変わりたいと願うこと

「それにしても本当に驚きよ! 息子がこうして女の子を連れてくるなんてねぇ!」

「本当に旭さんには良くしてもらってます。私も同じように彼を支えていければと思っています」


 こんなにも、自分の母親と誰かが話をする瞬間に恥ずかしさを覚えたことがあっただろうか。


「……はぁ」


 ついため息が出てしまうほどに、少しばかり疲れてしまった。

 栞奈さんを連れて実家に帰ってきたわけだが……玄関で待ち構えていた母さんに速攻捕まり、こうして逃げられない布陣が完成した。

 まあ主に喋っているのは栞奈さんと母さんだが、あの二人……あまりにも相性が良いのか会話が止まらない。


「旭、凄い子を連れてきたな?」

「……ま、ある意味凄い人だよ色々と」


 そんな女性陣を、少しだけ離れた所から見つめるのが俺と父さんだ。

 父さんも最初は会話に加わって色々なことを話していたが、徐々に領土を拡大するように声をデカくする母さんに押され、俺と共にこうして避難するに至った。


「だが驚いたぞ? 仕事、辞めたんだってな」

「……うん」


 栞奈さんを交えた話は、当然近況のことも話した。

 あの会社を辞めたことに関しては、ブラック企業であることを最初に伝えた後にずっと我慢していたことも伝えた……何を言われるのか少し怖かったけど、両親共によく頑張ったと言ってくれた。


「我慢して続ける必要はないって……きっとお前が実家に居たままなら言えたんだろうが、もどかしいな。とにかく、何もなくて良かった」

「あはは……まあ昨今色々あるけど、ブラック企業だからって取り返しの付かないことをする気はなかったよ――彼女が居たからね」


 そう……どんな時も、俺を救ってくれたのは栞奈さんだった。

 栞奈さんの存在が……ゴンザレスさんが居てくれたから俺はここまで生きてこれたと言っても過言じゃない。

 それだけ彼女は俺の心の支えだったから。


「二年もやり取りをしてて……それで出会ったと。興奮気味に彼女が話してくれたけど、本当に良い出会いだったんだな」

「あぁ」


 ちなみに、栞奈さんがVtuberとして活躍していることは両親に伝えている。

 両親共にあまりそういうのに興味というか、全然知らない領域だったけどネットの中だと凄まじいほどの有名人だと知った時の反応は面白くて、母さんに至ってはすぐに動画を検索するほどだった。


「俺も母さんも大きな秘密を知ってしまって少し怖いよ」

「言わないでよ?」

「言うものか。お前にもそうだが、何より彼女に迷惑を掛けるようなことはしたくない……というより」

「父さん?」


 何だ……?

 父さんがいきなり肩を震わせ始めたぞ……?


「もしも不用意な発言で迷惑を掛けようものなら、俺が母さんに殺されてしまう」

「……あ」


 確かにそれはありそうだ……物理的に容赦なくやりそうだと失礼ながら思ってしまった。


「旭」

「うん?」

「大切にするんだぞ? 何となくだが彼女……母さんと同じ匂いがする」

「え?」


 それは……。


「旭さ~ん! 旭さんも一緒にお話しようよ!」

「ちょっとちょっと! 旭もこっちに来て話に加わりなさい!」


 いや、圧に負けて避難したんだけど……。

 背後で父さんが苦笑しているのを感じながら、俺はふぅっと息を吐いて再び彼女たちの元へ戻るのだった。



▼▽



「あ~楽しかった♪」

「そっか」


 家から離れ、栞奈さんと外を歩いていた。

 元々今日は日帰りのつもりだったのだが、母さんの熱い要望と栞奈さんがまだこの家に居たいということで泊まることになった。

 というか栞奈さん……何故か着替えとか持ってきてたし、こうなるのを予測していたというかそのつもりだったのかもしれない。


「旭さんのご両親……凄く良い人たちだね。優しいし、そりゃこんなに優しい旭さんが育つよねって感じ」

「そこまで言われると照れるな……」


 こうして実家の近くを歩いていると、かつての同級生とか古い知り合いに会うんじゃないかなと思ったがそういうこともない。

 聞けば役場とか病院、農協とかに同級生が数人就職しているみたいだけど……この辺りの同級生と言っても中学の話だし、流石にあっちは俺を覚えちゃいないかな。


「栞奈さん、ちょっとこっち来てくれる?」

「え? うん」


 栞奈さんを連れて向かったのは街を一望出来る高手の場所だ。

 ちょっとと言ったがそこそこ歩くことになって申し訳なかったものの、栞奈さんはずっと笑顔で付いてきてくれた。


「わぁ!」


 夜なら星空も相まって幻想的な光景なんだけれど、景色という点においては凄く綺麗に見える場所だ。


「こんな場所があったんだね」

「いつも居る場所は建物ばかりでそう見る機会はないからな」

「緑が沢山……凄く良い!」


 普段はあまり見ることの出来ない沢山の緑を眺めた後、近くのベンチに腰を下ろした。


(……よくよく考えたらこんなのって……まるで恋人じゃね?)


 そんなことを考えてしまい、馬鹿なことは考えるなと頭を振るう。

 だが……ずっと彼女と最近は一緒に居るのも相まって、もっと親しくなりたいと思わないでもなかった。

 ただ……俺がそれを願う権利は果たしてあるのだろうかと考える。


(俺は……)


 今の俺は、ただ栞奈さんの優しさに浸っているだけだ。

 そんな俺が栞奈さんにそんな気持ちを持つことはおろか、伝えるなんて大それたことをしちゃいけないんじゃないかって……思っちまう。


「……?」


 ふと、栞奈さんが腕を抱いてきた。

 彼女は俺を見ることなくジッと景色を見ているだけ……。


「……………」

「……………」


 いや……今はまだ、これで良いんだと思うことにしよう。

 この尊い時間を大切に……急ぎすぎず、自分のペースで良い……それで良いんだと俺は思うことにした。

 けれど、距離の近さは俺の意思に関係なく変化を望むのだと知った。


 その時は、これから数時間後――夜だ。

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