸に抱くように体を丸めながらニヤニヤと笑みを浮かべている。
「……月が綺麗だな」
窓に近付き、夜の星空を見上げた。
意識しなければ見上げることのない夜空……雲一つない星空はあまりにも綺麗で、時間が許す限り見ていたいと思わせるほどの光景だ。
「旭さん……?」
「え?」
さっきよりもハッキリとした声に、俺はつい振り向く。
まだ顔は赤いが枕を抱きしめたまま、ジッと俺を見つめる栞奈さんだ。
「起こしちゃったか?」
「ううん、元からちょっと意識はあったんだよね」
「へぇ……うん?」
「……………」
え、じゃあ正気のままさっきのヤバイ表情を……?
これに関しては追及したらダメな気がしたので、特に何も言わずに彼女の傍……ベッドに腰を下ろす。
「私……大分飲んじゃった」
「結構飲むんだね?」
「普段飲まないんだけど、やっぱりこういう時には羽目を外しても良いかなって」
「母さん凄く楽しそうだったよ。まあそれを見て俺も父さんもずっと笑ってたけど」
「旭さんのご両親に気に入られたのなら良かった!」
そう言って笑みを浮かべた栞奈さんは、スッと腕を伸ばしてくる。
そのまま力の限り抱きしめたかと思えば、俺をベッドに押し倒すようにしながらマウントを取ってきた。
突然の早業に驚きよりも、思考を置いて行かれた感が強い。
「栞奈さん……?」
「……………」
見下ろしてくる栞奈さんは、やはり変わらず顔は赤い。
それは照れているのではなくお酒のせい……それも分かっているはずなのに、この状況に男として何も思わないわけがない。
しばらく無言のまま見つめ合う俺たちだったが、ゆっくりと動いた彼女の口がある言葉を紡ぎ出した。
「……旭さん、大好き」
「っ……」
「キス、したい」
「ちょ――」
いきなり何を……そう言うよりも早く、彼女の顔が下りてきた。
「ぅん……」
唇同士が触れ合い……キスというものを俺は経験した。
間近に感じる栞奈さんの良い香りに混じるように、アルコールの匂いも少しするが……やはり栞奈さんの甘い香りの方が遥かに強い。
思考停止した俺の唇を舐めるように舌を出してきた栞奈さんだが、その後はすぐに眠ってしまった。
「……………」
すやすやと気持ち良さそうに寝息を立てる栞奈さんは、俺の上で全身を預けるようにして眠っている……たとえ脳みそが動かずとも、さっきのキスは何だと……おまけに舐めてきたのも何だとフル回転だ。
「え……えぇ……?」
キスをされた……栞奈さんに!?
きっと今の俺は良い意味でギョッとした顔をしているに違いない。
「……えぇ?」
瞬時に熱くなる体だが、頬の熱さはその比じゃない。
俺の困惑を他所に気持ち良さそうに眠る栞奈さんが少し恨めしいが、とにかく落ち着きたくて体の向きを変える。
そうすると体を横に向けた俺たちは向き合う形になるのだが、栞奈さんの顔が目に入り……彼女の唇から視線が逸らせなくなる。
「今のは……キスしたってことだよな?」
キス……あの栞奈さんとしてしまった。
さっきまでボーッとしていた頭も、一度その事実を認識すればそれしか考えられなくなる。
俺の腕の中で彼女は眠ってしまったけれど、あんなことをされてしまっては意識するなというのがもう無理な話だった。
「……めっちゃ好きだわ俺」
栞奈さんが好き……ずっと前から抱いていたその気持ちは今、確実なものとして答えを出した。
明日からどんな顔をして接すれば良い?
まあこの調子だと栞奈さん……明日になったら絶対に忘れていると思うし、これは俺が勝手に恥ずかしがって栞奈さんが首を傾げるパターンかなって……そう思っていたんだがな。
「私も好きだよ」
「っ!?」
「好き……旭さん。ゴンザレスとしてあなたと接していた時からずっと、私はあなたが好きだった」
「栞奈さん……」
寝たと思っていた彼女は起きていた。
しっかりと目を開けた彼女は真っ直ぐにこちらを見ており、完全に酔いが覚めている目をしていた。
「……流石にあんなことまでして有耶無耶にしないよ。キスまでして、酒に酔ってるからって翌日に持ち越すようなことはしない……私はもう、勝負を決める気でキスをしたんだもん」
「えっと……」
「好きだよ旭さん」
これは……あぁ、栞奈さんには本当に勝てないな。
こんな……こんな想いの伝え方があるのかと思う反面、既に距離の近すぎた俺たちだからこそこれもアリなのかなって思える。
「もうね……絶対に逃がさないよ。あなたを私は捕まえた……もう私は旭さんと一生を過ごす気で居るからね。あなたが私を拒むなら、その考えを無理やりにでも改めさせてやる――そんなつもりで私は今、あなたに気持ちを伝えたの」
「……流石に勇ましすぎない?」
「私でも驚いてる……けど、これくらい勢いのある方が人生上手く行くと思うんだよね。だってその結果が今の私……傍に旭さんが居ることの結果だもん」
「……………」
ほんとに……ほんとに勝てないよこの人には。
俺自身思うことは沢山ある……でも今はこの言葉だけを返そう――結局のところこれからずっと一緒なら、話をする時間は無限なのだから。
「俺も栞奈さんが好きだ……大好きだ」
「っ……うん!」
こうして、俺たちは気持ちを伝え合った。
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