モデレーター?

 最近、当然のことだけど近所付き合いも結構増えてきた。

 朝倉さんはもちろん、他の住人の人とも顔を合わせることがあって、なんというかその時に栞奈さんが傍に居ることも多く、彼女とセット扱いされてしまうというのが……まあまああって少し照れる。


「あら、おはよう」

「おはようございます」


 ちょうど一緒の時間にゴミ出しで鉢合わせしたのは、斎藤さんというお婆さんだ。

 見た目はこう……ちょっと怖いお婆さんで、最初に出会った時は知り合いでも何でもないのに嫌味を言ってくるタイプかなって、失礼ながら思ってしまった。

 けれど実際はそんなことなく、俺や栞奈さんに対し孫みたいだからと優しく声を掛けてくれたんだ。


(思えば、こんなことも初めてだな)


 近所付き合い……こういうのがずっとなら凄く良いんだけどな。

 脳裏に掠めるあの隣人を思い出すと苦笑するが、そんな俺の表情を斎藤さんはしっかりと見ていた。


「あなたといつも一緒に居たあの子も言っていたけれど、どこか放っておけないものを感じるわねぇ?」

「そ、そうなんですかね……」

「何となくだけれど……ふふっ、また肉じゃがとか欲しくなったらいつでも言いなさいな」

「ありがとうございます!」


 差し入れも良くくれるんだよなぁ……いつか栞奈さんと話し合ってお返しを考えなくちゃな。


「お返しとか考えなくて良いからね?」

「えっと……声出てました?」

「分かるのよ。何年生きてると思ってんの」

「それは……ははっ、確かに俺みたいな若輩者の考えは筒抜けですか」


 得意げに笑う斎藤さんに俺もまだまだだなと苦笑した。

 その後、斎藤さんと別れて部屋へと戻る……するとその途中で朝倉さんと出会った。


「朝倉さん?」

「友川さんじゃん」


 これからどこかに出掛けるのかな?


「お出掛け?」

「うん。後輩の子とショッピング~♪」

「なるほど、気を付けて」

「あ……うん」


 ポカンとした朝倉さんに首を傾げる。


「ほら、私も両親とは離れて過ごしてるから……どこか出掛ける時にそう言われることがなくてねぇ」


 それが一人暮らしなら尚更か……まあでも、俺も栞奈さんと過ごしてからその寂しさも紛れた。

 やっぱり一人とそうでない違いはあまりにも大きい。

 ひらひらと手を振って走り去って行った朝倉さんを見送った後、部屋に戻るのだった。


「今日はチルタイム!」

「というと?」

「のんびりしよう!」


 ポンポンと栞奈さんが隣を叩いたのでそこに座る……すると、そっと栞奈さんが肩を寄せてきた。

 肩に感じる重みがこうも幸せというか、嬉しさに繋がるだなんてそうそうないことだろうか……。


(静寂だなぁ……)


 静かだ……あまりにも。

 けれどこの静けさが……俺と栞奈さんの息遣いだけが聞こえるこの静けさが心地良くて大好きだ。


「私の生活……本当に変わったなぁ」

「え?」

「こうして誰かと居ることなかったし……今年は全部が全部、良い方向に動いてて凄く良い気分♪」

「……そっか」

「うん♪」


 ちなみに、あのストーカー事件に関してはまだ少し考えてしまう部分はあれど平気になったらしい。

 それも俺が傍に居てくれるからだと言ってくれた……その言葉をもらう度にこのままじゃダメな気もするけれど、彼女に甘えてしまえば良いんじゃないかとさえ思えてしまう。


「あ、そうだ旭さん」

「なに?」

「旭さんにお願いしたいことがあるんだけど」

「お願いしたいこと?」

「うん――モデレーターとか諸々?」

「……うぇ!?」


 そんな突然の提案に、俺は目を見開くほど驚いた。

 モデレーター……その意味が分からないわけではなく、どういうことをするのかもある程度は理解している。


「それは……えっと、是非任せてくれって言いたくはなるけど……俺に務まるかなって……というかそれ以前に良いの?」

「大丈夫だよ? でも……これを提案しちゃうと、私のリズムに旭さんを引っ張っちゃうから……」


 そう言って目元を伏せた彼女に、俺は全然大丈夫とすぐに言った。

 これは……こんなことを言われてまで、その提案に頷かないのは流石に無理だ……今も既に彼女のリズムに合っているようなものだけど、もっと合わせて行っちゃうか!


「全然大丈夫! 俺で良ければ……?」

「ありがとう旭さん!」


 言い切る前に嬉しそうな笑顔でお礼を言われてしまった……でもその前にちょこっと怖い微笑みが見えたような……?


「旭さん大好き!」

「っ!?!?」


 ……あぁ、俺もう死んでも良いかもしれん。

 それから早速、一応知っているとはいえ栞奈さんからどんな風にすれば良いかをしっかりレクチャーしてもらった。

 そして彼女から権限をもらい、これでもしも俺がコメントを打ったりすれば名前が青色になりマークも出る……ふぅ、調子には乗りそうだけど全然やってやろうって気にはならないな。


「これでまた一つ、同じになったよ♪」

「っ!?」


 その笑顔に俺はまた心を撃ち抜かれたような気がした。


「じゃあ一つ決まったし、今日今からお出掛けしない? チルタイムとは言ったけど一緒に外を歩きたい」

「……うん」


 本当にこの人はどうしてこんなに欲しい言葉をくれるんだろうか。

 時折見える彼女の歪な笑顔……もしかしたら誰かが、お前なんかに幸せになる権利はないとか言いたくてそう見せてるのかもしれない。

 そうだ……だって栞奈さんはあんな笑顔を絶対にしないから。

 あんな怖くて、どこかゾクゾクさせてくるような笑みを……。


「行こ!」

「おう!」


 だがどうやら、このお出掛けは俺に過去への決別を促したいらしい。

 栞奈さんと寄り添いながらのお出掛けの最中……やけに顔色を悪くしたあの上司と同僚を目にしたからだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る